偽って署名された、と記録が書く——ホッサールト、アングルほか九点
短い署名ほど、真似やすい
偽って書かれる署名には、短いものが多い。
姓だけ。
頭文字を組んだ形だけ。
省略した形だけ。
長い署名は、真似るのが難しい。
線の癖が、どこかで出る。
短ければ、出る場所が少ない。
九点のうち、長い署名を偽ったものは一点しかない。
名と、描いたという語と、年が並ぶ形だ。
残りは、いずれも短い。
短さが選ばれるのは、そのほうが安全だからだろう。
二つの署名が、同じ絵にある
九点のうち一点は、状況が入り組んでいる。
右下に、本当の画家の署名がある。
左下に、別の画家の名が書かれている。
館は、右下を本物、左下を偽りと判断した。
つまり、一枚の絵に二つの署名が同居する。
本物の署名がありながら、別の名が足された。
足した人は、本物の署名に気づかなかったのだろうか。
あるいは、気づいていても構わなかったのか。
どちらにせよ、絵は二つの名を抱えたまま残った。
館の記録は、両方を並べて書く。
一つを消したりはしない。

横長の画面に、海辺の丘が広がる。
中央に、藁葺きの屋根の小屋がある。
壁は白く、屋根は褐色である。
その手前に、緑の草地が下る。
草の中に、細い道が斜めに走る。
左は、切り立った崖である。
崖の岩は、桃色と橙を帯びる。
崖の下に、青緑の海が見える。
奥に、低い岬が伸びる。
空は白と青で、雲が厚い。
左下と右下に、それぞれ文字がある。
に倣って、という作者の欄
九点のうち一点の作者の欄は、に倣って、である。
ある画家の作品をもとに描かれた、という意味だ。
写しである。
写しは、当時ふつうに行われた。
学ぶために写す。
売るために写す。
どちらも悪いことではない。
問題は、写しに元の画家の名を書くことである。
そうすると、写しが原作の顔をする。
館は、そこを分けるために欄を使う。
作者の欄に、に倣って、と書く。
銘記の欄に、偽って、と書く。
二つの欄が、同じことを別の言い方で示している。

横長の暗い画面に、馬が一頭立つ。
白い斑の入った灰色の馬である。
左を向き、首を高く上げる。
たてがみは黒く、短い。
尾も黒く、垂れる。
四本の脚が、まっすぐ立つ。
前脚の一本が、わずかに前に出る。
胴に、灰色の斑が散る。
背景は暗い褐色で、何もない。
足もとの地面だけが、やや明るい。
左下の暗い部分に、小さな文字がある。
おそらく、という留保
九点のうち一点には、留保が付いている。
おそらく偽って書かれた、とある。
言い切っていない。
なぜ言い切らないのか。
材料が足りないのだろう。
絵そのものは、その画家の作とされている。
作者の欄に、本人の名が入る。
つまり、絵は本物である。
書かれた名も、その画家の名である。
問題は、その文字を本人が書いたかどうかだ。
そこが決められない。
だから、おそらく、と付ける。

小さな縦長の画面である。
男性の頭部が、横向きに描かれる。
顔は右を向く。
黒く濃い髭が、顎から胸へ広がる。
髪も黒く、縮れる。
頭に、円錐形の帽子をかぶる。
帽子は褐色で、縁が広い。
肩に、赤い布が掛かる。
背景は黄褐色で、塗り残しがある。
下地の色が、あちこちで透ける。
右下の暗い部分に、小さな文字がある。
有名な組み合わせ文字を、書き足す
九点のうち二点は、同じ画家の作である。
そして二点とも、同じ偽りの文字が入る。
二つの頭文字を組んだ形だ。
その形は、十六世紀ドイツの版画家のものとして知られる。
その画家の版画は、広く出回り、広く真似された。
組み合わせ文字も、一緒に真似された。
つまり、この形は当時から有名だった。
有名な印は、値を上げる。
だから書き足される。
館は二点とも、偽りと書く。
作者の欄には、本当の画家の名が入る。

細長い縦の板である。
白黒の写真で写される。
中央に、上半身裸の男性がひざまずく。
腰に布を巻き、両手を組む。
右手に、小さな石を握る。
顔は上を向く。
その前に、岩の台がある。
台の上に、書物と器が置かれる。
背後は険しい岩山である。
山の上に、塔の並ぶ町が見える。
手前の石の一つに、小さな文字がある。
二百年後の絵にも、同じ文字
もう一点は、二十年ほどのちの絵である。
同じ画家が描いた聖母子だ。
こちらにも、同じ組み合わせ文字が入る。
場所は右下、衣の裾と書物のあいだ。
つまり、同じ手が二枚に書いた可能性がある。
あるいは、別々の時期に別の人が書いたのかもしれない。
館の記録は、そこまでは書かない。
書かれるのは、位置と形と、偽りであることだけだ。