作品を知る

小さく描かれた人が、風景を広げる——広重・コロー・カルロ・ドルチほか九点

一枚の絵に、三段階の大きさ

この一点では、人の大きさが三段階になっている。

手前の子どもが、いちばん大きい。

中ほどの数人が、その半分ほど。

奥の人影は、点である。

大きさの差が、そのまま距離になる。

これが、遠近を示すいちばん単純な方法である。

同じ高さのものを、遠いほど小さく描く。

そして、人は誰でも背丈がだいたい決まっている。

だから、目盛りとして使いやすい。

木や建物では、こうはいかない。

大きい木と小さい木があるからである。

人だけが、絵のなかで信用できる物差しになる。

群れとして描く

公園の絵では、人が十人以上いる。

しかし、一人ずつを描き分けてはいない。

服の色と、立ち方の向きが違うだけである。

これは、群れとして描いているからである。

一人ずつを見せるのではなく、人が多いという状態を見せる。

同じことが、岬の版画にも言える。

五人の人影は、道を歩く人がいる、という事実を示す。

誰が歩いているかは、問題にならない。

一方、役者絵は一人か二人しか描かない。

その一人が誰かを見せる絵だからである。

人の数と、描き込みの細かさは、反比例する。

多く描けば、一人あたりの情報は減る。

少なく描けば、増える。

紙の面積は決まっているので、これは避けられない。

九点を、人数で並べ直したい。

役者絵が一人と二人。

人物習作が六つほど。

鍔が四人。

小柄が一人と馬。

コローが数人。

写生帖の湖が一人。

岬の版画が五人。

公園の絵が十人以上。

そして、人数が多い絵ほど、一人が小さい。

例外はない。

動きのある姿と、止まった姿

九点の人物を、姿勢で分けたい。

歩いている人が、岬の版画と公園の絵。

立ち止まっている人が、コローの岸辺と写生帖の猟師。

座っている人が、人物習作。

そして、演技の途中の姿が、役者絵二点。

弓を引く姿が、鍔。

馬に乗る姿が、小柄。

小さく描かれた人は、たいてい歩いているか立っている。

複雑な姿勢は、小さくしては読めないからである。

一方、大きく描かれた人は、動きの途中で止まっている。

手を上げ、体をひねり、衣を翻す。

その一瞬を見せるために、大きく描く必要がある。

大きさと姿勢は、連動している。

九点を、人の高さで並べ直す

九点の人物の大きさを、画面に対する比で並べたい。

役者絵の二点は、九割と五割。

写生帖の人物習作は、四割ほど。

公園の絵は、手前で一割。

コローの川は、二十分の一。

版画の岬は、五十分の一に近い。

鍔と小柄の人物は、板の三分の一だが、絶対の寸法では一センチに満たない。

そして、鉛筆の写生帖は、二センチの人が紙の六分の一を占める。

比で見るのと、実寸で見るのとでは、順序が変わる。

役者絵の人物は二十六センチある。

鍔の人物は一センチである。

しかし、どちらも画面の主役に近い。

版画と油彩で、小ささの限界が違う

小さい人を描くとき、技法によって限界が違う。

木版画では、彫った線の細さが限界になる。

彫刻刀の刃の幅より細い線は彫れない。

そして、刷るときに紙が伸びると、細い線は潰れる。

だから、一定より小さい人は作れない。

岬の版画の人影が五ミリ前後なのは、その限界に近いからだろう。

油彩では、事情が違う。

筆の先を細くすれば、いくらでも小さく置ける。

しかし、絵具には粘りがある。

一触れで人に見えるかどうかは、筆の運びで決まる。

公園の絵の奥の人影は、ほとんど一筆の点である。

それでも人に見えるのは、置いた場所と、上下に伸びた形のためである。

鉛筆なら、もっと小さくできる。

そして、金属では逆に大きくなる。

嵌め込む部品として切り出さなければならないからである。

材料ごとに、人の最小の大きさが違う。

九点を並べると、その幅が見える。

いちばん小さいのが版画の五ミリ。

いちばん大きいのが役者絵の二十六センチ。

五十倍以上の開きがある。

目盛りが要らない絵

大きさの目盛りが要らない絵もある。

九点のうち、役者絵の二点と、人物習作がそうである。

背景がないか、断片しかない。

だから、比べる相手がいない。

そして、比べる必要もない。

役者絵は、その人物を見せる絵である。

まわりの空間の広さは、伝えたい情報に入っていない。

一方、風景の絵では、空間の広さが主題である。

だから、必ず目盛りが要る。

第十六回で読んだ都市の眺めも、そうだった。

高台に立つ小さな人影が、湾の広さを示していた。

工芸品の場合は、また事情が違う。

鍔も小柄も、板の大きさが最初から決まっている。

七センチの円、九・七センチの板。

その中に人を置けば、大きさは自動的に決まる。

外側の枠が、先にある。

絵画では、枠の大きさを画家が選べる。

工芸品では、選べない。

大きさは、絵の目的に従う

最後に、この九点をもう一度分けたい。

人が目盛りとして置かれている絵。

岬の版画、コローの川、公園の絵、写生帖の湖。

四点である。

人そのものが主題の絵。

役者絵二点と、人物習作。

三点である。

そして、人が物語の役として置かれている工芸品。

鍔と小柄。

二点である。

三通りの働きがある。

目盛り、主題、そして物語の登場人物。

同じ「人」でも、絵の中でしていることが違う。

だから、大きさが違う。

上手下手や、描き込みの丁寧さの問題ではない。

その絵が何のために作られたかで、人の大きさは決まる。

次の回では、同じ見方で船を見たい。

船もまた、絵のなかで大きさの目盛りになることがある。

そして、船は人と違って、大きさが一定でない。

小舟もあれば、帆柱の高い船もある。

だから、目盛りとしては人ほど正確ではない。

代わりに、船には別の役目がある。

水面がどこにあるかを示すことである。

水は、それ自体では形を持たない。

浮いているものがあって、はじめて水面が見える。

その話を、次の回でしたい。

浮いているものの高さが、水面の高さになる。

その一点だけで、画面の中に水が生まれる。

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