カイユボット《パリの通り、雨》の解説——雨粒はどこにも描かれていない
カイユボット《パリの通り、雨》を解説します。シカゴ美術館蔵の横276センチの大画面を、当サイトが公開しているCC0の図版と館の記録から読みます。雨粒を描かずに雨を見せる方法、人物が枠で切れる理由、実物の所在までを示します。

《パリの通り、雨》とはどんな絵か
ギュスターヴ・カイユボットの《パリの通り、雨》は、雨の日の交差点を描いた大画面の油彩である。館の記録では1877年の作で、縦212.2センチ、横276.2センチ。シカゴ美術館が所蔵している。
横が2メートル70センチを超える。人物はほぼ等身大で立ち、見る人は歩道の高さで絵の前に立つことになる。

画面の中央に、緑の街灯が根もとから灯まで垂直に立つ。街灯は絵を左右に分ける柱の役をしている。
右手前には、傘をさした男女が並んで歩いてくる。男は山高帽に濃い外套、女は毛皮で縁を取った茶の衣と飾り帽子。二人の視線は画面の外へ向いている。
奥には石造の建物が角を先にして扇のように連なり、傘の人影が小さく散る。石畳は光を受けて青白く濡れ、空は白く曇っている。
館の記録によれば、この絵は1877年の第三回印象派展に出品され、目録の1番に置かれた。館がこの絵を買ったのは1964年である。
描かれた場所について、館の記録は「自宅から歩いてすぐのにぎやかな交差点」とだけ記している。画家が描いたパリは、通い慣れた界隈をあまり出ない、とも付け加えている。この絵は、館の記録では画家の最も大きな作品でもある。
雨はどこに描かれているか
雨粒は描かれていない。画面のどこを探しても、線で引かれた雨脚は見つからない。それでも雨の日に見えるのは、濡れた路面と傘だけで天気を示しているからである。
館の記録も同じ点に触れている。雨粒を描く代わりに、当時出回りはじめた折りたたみ式の傘と、濡れた石畳の映り込みで天気を示した、という説明である。
石畳を近くで見ると、石の一つひとつが上半分だけ明るい。水を張った面が空の白を返している。そのため路面は灰色ではなく、青みを帯びた白に見える。
傘は画面のなかで少なくとも七つ数えられる。手前の二つは大きく、奥へ行くほど小さく、傘の列が道の奥行きを測る目盛りになっている。
雨の日らしさは、色の幅の狭さからも来ている。使われているのは、灰と黒と茶と、わずかな青だけだ。強い色は、左の荷車の赤い車輪と、街灯の緑にしかない。
そのぶん、濡れた面の白い光が目立つ。石畳、傘の張り、山高帽の艶。同じ白が、素材の違うものの上を順に渡っていく。
なぜ人物は画面の端で切れているのか
右端の男は、体の半分と傘の半分を画面の枠に切られている。左のほうでも、荷車と歩く男の背中が途中で断たれる。絵の外に道が続いていることが、この切り方で分かる。
館の記録では、この大胆な切り取りは、当時広まりはじめた写真から着想を得た可能性があるとしている。そして、中央の二人はこちらへ向かって歩いてくるように見える、とも書いている。
つまり、通りの全体を整えて見せる絵ではない。歩いている途中でふと目を上げた、その一瞬の視野をそのまま画面にしている。
切り取りの効き目は、街灯の位置と組み合わさって強まる。中央の柱で画面は左右に割られ、右の二人と、左の遠い人影とが、別々の場面のように見えてくる。
人物の配置も数えてみると分かる。手前に二人、中ほどに三人、奥に十数人。近い人ほど大きく、細部まで塗り分けられ、遠い人は傘と外套の形だけになる。
館の記録では、当時、動いている人を描こうとする画家はまだ少なかったとされる。そのうえで、背景の一人ひとりを注意深く置いて、往来のにぎわいを出したと説明している。
同じ年に描かれた次の絵でも、切り取りの手つきは変わらない。

高い位置から川面を見下ろす構図で、右端からは別の舟の櫂の羽根だけが入り込む。舟も人も、画面の枠で平気で断たれる。
どこで見られるのか
実物はシカゴ美術館にある。館の記録では、この作品は常設の展示室(第201室)に置かれている。ただし展示は入れ替わるため、行く前に館の案内で確かめてほしい。当サイトは美術館の関係者ではなく、展示や貸し出しの予定は把握していない。
画面の細部だけを追うなら、《パリの通り、雨》の作品ページから高解像度の図版を開ける。傘の骨、外套の縫い目、石畳の継ぎ目まで、近づいて見られる。
同じ館が持つ大画面では、スーラ《グランド・ジャット島の日曜日の午後》の解説も合わせて読める。カイユボットが属した運動そのものについては、印象派とは何かで扱った。
カイユボットの他の絵も見る
当サイトが図版を公開しているカイユボットは、パリの通りだけではない。ギュスターヴ・カイユボットのページから、次のような絵をまとめて開ける。

肉屋の店先に吊るされた仔牛の頭と、大理石の台に載る牛の舌。白い紙と白い脂と白い台が、ほとんど同じ明るさで並ぶ。通りの絵と同じ画家の手である。

館の記録では、ノルマンディー海岸の避暑地トルーヴィルの崖の上から描いた眺めだという。手前の煉瓦の別荘は、画面の下辺で切られている。

晩年に移り住んだ土地の庭で、菊の群れだけを縦長の画面いっぱいに描く。人も道も出てこない。都市の交差点から、庭の花の前へ、画家の立ち位置が移っている。


