偽って署名された、と記録が書く——ホッサールト、アングルほか九点
九点の銘記の欄は、いずれも偽って、という語から始まる。それでも館は、書かれた文字そのものを消さない。まず写しとり、そのうえで偽りだと明記する。この二段構えが何を守っているのかを、九点の欄を並べて読みたい。

記録が、偽りと書く
絵画を九点、銘記の欄で並べてみる。
九点とも、欄の最初に同じ語がある。
偽って、という語である。
偽って署名されている。
偽って書き込まれている。
おそらく偽って書き込まれている。
館は、書かれた文字をそのまま写す。
そのうえで、それが偽りだと明記する。
写すことと、判断することを両方やっている。
この二段構えが、九点の欄に共通している。
消さずに、残す
まず気づくのは、消していないことだ。
偽りと分かった文字を、館は消さない。
絵から削り取ることもしない。
記録から外すこともしない。
そのまま残し、注記を添える。
なぜか。
消せば、絵が変わってしまうからである。
そして、判断は変わりうる。
いま偽りとされるものが、後に本物と分かることがある。
その逆もある。
消してしまえば、やり直せない。
だから残す。
残して、いまの判断を横に置く。
作者の欄は、どうなるか
偽りの署名が書かれた絵は、作者の欄が特殊になる。
九点の作者の欄を並べてみる。
追随者、と書かれるもの。
十九世紀のフランス、と国と世紀だけのもの。
に倣って、と書かれるもの。
おそらく十八世紀のイギリス、と留保の付くもの。
そして、本当の作者の名が入るもの。
つまり、署名の名は作者の欄に入らない。
書いてある名と、館が認める名は別である。
その差が、いちばん分かりやすく出る欄だ。
追随者、という言い方
九点のうち一点の作者の欄は、追随者である。
ある画家の様式を受け継いだ人、という意味だ。
弟子とは限らない。
工房にいたとも限らない。
絵を見て、真似た人かもしれない。
館は、確かな根拠がなければ本人の名を入れない。
似ているだけでは足りない。
そこへ、右上に有名な画家の名が書かれている。
館はそれを偽りと判断した。
判断の根拠は、欄には書かれない。
筆の癖や絵具の層を調べたのだろう。

男性が、こちらを向いて描かれる。
頭に、白と青の縞の布を巻く。
布は大きく膨らみ、後ろで結ばれる。
首に、橙色の布を巻き、前で結ぶ。
顔は丸く、頬に赤みがある。
目はやや下を見る。
上着は暗い緑で、襟が立つ。
背景は褐色で、右が明るい。
輪郭はぼんやりとしている。
筆あとは太く、荒い。
右上の暗い部分に、小さな文字がある。
大文字で始まる、という書き方
九点の欄をよく見ると、細かい違いがある。
偽って、という語が文の先頭に来るもの。
位置を先に書き、そのあとに偽って、と入るもの。
前者は四点、後者は五点である。
意味は同じだが、強さが違って見える。
先頭に置けば、まずそれが目に入る。
あとに置けば、位置の情報が先に来る。
館の欄は、そこまで揃えていない。
書いた人が違えば、並びも変わる。
長い年月をかけて積み上がった記録だからだ。
揃っていないことも、記録の姿である。
有名な名ほど、書かれる
偽って書かれる名には、傾向がある。
よく知られた画家の名である。
当たり前だが、無名の名を書いても値は上がらない。
九点に書かれた名を数えてみる。
十八世紀フランスの静物と肖像の画家。
アメリカの細密肖像画家。
十九世紀フランスの画家が二人。
十六世紀ドイツの版画家が二人ぶん。
十八世紀イギリスの肖像画家。
いずれも、その分野で名の通った人である。
誰が書いたのか
では、誰がその名を書いたのか。
館の記録は、そこを書かない。
分からないからである。
絵を売る人が書いた場合もあるだろう。
持ち主が、そう信じて書いた場合もある。
悪意があったかどうかも、分からない。
昔は、様式が似ていれば同じ画家の作と考えた。
その考えのまま、名を書き添えたのかもしれない。
いまの目で見れば偽りだが、当時は違ったかもしれない。
館が偽りと書くのは、事実の判断である。
動機の判断ではない。
名前と、細密画家
九点のうち一点は、右上に細密画家の名がある。
その画家は、小さな肖像を象牙に描いた人だ。
ところがこの絵は、油彩の肖像である。
大きさも、技法も違う。
つまり、名と絵が合っていない。
館の作者の欄は、十九世紀のフランス、となっている。
国も、時代も、書かれた名と食い違う。
食い違いが大きいほど、判断は容易になる。

若い女性が、胸から上で描かれる。
顔はこちらを向き、口もとがゆるむ。
髪は褐色で、頭の上でまとめる。
後れ毛が、肩に垂れる。
肩の出た黄色い服を着る。
胸元が大きく開く。
右手に、白い紙のようなものを持つ。
左に、赤い布が見える。
背景は暗く、右上が黒に沈む。
肌は白く、輪郭が柔らかい。
右上の暗い部分に、小さな文字がある。
果物の絵に、有名な名
九点のうち一点は、静物である。
皿の上に、メロンとレモンが載る。
左下に、名と年が書かれている。
年は、二桁だけの短い形だ。
書かれた名は、南の島で描いたことで知られる画家のものだ。
年も、その画家の活動時期に合わせてある。
つまり、辻褄が合うように書かれている。
しかし館は、この絵を1900年ごろと見る。
作者の欄は、十九世紀のフランス、である。
年の合う名を書いても、絵は嘘をつけない。
絵具や布のほうが、正直である。

横長の小さな画面である。
白い皿の上に、黄色い果物が載る。
大きいほうは、丸みのある実。
その手前に、切った半月形の実がある。
葉が二枚、上に添えられる。
皿の下に、白い布が敷かれる。
布は皺を寄せ、影が青みを帯びる。
左手前に、銀の匙が置かれる。
背後の壁に、花の模様が描かれる。
模様は桃色と緑で、淡い。
左下の布の上に、小さな文字がある。