紙の色が、変わってしまった——エドガー・ドガのパステル
塗工紙という素材
いま見た一点の技法欄には、塗工紙、という語が入る。
表面に塗料を塗った紙である。工業的に作られる。
画材屋の紙ではなく、包装や事務に使う紙だったと考えられる。
九点のうち三点に、こうした工業製の紙が使われている。
高価な画用紙ではなく、手近な紙を選んでいる。素材への構えが自由である。
ただし、工業製の紙は保存に弱い。酸を含むことが多く、褪せやすい。
安く手に入る紙ほど、早く変わる。九点の変色は、その選択の結果でもある。
作る側の自由と、残る側の弱さが、同じところから来ている。

九点で最も大きい一点である。横は86センチある。
画面の左に、女性が立つ。帽子を頭に載せ、両手で位置を直す。
衣は暗い褐色で、床まで届く。袖に毛皮のような質感がある。
中央から右に、大きな鏡がある。木の枠が縦に立つ。
鏡には、別の女性が映る。手に何かを持つ。
床は青灰色で、広く塗られる。上部の壁は黄土色である。
右下に、緑と黄の帽子が置かれる。円い形が二つ並ぶ。
技法の欄には、包装紙、という語が明記される。
大きな画面を安い紙で作っている。素材の選び方が徹底している。
この一点の技法欄には、変色の記述がない。淡い灰色は、もとの色かもしれない。
もっとも、包装紙がもともと何色だったかは分かりにくい。
灰色は、褪せた結果の色でもありうる。ここでは判断しないでおく。
紗に貼るということ
九点のうち二点は、絹の紗に貼られている。
紗は、粉をふるうときに使う細かい網である。丈夫で薄い。
大きな紙は、そのままでは波打つ。裏から支えなければ扱えない。
パステルは触れば落ちる。貼る作業は慎重を要する。
こうした処置も、技法の欄に書かれる。画面の外の情報だが、作品の一部である。

縦長の画面である。人物が身をかがめる。
裸の女性が、浅い円い盥の中に立つ。両足が水に浸かる。
上体を深く折り、右腕を後ろへ回す。手に布を持つ。
背中の線が、画面を斜めに横切る。肩から腰までが一続きに見える。
盥は青灰色で、楕円に描かれる。縁の内側に影が落ちる。
背景の左は淡い桃色と灰色で、布らしいものが垂れる。
右下には、赤い塊がある。椅子か、布の山かは判別できない。
紙の色は、記録によればもとは薄い緑である。いまは灰色に見える。
姿勢という主題
この画家の裸体像は、見せるための姿勢を取らない。
顔をこちらへ向けず、身体をねじり、背中を見せる。
日常の動作の途中を選んでいる。洗う、拭く、髪を梳く。
九点のうち五点が、そうした場面である。人物は、見られていることに気づいていない。
この距離の取り方は、当時から議論の的になった。ここでは、その事実だけを記しておく。

この一点は、紙の色がいまも緑である。
技法の欄にも、変色の記述がない。褪せていないということである。
画面には、二人の踊り子がいる。どちらも背を向ける。
左の一人は、腕を前で組む。右の一人は、両手を胸の前に置く。
衣の裾は短く、脚が見える。輪郭は木炭の線で取られる。
明るい部分には、白いチョークが置かれる。肩と背中である。
背景には、斜めの線が繰り返し引かれる。手の動きがそのまま残る。
画像の四辺には、金色の額の縁が写り込む。額ごと撮影されている。
同じ画家の同じ年ごろの作でも、紙が褪せたものと褪せないものがある。
木炭とパステル
九点の技法を並べると、パステルだけの作は多くない。
木炭と併用するものが三点、白チョークと併用するものが一点ある。
木炭は線を引く道具で、パステルは面を作る道具である。
先に木炭で形を決め、あとからパステルで色を置く。順序が決まっている。
九点の画面でも、輪郭に黒い線が残るものが多い。下の段階が見えている。
保存の条件が、分かれる
同じ館に入った作品でも、それ以前の扱いは別々である。
長く壁に掛かっていたか、箱に入っていたか。光の量が違う。
九点のうち、変色が記録されているのは四点である。残る五点には記述がない。
記述がないことは、変わっていないことを必ずしも意味しない。調べていない可能性もある。
ここでは、書かれていることだけを根拠にした。

九点で最も小さい一点である。葉書ほどの大きさしかない。
中央に、踊り子が片脚を上げる。上体を前へ倒す。
衣は橙と白で、裾が広がる。腕は左右に伸びる。
背景は緑と青で、舞台の書き割りらしい形が並ぶ。
左には、褐色の岩のような形がある。
画面の四辺に、黄色い縁が見える。これが紙の地の色である。
絵具の置かれていない部分だけ、もとの黄色が出ている。
つまり、紙の色をそのまま確かめられる数少ない一点である。
寸法の欄には、紙と板の両方の数字が書かれる。二つの大きさが記録されている。