作品を知る

小さく描かれた人が、風景を広げる——広重・コロー・カルロ・ドルチほか九点

小柄
浜野直親《小柄》18世紀の後半から19世紀の初め。館の記録では、赤銅・金・銀・銅。長さ9.7センチ、幅1.4センチ、厚さ0.6センチ、重さ36.9グラム。番号は43.120.455。日本。メトロポリタン美術館蔵。浜野直親《小柄》メトロポリタン美術館蔵

細長い金属の板である。

長さ九・七センチ、幅一・四センチ。

第十四回で読んだ小柄と、まったく同じ寸法である。

地は黒い。

その右寄りに、人と馬がいる。

人は金色で、甲冑をつけている。

馬は褐色で、前脚を上げる。

その左に、細かい線で草か水が彫られている。

人物の高さは、一センチに満たない。

幅一・四センチの板だから、それ以上は入らない。

板の大きさが、人の大きさを決めている。

そして、その一センチの中に、兜の形と、馬の脚の向きが彫り分けられている。

画面いっぱいの人

ここまでの四点は、人が小さかった。

次の三点は、逆である。

歌舞伎役者 中村富十郎
勝川春章《歌舞伎役者 中村富十郎》1777年10月。館の記録では、錦絵、紙本着色。28.7×14.6センチ。番号はJP351。日本、江戸時代。メトロポリタン美術館蔵。勝川春章《歌舞伎役者 中村富十郎》メトロポリタン美術館蔵

縦長の版画である。

一人の人物が、画面の高さの九割を占める。

女の装いをしている。

薄い黄土色の地に、体が立つ。

衣は幾重にも重なる。

外側は淡い色で、格子の文様。

その下から、赤い衣が覗く。

裾は床に長く広がり、渦を巻く。

腰の帯は太く、前で結ばれる。

両手を胸の高さに上げ、脚付きの器を捧げ持つ。

器の上に、白いものが載っている。

髪は結い上げられ、櫛と簪が挿さる。

顔は左を向き、目は細い。

背景には、何も描かれていない。

背景を描かないという判断

この版画には、風景がない。

床の線が一本あるだけである。

つまり、大きさの目盛りが要らない。

人そのものが主題だからである。

役者絵は、誰がどの役を演じたかを伝える絵である。

顔の作り、衣の文様、持ち物。

その情報が読めればよい。

まわりの空間は、むしろ邪魔になる。

だから、描かない。

第五回で読んだ役者絵も、同じ作りだった。

背景を省くのは、手抜きではない。

見せたいものだけを残す判断である。

浄瑠璃「初鶏車源氏」の場面
初代鳥居清倍《浄瑠璃「初鶏車源氏」の場面》1749年の年記。館の記録では、木版画、紙本着色。26.8×14センチ。番号はJP232。日本、江戸時代。メトロポリタン美術館蔵。初代鳥居清倍《浄瑠璃「初鶏車源氏」の場面》メトロポリタン美術館蔵

こちらも縦長である。

そして、人が二人いる。

上の一人は立ち、下の一人は身をかがめる。

いずれも、画面の半分ずつを占める。

衣は緑と白で、大きな文様が入る。

線が太い。

輪郭が黒く、はっきりしている。

色は緑と紅の二色だけである。

背景に、格子の建具が描かれる。

縦横の線が規則正しく並ぶ。

その上に、白い花をつけた枝。

人物の大きさは、画面の幅いっぱいである。

ここでも、風景の目盛りは要らない。

習作の頁では、大きさが混じる

六つの人物習作と丸い卓(写生帖より)
トマス・サリー《六つの人物習作と丸い卓(写生帖より)》1810年から20年。館の記録では、紙にインクと淡彩。22.9×29.2センチ。番号は53.182.7の表。メトロポリタン美術館蔵。トマス・サリー《六つの人物習作と丸い卓(写生帖より)》メトロポリタン美術館蔵

一枚の紙に、複数の絵が散らばっている。

右に、立った人物が一人。

高さ十センチほどで、いちばん大きい。

輪郭だけが線で描かれる。

その左に、座った人物が二人。

さらに小さい。

下のほうには、頭だけの習作が四つほど。

いずれも三センチに満たない。

そして、中央上に、丸い卓が一つ。

脚の形が丁寧に描かれている。

つまり、一枚の紙のなかで、大きさが五通りに分かれている。

これは、完成した絵ではないからである。

思いついた順に、空いている場所へ描いている。

写生帖の頁は、構図を持たない

完成した絵には、構図がある。

どこに何を、どの大きさで置くかが決まっている。

写生帖の頁には、それがない。

紙の余白が続くかぎり、描き足していく。

だから、人の大きさが揃わない。

第十七回で、写生帖の頁を何度も読んだ。

一冊が百四十八点になる例もあった。

そこでも、頁ごとに描き込みの量がまちまちだった。

同じことが、一枚の紙の中でも起きている。

ニピシング湖の猟師、サドベリー近くの湖(写生帖より)
アルバート・ビアスタット《ニピシング湖の猟師、サドベリー近くの湖(写生帖より)》1890年。館の記録では、簀の目のない紙に鉛筆。12.1×19.7センチ。番号は1995.379.4のbの表。メトロポリタン美術館蔵。アルバート・ビアスタット《ニピシング湖の猟師、サドベリー近くの湖(写生帖より)》メトロポリタン美術館蔵

きわめて淡い。

白黒の画像で、線がほとんど見えない。

目を凝らすと、左端に人が一人立っている。

高さ二センチほどである。

肩に、細長いものを担いでいる。

銃だろう。

その右に、水平線らしい線が長く引かれる。

さらに右に、木立の輪郭が薄く並ぶ。

下のほうに、手書きの文字が二行。

地名と、日付らしい。

紙は十二・一掛ける十九・七センチ。

手のひらに載る大きさである。

描かないことで、遠さを出す

この頁で興味深いのは、線の濃さである。

人物の線は、まだ読める。

水平線は、それより薄い。

対岸の木立は、さらに薄い。

つまり、遠いものほど線を弱くしている。

鉛筆の圧を変えるだけで、奥行が作られる。

色も、陰影も使っていない。

線の濃さだけである。

そして、この頁でも人は小さい。

しかし、いちばん濃い線で描かれている。

小さくても、いちばん近い。

大きさと、近さは別のことである。

ポントワーズの公園
カミーユ・ピサロ《ポントワーズの公園》1874年。館の記録では、布に油彩。60×73センチ。番号は64.156。メトロポリタン美術館蔵。カミーユ・ピサロ《ポントワーズの公園》メトロポリタン美術館蔵

明るい公園の場面である。

中央に、大きな木が一本立つ。

幹は太く、上で枝が広がる。

葉は黄緑と濃緑の点で作られる。

その下に、人が何人もいる。

数えると、十人以上である。

いずれも小さい。

いちばん手前の一人は、白い服の子どもらしい。

高さは画面の十分の一ほど。

その左右に、黒や青の服の大人。

さらに奥にも、点のような人影。

道は明るい黄土色で、奥へ伸びる。

右に、低い塀と樹木。

左は開けて、遠い平地が見える。