美術史・技法

年の欄の「日付あり」が意味すること——倪瓚、呉鎮ほか中国絵画九点

書家が描いた、山

いま見た一点の画家は、書で知られた人である。

書の筆づかいが、そのまま絵に出ている。

線が太く、勢いがあり、途中で掠れる。

款記の文字も、同じ調子で書かれる。

つまり、絵と文字が一続きの仕事になっている。

前の回で、絵と文字が同じ手のものだと書いた。

この一点は、その典型である。

暖かい緑の上の春の山
董其昌《暖かい緑の上の春の山》1630年。館の記録では、掛軸、紙に墨と彩色。画面は縦231.1センチ、横94センチ。表装を含めると縦332.4センチ、横117.2センチ。年の欄には、日付ありと記される。番号は1989.363.102。メトロポリタン美術館蔵。董其昌《暖かい緑の上の春の山》メトロポリタン美術館蔵

縦長の大きな掛軸である。

地は、褐色を帯びた紙である。

中央に、大きな山塊が高くそびえる。

頂は丸く、岩肌が細かい線で埋まる。

その左右に、低い峰が連なる。

山の中腹から下に、木立が密に茂る。

右下に、大きな木が数本立つ。

左に、静かな水面が広がる。

その奥に、遠い山が霞む。

上の右と左に、文字の塊が二つある。

右のほうが大きく、題のように見える。

左は細かく、数行に分かれる。

赤い印が、文字の脇と左下に押される。

鸚鵡
陳書《鸚鵡》1721年。館の記録では、掛軸、紙に墨と彩色。縦94.1センチ、横43.7センチ。年の欄には、日付ありと記される。番号は13.220.31。メトロポリタン美術館蔵。陳書《鸚鵡》メトロポリタン美術館蔵

縦長の掛軸である。

地は、淡い黄褐色の紙である。

右上から、細い枝が斜めに下がる。

枝に、白い実と葉が付く。

その枝に、白い鳥が止まる。

鳥は下を向き、頭を傾ける。

冠羽が、頭の上に立つ。

体は白く、輪郭だけが淡い線で描かれる。

画面の下のほうに、小さな虫が飛ぶ。

余白は広く、何も描かれない。

右上に、文字が数行並ぶ。

王蒙に倣う山水
張庚《王蒙に倣う山水》1759年。館の記録では、掛軸、紙に墨と彩色。縦124.5センチ、横40.6センチ。年の欄には、日付ありと記される。番号は13.220.123。メトロポリタン美術館蔵。張庚《王蒙に倣う山水》メトロポリタン美術館蔵

細長い掛軸である。

画面のほとんどを、山が占める。

山は下から上へ、幾重にも積み上がる。

山肌は、短い線を密に重ねて描かれる。

墨の濃淡で、前後が分かれる。

ところどころに、木立が生える。

上のほうに、細い滝が落ちる。

余白は、右上にわずかしかない。

そこに、文字が四行入る。

その下に、赤い印が押される。

九点の年を、並べておく

九点の年を、順に並べる。

1318年、1335年、1366年、1372年。

1572年、1630年、1651年、1721年、1759年。

四百四十年に散らばる。

前半の四点は、いずれも十四世紀である。

後半の五点は、十六世紀から十八世紀。

そのあいだの二百年に、九点の中の作例がない。

これは、たまたまである。

選び方が偏ったからにすぎない。

館の所蔵には、その時期の絵も多くある。

年が書いてあることの、意味

年が作品に書かれていると、何が変わるか。

まず、推し量る必要がなくなる。

様式から年代を割り出す作業が、要らない。

次に、他の作品と比べる基準ができる。

同じ画家の、同じ年の作品が並べられる。

そして、その年に何が起きていたかと照らせる。

つまり、絵が歴史の中に位置づけられる。

一行の日付が、そこまで運ぶ。

書いていない絵は、どうなるか

一方、年が書かれていない絵は多い。

そういうときは、様式で推し量る。

筆づかい、構図、紙や絹の質。

そして、印章の形。

いくつもの手がかりを重ねて、幅を出す。

館の年の欄には、幅が入る。

十四世紀、あるいは、十四世紀後半。

そういう書き方になる。

日付ありと書かれた九点とは、確からしさが違う。

疑問符の付く、日付

九点の中には、疑問符の付くものはない。

しかし、同じ館の他の作品には、ある。

書かれた年に、疑問符が付く例だ。

読みに迷いがあるか、真偽に疑いがあるか。

どちらかである。

前の回で、疑問符の使い分けを見た。

年の欄でも、同じ記号が使われる。

疑問符があれば、そこを疑ってよい。

なければ、館は確かだと判断している。

表装という、絵の外側

九点の寸法の欄には、二種類の数字がある。

画面の寸法と、表装を含めた寸法である。

表装とは、絵の周りに貼る布のことだ。

上下に長く伸ばし、軸を付けて巻けるようにする。

だから、表装を含めると縦が倍近くになる。

たとえば、画面が縦94.6センチの一点がある。

表装を含めると、縦208.3センチになる。

倍以上である。

つまり、掛けたときの姿は、絵よりずっと大きい。

館は、両方を測って書く。

絵としての大きさと、物としての大きさを分けている。

印章という、もう一つの文字

九点には、いずれも赤い印が押されている。

款記の脇か、文末である。

印は、彫った文字を朱で押したものだ。

つまり、これも文字である。

館の記録は、印については別の欄で扱う。

年の欄には、現れない。

しかし、絵を見れば必ず目に入る。

赤い四角が、墨の画面の中で際立つ。

次の回では、その印を見ることにしたい。

軸首まで、測る

寸法の欄には、三つ目の数字がある場合もある。

軸首を含めた横幅である。

軸首とは、巻くための棒の両端に付く飾りだ。

木や角や陶でできている。

これが、左右に少し出る。

だから、横幅が数センチ増える。

九点のうち五点に、この数字がある。

数ミリの差まで書く。

前の回で、額装込みの寸法を見た。

考え方は同じである。

物としての全体を、数字で押さえる。

巻いて、しまう

掛軸は、掛けっぱなしにしない。

見終われば、巻いて箱にしまう。

だから、傷みにくい。

光に当たる時間が短いからだ。

そして、季節や客に合わせて掛け替える。

つまり、絵は動く。

西洋の絵が壁に固定されるのとは、違う。

この違いが、絵の作りにも出る。

軽く、巻ける形が選ばれる。

款記の文字も、巻いても擦れない場所に置かれる。

記録の一語が、確かさを分ける

年の欄の、日付あり、という短い語。

これがあるかないかで、意味が大きく変わる。

あれば、作品に書かれた年である。

なければ、館が推し量った年である。

同じ数字が並んでいても、性質が違う。

前の回で、二つの欄が違うことを言う話をした。

ここでは、一つの欄の中で区別されている。

短い語が、確からしさの段階を作っている。

読む側は、そこを読み落とさないほうがよい。

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