名画の楽しみ方

偽って署名された、と記録が書く——ホッサールト、アングルほか九点

聖母子
ヤン・ホッサールト《聖母子》1532年ごろ。館の記録では、板に油彩。縦63.2センチ、横49.5センチ。銘記の欄には、右下、衣の裾と書物のあいだに偽って組み合わせ文字が書かれているとある。番号は1981.87.1。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ヤン・ホッサールト《聖母子》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

縦長の板である。

女性が、床に座って幼児を抱く。

青い衣が、床いっぱいに広がる。

襞が深く、光が鋭く走る。

胸元に、金の刺繍が見える。

幼児は裸で、左に立つ。

女性の顎に手を伸ばす。

背後に、赤い布を掛けた椅子がある。

椅子の背は、金の彫刻で飾られる。

床は、四角い石を並べた模様である。

右下の床に、書物が開いて置かれる。

板に貼られたカンヴァス

九点の技法の欄に、変わった記述が二つある。

カンヴァスに描かれ、板に貼られている、とある。

布だけでは、たわむ。

たわめば、絵具が割れる。

そこで、板に貼って平らに保つ。

小さな絵で、よく行われた方法だ。

ただし、貼ると裏が見えなくなる。

裏に何か書いてあっても、読めなくなる。

前の回で、裏の文字が失われた例を見た。

同じことが、ここでも起きうる。

貼るという判断は、何かを守り、何かを隠す。

偽の署名に、年が添えられるとき

九点のうち二点は、偽りの署名に年も付く。

名だけより、手が込んでいる。

年があると、いつの作か決まったように見える。

そして、その年はたいてい辻褄が合っている。

書いた人が、調べて合わせたのだろう。

つまり、ただの思いつきではない。

館は、絵の年をそれとは別に判断する。

技法、布、下地、様式。

それらを見て、幅を持たせて書く。

書かれた年と、館の年が食い違えば、それが手がかりになる。

紳士の肖像
おそらくイギリス、18世紀《紳士の肖像》1710年から1730年ごろ。館の記録では、カンヴァスに油彩。縦76.2センチ、横63.5センチ。銘記の欄には、右下に偽って名と描いたという語と年が書かれているとある。番号は1947.17.87。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。おそらくイギリス、18世紀《紳士の肖像》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

男性が、胸から上で描かれる。

大きな白い巻き毛の鬘をかぶる。

毛は左右に広がり、肩に届く。

顔は丸く、こちらを向く。

灰色の上着に、金の釦が並ぶ。

首元に、白い布を巻き、前へ垂らす。

袖はほとんど見えない。

背景は暗い褐色である。

上のほうが、わずかに明るい。

輪郭は、背景に溶ける。

右下の暗い部分に、文字がある。

名と年が、食い違うとき

いま見た一点は、年が1729年と書かれている。

館の判断は、1710年から1730年ごろ。

幅の中に入っている。

つまり、年だけでは矛盾しない。

矛盾するのは、名のほうだ。

その名の画家は、別の場所で活動していた。

作風も違う。

だから、名が偽りと判断される。

年が合っていても、名が合わなければ偽りである。

逆に、名が合っていても年が合わないこともある。

二つの情報は、別々に検討される。

偽りの署名は、いつ書かれたか

書き足されたのは、いつだろうか。

絵具の層を調べれば、見当がつく。

元の絵具の上に、後から乗っていれば後年である。

同じ層に入っていれば、同時である。

館は、そこを調べたうえで判断している。

ただし、欄にはその過程を書かない。

書かれるのは結論だけだ。

過程は、館の内部の記録に残る。

公開されている欄は、いちばん短い形に絞られている。

短いぶん、誤解も生まれやすい。

偽りと書いてあるのは、文字のことである。

絵そのもののことではない。

偽物と、偽りの署名は違う

ここは、区別しておきたい。

九点のうち、絵そのものが偽物とされるものはない。

いずれも、当時の絵である。

偽りとされているのは、書かれた文字だけだ。

絵は本物で、署名だけが後から足された。

こういう例は、たいへん多い。

古い絵に、有名な名を書き足す。

それだけで、値が変わる。

絵を新しく作るより、はるかに楽である。

だから、この種の偽りは繰り返された。

館の欄が偽りという語を持っているのは、そのためだ。

記録が、判断を書くとき

館の記録は、たいてい判断を書かない。

位置と文字だけを写す。

しかし、この九点では判断を書いている。

偽って、という一語がそれである。

なぜ書くのか。

書かなければ、読む人が誤解するからだ。

文字だけ写せば、その画家の作に見える。

見えたまま流通すれば、間違いが広がる。

だから、ここでは判断を書く。

書くべきときには書く。

その線引きが、記録の質を決めている。

九点を、並べ終えて

偽りと書かれた文字を九点分見てきた。

分かったことを、短くまとめておく。

書かれる名は、有名な画家の名である。

年が添えられることもある。

本物の署名と同居することもある。

館は、それを消さずに残す。

そして、偽りだと明記する。

作者の欄には、本当と判断した名を入れる。

二つの欄が、食い違ったまま並ぶ。

その食い違いこそが、記録の内容である。

一致していれば、書くことは少ない。

食い違うから、言葉が要る。

疑うための、材料をそろえる

九点の欄は、疑うための材料である。

どこに、どんな文字が、どういう形であるか。

それが分かれば、次の絵と比べられる。

比べれば、傾向が見える。

たとえば、右下と左下に集まること。

たとえば、年を添えるものが少数であること。

たとえば、本物の署名と同居する例があること。

一点だけでは、何も言えない。

九点でも、まだ足りない。

しかし、材料は積み上がっていく。

館が一点ずつ書き残すのは、そのためだ。

いつか誰かが、まとめて数えるときのために。

消さなかったことの意味

最後にもう一度、消さないことを考えたい。

偽りの署名は、絵を傷つける。

値を狂わせ、来歴を混乱させる。

削り取ってしまいたくなる。

それでも館は残している。

残っているから、いま見られる。

見られるから、こうして九点を並べられる。

そして、偽りの手つきの傾向が見えてくる。

どんな名が選ばれるか。

どこに置かれるか。

年を添えるか、添えないか。

それが分かれば、次の一点を見抜きやすくなる。

残すことは、次に備えることでもある。

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