画家を知る

銀行に勤めながら、台所を描く——フランシス・ウィリアム・エドモンズ

姿勢で、関係を示す

この一枚の要は、二人の姿勢である。

男は体を後ろへ倒し、脚を組む。

女は前へ体を出し、指を差す。

つまり、押す側と引く側である。

姿勢だけで、二人の関係が読める。

風俗画では、この読み取りが要になる。

台詞がないので、体で示すしかない。

演劇の所作に近い考え方である。

消した跡が、残る

この一枚には、消した線の跡がある。

薄い線が、実際の輪郭の外側に残る。

つまり、位置を決め直している。

腕の角度、椅子の高さ、体の傾き。

何度か試したことが分かる。

素描の面白さは、この迷いにある。

完成した油彩では、迷いは消される。

写生帖では、それが残る。

台詞のない芝居

風俗画は、しばしば芝居にたとえられる。

登場人物がいて、場面があり、出来事がある。

しかし、台詞はない。

だから、姿勢と表情と持ち物で伝えるしかない。

そのために、画家は所作を集める。

腕の角度、体の傾き、顔の向き。

写生帖には、その材料が並ぶ。

九点の素描の多くが、人物の姿勢だけを取っているのは、そのためである。

背景も、衣の細部も、後から加えればよい。

描く時間の短さ

素描の線を見ると、速さが分かる。

一本の線が、途中で止まらずに引かれている。

つまり、迷わずに引いている。

これは、対象が動くからである。

人も猫も、じっとしていない。

だから、形を一息で取る。

そのための訓練が、日々の写生である。

九点の中では、猫の一枚が最も速い。

輪郭だけを、数十本の線で取っている。

卓を囲む場面

五点目は、人数が増える。

卓のまわりの場面(写生帖より)
フランシス・ウィリアム・エドモンズ《卓のまわりの場面(写生帖より)》1838年ごろ以降。鉛筆、生成りの紙。縦16.8センチ、横20.3センチ。メトロポリタン美術館蔵。フランシス・ウィリアム・エドモンズ《卓のまわりの場面(写生帖より)》メトロポリタン美術館蔵

画面の中央に、卓がある。

その周りに、三人ほどが座る。

左の人物は、身をかがめる。

右の人物は、上体を起こす。

卓の上には、丸いものが置かれる。

右下には、犬らしき動物がいる。

線は非常に薄い。

紙の白の中に、うっすらと形が浮かぶ。

背景は描かれていない。

薄い線を、どう見るか

この一枚は、線が薄い。

画像でも、目を凝らさないと読めない。

理由は二つ考えられる。

一つは、もともと薄く描いたこと。

構図を試す段階では、濃く描く必要がない。

もう一つは、擦れて薄くなったこと。

鉛筆の線は、隣の頁と擦れて消えていく。

帖として保管されると、この現象が起きる。

猫を、二匹

六点目は、動物である。

二匹の猫(写生帖より)
フランシス・ウィリアム・エドモンズ《二匹の猫(写生帖より)》1838年ごろ以降。鉛筆、生成りの紙。縦16.8センチ、横20.3センチ。メトロポリタン美術館蔵。フランシス・ウィリアム・エドモンズ《二匹の猫(写生帖より)》メトロポリタン美術館蔵

広い紙の中に、猫が二匹だけ描かれる。

左の猫は、座って顔をこちらへ向ける。

右の猫は、丸くなって伏せる。

その周りは、すべて白いままである。

余白が、画面の九割を占める。

線は細く、輪郭だけである。

毛の質感も、影も描かれていない。

姿勢だけを取っている。

余白の多い頁

写生帖には、こうした頁がある。

小さな図が一つか二つ、あとは白い。

紙を無駄にしているようにも見える。

しかし、実際には合理的である。

必要な形だけを、素早く取る。

後で同じ頁に別の図を描き足すこともある。

つまり、余白は保留の場所である。

使うかどうかを、後で決める。

動物を、写しておく

風俗画には、動物がよく出る。

犬、猫、馬、鶏。

家の中や庭にいる動物である。

これらを描くには、形を知っている必要がある。

だから、見かけたときに写しておく。

猫は、じっとしていない。

だから、短時間で輪郭を取る訓練が要る。

この一枚の線の速さは、その訓練の跡である。

家の中の道具

風俗画には、家財が細かく描かれる。

椅子、卓、鍋、籠、樽。

これらは、暮らしの階層を示す。

高価な家具なら裕福、簡素な道具なら質素。

最初の油彩でも、樽と籠と鍋が手前に置かれている。

つまり、農村の家である。

素描の段階では、こうした道具はまだ少ない。

人物の配置が決まってから、道具を足す。

その順序が、写生帖と油彩の差になっている。

光を、どこから当てるか

素描には、影がほとんど描かれない。

つまり、光の設定は後回しである。

最初の油彩では、左の扉から光が入る。

その光が、台の上の鳥に当たる。

暗い納屋の中で、そこだけが明るい。

見る人の目は、まずそこへ行く。

作業の対象に、光が集まっている。

構図の段階では決めず、彩色の段階で決める。

分業ではなく、工程の順序である。

馬を、一頭だけ

七点目は、線がしっかりしている。

馬(写生帖より)
フランシス・ウィリアム・エドモンズ《馬(写生帖より)》1838年ごろ以降。鉛筆、生成りの紙。縦16.8センチ、横20.3センチ。メトロポリタン美術館蔵。フランシス・ウィリアム・エドモンズ《馬(写生帖より)》メトロポリタン美術館蔵

画面の中央に、馬が一頭立つ。

体は左を向き、顔もそちらを向く。

たてがみは短く刈られている。

尾は下がり、房になる。

体の輪郭は、はっきりした線で引かれる。

腹と脚の内側には、影の線が入る。

九点の素描の中で、最も濃い線である。

背景は白いままである。

一頭を、丁寧に描く

この一枚は、他の素描と性格が違う。

構図の試作ではない。

一頭の馬を、じっくり観察して描いている。

脚の関節の位置、胴の厚み、首の付け根。

いずれも、正確に取られている。

つまり、これは対象の研究である。

風俗画に馬を描くとき、この知識が要る。

家畜や道具の形は、間違えると目立つ。