小さく描かれた人が、風景を広げる——広重・コロー・カルロ・ドルチほか九点
遠くの人は、点にしかならない。それでも、そこに人がいると分かる。輪郭の要点だけが残るからである。九点で、人物の大きさと風景の広さの関係を測りたい。画面の高さの十分の一を切ると、顔は描かれなくなる。部門をまたいで、同じ扱いが現れる。

人は、何ミリで描かれるか
これまでの回では、記録の欄を読んできた。
素材、寸法、題、年、技法、出所。
作品のまわりに付いている文字である。
今回から、いったんそれを離れる。
画面そのものを見たい。
そして、最初に見るのは、人の大きさである。
同じ「人」でも、絵によって大きさがまるで違う。
数ミリのこともあれば、画面いっぱいのこともある。
その差は、上手下手ではない。
その絵が何をしようとしているかの差である。
九点を並べて、そこを読みたい。

横長の版画である。
画面の下半分に、細い岬が横に伸びる。
その上に、松が七、八本。
幹は細く、枝が左右に広がる。
松のあいだの道に、人がいる。
数えると、五人ほどである。
いずれも、高さ五ミリあるかないかである。
衣の色だけが、青と赤で区別できる。
顔は描かれていない。
その左に、白い帆の舟が一艘。
帆は大きく、人の何倍もある。
海は明るい藍で、上へ行くほど淡くなる。
対岸に、白い建物の列。
上端は濃い藍の帯。
右上に、赤い枠の題箋。
目盛りとしての人の、置き方
人を目盛りとして使うとき、置く場所には決まりがある。
まず、道の上に置く。
道は平らで、幅が分かっている。
そこに人を立たせれば、道の幅が読める。
次に、建物の前に置く。
戸口や柱と比べれば、建物の大きさが決まる。
そして、水辺に置く。
舟に乗せれば、舟の大きさが決まる。
九点のうち、目盛りとして人が置かれた四点を見ると、いずれもこの三つのどれかである。
岬の版画では、道の上。
コローの川では、岸辺と舟の上。
公園の絵では、道の上。
写生帖の湖では、岸辺。
偶然ではない。
人を宙に浮かせて置くことはできないからである。
置く場所が決まると、人の大きさも自動的に決まる。
その場所の奥行に応じた大きさにしなければ、絵が壊れる。
つまり、人の大きさは画家が自由に決められるものではない。
構図が先にあり、大きさは後から従う。
顔を描かないという選択
小さく描かれた人には、顔がない。
岬の版画の五人にも、目鼻はない。
コローの人物も、輪郭だけである。
公園の人影も、点に近い。
これは、描けなかったからではない。
描かないほうがよいからである。
顔を描き込むと、そこに視線が止まる。
すると、風景を見る絵ではなくなってしまう。
だから、あえて省く。
第五回で読んだ役者絵は、逆だった。
顔の細部が、いちばん重要な情報だった。
同じ画家が、絵の種類によって顔を描いたり描かなかったりする。
何を見せたいかで、描き込みの場所が変わる。
五ミリの人が、するべき仕事
この五ミリの人影には、役目がある。
松の高さを教えることである。
松だけを描いても、それが二メートルか十メートルか分からない。
人を一人置けば、決まる。
道の幅も決まる。
岬の長さも決まる。
つまり、人は目盛りとして置かれている。
主役ではない。
しかし、これがないと画面の寸法が浮いてしまう。
この置き方は、風景を描く絵に共通する工夫である。
洋の東西を問わない。

こちらも横長である。
左に、大きな木が数本。
葉は暗く、細かい点の集まりで描かれる。
その根もとに、人が数人いる。
白い衣と、赤い衣が見える。
大きさは、画面の高さの二十分の一ほどである。
その右に、川が広がる。
水面は灰緑で、静かである。
そこに、小舟が一艘。
人が一人、立って棹を操っている。
こちらは、さらに小さい。
対岸は低く、平らに続く。
その端に、細い塔が一本立つ。
空は白く、雲が薄く広がる。
赤を一点だけ置く
この絵で、いちばん強い色は人の衣の赤である。
画面全体は、灰と緑と褐色でできている。
そこに、赤が一点だけある。
面積でいえば、千分の一もない。
しかし、目はまずそこへ行く。
小さな人影は、大きさの目盛りであると同時に、視線の受け皿でもある。
どこを見ればよいかを、絵の側が指定している。
前の一点でも、同じことが起きていた。
松の緑と海の藍のなかで、人の衣の赤が目を引く。
大きさは五ミリでも、働きは大きい。
金で、二ミリの人を作る

刀の鍔である。
径七センチほどの円い金属板。
地は黒く、その全面に波が彫られている。
うねる線が、幾重にも重なる。
中央に、細長い穴。
刀の茎を通す部分である。
その左に、もう一つ穴が開く。
そして、波のあいだに人がいる。
左上に、屋根の付いた舟。
その中に、人が二人。
一人は扇のようなものを掲げる。
金と銀で作られている。
左下と右下にも、人が一人ずつ。
いずれも甲冑姿で、弓を引いている。
金色で、輪郭がはっきりしている。
大きさは、一センチあるかないかである。
素材が、大きさを決める
この鍔の人物は、金属である。
彫るのではなく、別の金属を嵌め込んでいる。
だから、あまり小さくはできない。
輪郭を切り出し、地に嵌め、留める。
その作業に、最低限の大きさが要る。
一方、版画の人影は、版木を彫って作る。
刀の先で線を彫れるかぎり、いくらでも小さくできる。
油彩なら、筆の一触れで人になる。
つまり、人の最小の大きさは、材料が決めている。
第十四回で読んだ小柄の寸法の話と、同じ理屈である。
技法が、できることの範囲を決める。