紙の色が、変わってしまった——エドガー・ドガのパステル

画面の左に、裸の女性が座る。上体を反らす。
顔は上を向き、目を閉じているように見える。
背後に、もう一人が立つ。手を伸ばし、髪を梳く。
その人物は桃色の衣を着る。腕から先だけが画面に入る。
女性の下には、黄色い長椅子がある。布の襞が大きく描かれる。
膝の上には、白い布が掛かる。
床と背景には、緑と青が置かれる。上部の壁は黄土色である。
紙の色は、記録によればもとは薄い緑である。いまは灰色に近い。
黄色と緑と桃色の関係は、下地が緑だったころには別の見え方をしたはずである。
台紙という支え
九点のうち四点は、何かに貼られている。
絹の紗が二点、板紙が一点、板が一点である。
パステルの画面は動かせない。丸めることも、曲げることもできない。
だから、早い段階で平らな支えに固定する。作者自身が貼ることもある。
台紙まで記録されるのは、それが作品と一体だからである。
色の関係が、崩れる
紙の色が変われば、置いた色との関係が変わる。
緑の紙に桃色を置けば、補色に近い対比になる。強く見える。
灰色の紙に同じ桃色を置けば、対比は弱まる。落ち着いて見える。
いま私たちが見ているのは、後者である。作者が見ていたのは前者かもしれない。
これは、修復では戻せない変化である。紙そのものが変わっている。

縦長の画面である。人物が身をかがめる。
裸の女性が、片足を盥に入れる。背中をこちらへ向ける。
もう一方の足は、白い布の上に置かれる。
左手で盥の縁を支える。腕が伸びる。
盥は青灰色で、円い縁が見える。
背景は橙と褐色で、縦の帯が並ぶ。壁と扉のように見える。
床には白い布が広がる。襞が青と灰で示される。
記録によれば、紙はもともと青である。画面ではほとんど覆われている。
青い紙の上に橙を置けば、下地の色が絵具の隙間から効いてくる。
簀の目紙という選択
この一点の紙は、簀の目紙である。
漉くときの簀の跡が、細い縞として残る紙である。
表面に凹凸があるので、パステルの粉がよく引っかかる。
塗工紙とは正反対の性格である。同じ画家が、両方を使い分けている。
紙を選ぶことは、描き方を選ぶことでもある。

九点で最も大きい部類の一点である。
裸の女性が、背を向けて立つ。上体を右へひねる。
髪は赤みの強い茶で、後ろでまとめられる。うなじが見える。
両手で、大きな白い布を持つ。布は膝の高さまで垂れる。
背景の上部は黄色で、縦の筆致が並ぶ。
左には青い帯があり、その上に白い四角がある。窓かもしれない。
床は青と灰で、斜めの線が走る。
紙には赤と青の繊維が混じると記録にある。画像では確かめられない。
年の欄には、1894年か1898年、と二つの年が書かれる。どちらか決まっていない。
年が、二つ書かれる
九点の年を見ると、書き方が一定ではない。
一年で確定するもの、およそ、が付くもの、幅で書かれるもの、そして二つの年を並べるもの。
二つの年を並べるのは、根拠が二つあって決められないときの書き方である。
制作年の確定は、署名や展示の記録に頼る。それが揃わなければ、決められない。
九点の年の欄は、そのばらつきをそのまま残している。
二点だけ、記録が薄い
九点のうち二点は、寄贈の記述が取得できなかった。
館の公開情報の側の事情である。当サイトの記録にも入っていない。
だから、この二点の図版の説明には寄贈者を書いていない。
書けないものは書かない。空欄をそれらしく埋めない。
記録の濃淡は、作品の価値とは関係がない。
一人の蒐集から
九点のうち七点は、同じ蒐集から館に入っている。
受入は1929年で、遺贈による。番号も同じ大きな番号の下に並ぶ。
一人の蒐集家が、この画家のパステルをまとめて持っていたことになる。
残る二点のうち一点は、1973年の別の遺贈である。
まとまって入ったからこそ、紙の色の違いを並べて比べられる。
記録が支える見方
紙の色の変化は、画像を見ても分からない。
いま褐色に見える紙が、もとは緑だったとは想像できない。
それを知るには、記録を読むしかない。技法の欄の短い一行が、見方を変える。
当サイトの作品ページにも、この技法の記述はそのまま入っている。長くて読みにくいが、落とさない。
落とせば、いまの色が作者の選んだ色だと誤解される。
大きさの幅
九点の寸法を並べると、幅が大きい。
最も小さいものは、紙で縦17.1センチ、横21.3センチである。
最も大きいものは、縦95.9センチ、横76.2センチである。面積では二十五倍を超える。
小さい一点は板に貼られ、机の上で見る大きさである。
大きい一点は額に入り、壁に掛ける大きさである。同じ技法で、用途が分かれる。
見ているものを、疑う
九点を通して言えるのは、一つのことである。
私たちが見ているのは、百三十年たった紙である。
色は変わり、粉は落ち、額は替わった。作者が見ていた画面とは違う。
同じ画家の動きの捉え方については、ドガはなぜ、踊っていない踊り子ばかり描いたのか——動きを描く方法で書いた。
そこで見た構図の判断も、いまとは違う色の上で下されていた。そのことを頭の隅に置いておきたい。








