画家を知る

紙の色が、変わってしまった——エドガー・ドガのパステル

塗工紙という素材

いま見た一点の技法欄には、塗工紙、という語が入る。

表面に塗料を塗った紙である。工業的に作られる。

画材屋の紙ではなく、包装や事務に使う紙だったと考えられる。

九点のうち三点に、こうした工業製の紙が使われている。

高価な画用紙ではなく、手近な紙を選んでいる。素材への構えが自由である。

ただし、工業製の紙は保存に弱い。酸を含むことが多く、褪せやすい。

安く手に入る紙ほど、早く変わる。九点の変色は、その選択の結果でもある。

作る側の自由と、残る側の弱さが、同じところから来ている。

帽子屋にて
エドガー・ドガ《帽子屋にて》1882年。淡い灰色の紙にパステル、紙は工業用の包装紙、絹の紗に貼る。館の記録では、縦76.2センチ、横86.4センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。H・O・ハヴマイヤー・コレクション、ハヴマイヤー夫人遺贈、1929年。エドガー・ドガ《帽子屋にて》メトロポリタン美術館蔵

九点で最も大きい一点である。横は86センチある。

画面の左に、女性が立つ。帽子を頭に載せ、両手で位置を直す。

衣は暗い褐色で、床まで届く。袖に毛皮のような質感がある。

中央から右に、大きな鏡がある。木の枠が縦に立つ。

鏡には、別の女性が映る。手に何かを持つ。

床は青灰色で、広く塗られる。上部の壁は黄土色である。

右下に、緑と黄の帽子が置かれる。円い形が二つ並ぶ。

技法の欄には、包装紙、という語が明記される。

大きな画面を安い紙で作っている。素材の選び方が徹底している。

この一点の技法欄には、変色の記述がない。淡い灰色は、もとの色かもしれない。

もっとも、包装紙がもともと何色だったかは分かりにくい。

灰色は、褪せた結果の色でもありうる。ここでは判断しないでおく。

紗に貼るということ

九点のうち二点は、絹の紗に貼られている。

紗は、粉をふるうときに使う細かい網である。丈夫で薄い。

大きな紙は、そのままでは波打つ。裏から支えなければ扱えない。

パステルは触れば落ちる。貼る作業は慎重を要する。

こうした処置も、技法の欄に書かれる。画面の外の情報だが、作品の一部である。

浅い盥で身体を洗う女
エドガー・ドガ《浅い盥で身体を洗う女》1885年。薄い緑の紙に木炭とパステル、紙はいまは温かみのある灰色に変色している。絹の紗に貼る。館の記録では、縦81.3センチ、横56.2センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。H・O・ハヴマイヤー・コレクション、ハヴマイヤー夫人遺贈、1929年。エドガー・ドガ《浅い盥で身体を洗う女》メトロポリタン美術館蔵

縦長の画面である。人物が身をかがめる。

裸の女性が、浅い円い盥の中に立つ。両足が水に浸かる。

上体を深く折り、右腕を後ろへ回す。手に布を持つ。

背中の線が、画面を斜めに横切る。肩から腰までが一続きに見える。

盥は青灰色で、楕円に描かれる。縁の内側に影が落ちる。

背景の左は淡い桃色と灰色で、布らしいものが垂れる。

右下には、赤い塊がある。椅子か、布の山かは判別できない。

紙の色は、記録によればもとは薄い緑である。いまは灰色に見える。

姿勢という主題

この画家の裸体像は、見せるための姿勢を取らない。

顔をこちらへ向けず、身体をねじり、背中を見せる。

日常の動作の途中を選んでいる。洗う、拭く、髪を梳く。

九点のうち五点が、そうした場面である。人物は、見られていることに気づいていない。

この距離の取り方は、当時から議論の的になった。ここでは、その事実だけを記しておく。

二人の踊り子
エドガー・ドガ《二人の踊り子》1879年ごろ。緑の塗工紙に木炭と白チョーク。館の記録では、縦63.8センチ、横48.9センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。H・O・ハヴマイヤー・コレクション、ハヴマイヤー夫人遺贈、1929年。エドガー・ドガ《二人の踊り子》メトロポリタン美術館蔵

この一点は、紙の色がいまも緑である。

技法の欄にも、変色の記述がない。褪せていないということである。

画面には、二人の踊り子がいる。どちらも背を向ける。

左の一人は、腕を前で組む。右の一人は、両手を胸の前に置く。

衣の裾は短く、脚が見える。輪郭は木炭の線で取られる。

明るい部分には、白いチョークが置かれる。肩と背中である。

背景には、斜めの線が繰り返し引かれる。手の動きがそのまま残る。

画像の四辺には、金色の額の縁が写り込む。額ごと撮影されている。

同じ画家の同じ年ごろの作でも、紙が褪せたものと褪せないものがある。

木炭とパステル

九点の技法を並べると、パステルだけの作は多くない。

木炭と併用するものが三点、白チョークと併用するものが一点ある。

木炭は線を引く道具で、パステルは面を作る道具である。

先に木炭で形を決め、あとからパステルで色を置く。順序が決まっている。

九点の画面でも、輪郭に黒い線が残るものが多い。下の段階が見えている。

保存の条件が、分かれる

同じ館に入った作品でも、それ以前の扱いは別々である。

長く壁に掛かっていたか、箱に入っていたか。光の量が違う。

九点のうち、変色が記録されているのは四点である。残る五点には記述がない。

記述がないことは、変わっていないことを必ずしも意味しない。調べていない可能性もある。

ここでは、書かれていることだけを根拠にした。

舞台の踊り子
エドガー・ドガ《舞台の踊り子》1877年ごろ。黄色の薄い塗工紙に鉛筆の下描きと不透明絵具、板に貼る。館の記録では、紙が縦17.1センチ、横21.3センチ、板が縦17.8センチ、横22.9センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。レズリーとエマ・シーファー・コレクション、エマ・A・シーファー遺贈、1973年。エドガー・ドガ《舞台の踊り子》メトロポリタン美術館蔵

九点で最も小さい一点である。葉書ほどの大きさしかない。

中央に、踊り子が片脚を上げる。上体を前へ倒す。

衣は橙と白で、裾が広がる。腕は左右に伸びる。

背景は緑と青で、舞台の書き割りらしい形が並ぶ。

左には、褐色の岩のような形がある。

画面の四辺に、黄色い縁が見える。これが紙の地の色である。

絵具の置かれていない部分だけ、もとの黄色が出ている。

つまり、紙の色をそのまま確かめられる数少ない一点である。

寸法の欄には、紙と板の両方の数字が書かれる。二つの大きさが記録されている。