漁の絵に、魚はいない——歌麿・北斎・クールベほか九点

横に長い画面である。
画面は31.4×355.2センチある。
高さの十一倍の長さがある。
紙の色は、薄い褐色である。
墨は淡く、色はほとんど付かない。
画面には、水と岸が続く。
岸には、木と葦がある。
木は細く、枝が横に広がる。
水の上に、小さな舟がある。
舟は二艘ある。
館の記録では、一艘に二人ずつ乗る。
一人が、竹の竿を持つ。
竿で、水鳥の動きを操るという。
これは鵜を使う漁である。
館の記録では、ある川の下流で見られた方法である。
鳥が水に入り、魚を捕る。
人は、鳥を操るだけである。
館の説明では、この漁の場面は別の流派の絵から借りたという。
見る角度と筆づかいは、画家自身の流派のものである。
そして館は、こう書いている。
漁師の絵は、都市の人に好まれた。
自分の力で生きる暮らしが、理想とされたからである。
つまり、これは漁を見る側の絵である。
巻物の長さについても、考えたい。
355センチを、一度に見ることはできない。
両手で、少しずつ開いていく。
開いた幅は、肩幅ほどである。
つまり、見えるのは三十センチ四方だけである。
舟の場面も、その幅の中に現れる。
現れて、また巻き取られる。
漁の場面は、長い水景の一部でしかない。
館の記録では、画家の落款がある。
ある年の秋の日に描いた、と記される。
それが1572年にあたる。
後の時代に書かれた跋文も、二つ付く。
巻物には、後から人の言葉が足されていく。
綴織の中で、網が引かれる
五点目は、大きな織物である。

ほぼ正方形の画面である。
全体は255×266センチある。
人の背丈より大きい。
画面には、二十人以上がいる。
服の色は、赤、青、緑である。
色は今も強く残る。
画面の下のほうに、川がある。
川に、二人の男が入る。
男たちは、脛まで水に浸かる。
二本の棒のあいだに、網が張られる。
その網を、引いている。
これが、この画面で唯一の漁である。
川の上に、橋が架かる。
橋の上に、着飾った二人がいる。
二人は、川のほうを指す。
館の記録では、この二人は貴族である。
そして、別の漁師たちを指しているという。
その漁師は、この一枚には入っていない。
同じ図柄の、より広い織物にはいるらしい。
奥には、煉瓦の壁と門がある。
町へ続く橋を、人が歩く。
さらに奥では、農夫が土を耕す。
丘の木は、芽を出したところである。
館の記録では、これは春の情景である。
春は、求愛の季節ともされた。
館は、橋の上の赤い帽子の男に触れる。
隣の女の気を引こうとしているのかもしれない、と書く。
漁は、その背景として置かれている。
織物の材料も、館は記録している。
羊毛と、絹と、金糸である。
金糸は、光る場所にだけ使われる。
織りの目は、絵具の筆より粗い。
それでも、網の目まで織り分けられる。
細い線を出すには、糸を細くするしかない。
絹が使われるのは、そのためである。
年の欄は、二つに分かれる。
下絵は1535年ごろ、織りはそれより百年以上後である。
同じ図柄が、長く織り続けられた。
図柄は、繰り返し使える型でもある。
春の漁は、その型の一つだった。
舟だけが、浜に残る
六点目は、油彩である。

横長の画面である。
64.8×81.3センチある。
画面の上半分は、空と海である。
空には、灰色の雲が横に流れる。
雲の下に、橙色の帯がある。
日の出か、日の入りの色である。
海は緑がかった灰色である。
波は低く、白い線が並ぶ。
下半分は、砂と石の浜である。
砂は褐色で、筆の跡が粗い。
画面の中央に、舟が一艘ある。
舟は浜に乗り上げる。
舳先は左を向く。
帆柱は一本立つ。
帆は、柱に巻き付けられる。
巻いた帆は、太い束になる。
綱が、何本も垂れる。
舟の左に、黒い岩がある。
右には、布らしいものが置かれる。
人は、一人もいない。
漁の道具も、魚も見えない。
あるのは、止まっている舟だけである。
絵具の置き方を見る。
砂の部分は、平たい道具で伸ばされる。
筆の毛の跡が、ほとんど残らない。
代わりに、絵具の縁が段になる。
海の部分は、横に長く引かれる。
空も、同じ方向に伸ばされる。
横の動きが、画面を通している。
その中で、帆柱だけが縦に立つ。
一本の縦線が、画面を留める。
舟の役目は、その一本にある。
漁の絵というより、浜の絵である。
港に、色の帆が並ぶ
七点目も、油彩である。

横長の板である。
26.5×35センチある。
小さな板である。
画面の上のほうは、淡い緑の空である。
その下に、帆が並ぶ。
帆は十数枚ある。
色は、青、橙、黄、赤である。
形は縦長で、上が尖る。
帆柱は細く、林のように立つ。
帆と帆のあいだに、隙間はほとんどない。
舟は、岸に密に着けられている。
画面の下半分に、人の群れがいる。
人は小さく、黒い塊に見える。
顔は分からない。
白い帽子だけが、点のように光る。
数十人はいる。
砂浜は、薄い桃色である。
筆は速く、絵具が厚い。
輪郭は、どこも定まらない。
人が漁をしているのかどうかは、分からない。
分かるのは、帆の数だけである。
板に描かれているのも、意味がある。
板は水を吸わない。
絵具が乗ったまま、伸びる。
速く描くのに向いた材料である。
この画面の筆は、たしかに速い。
帆の一枚は、二筆か三筆で終わる。
人の一人は、一筆の点である。
それでも、群れの厚みは伝わる。
色の数を減らし、形を減らす。
減らしても、港であることは分かる。
分かるための最小の形が、帆である。