漁の絵に、魚はいない——歌麿・北斎・クールベほか九点
漁を描いた九点を数えると、魚が一匹でも見える絵は一点もなかった。竿は構えられ、網は担がれ、鵜は水に入ったばかりで、どれも結果の手前で止まっている。水の中は、どの一点にも描かれない。漁の絵とは、構えの絵である。

少年が、細い竿を構える
小さなカンヴァスである。

縦長の画面である。
額なしで23.5×19センチある。
手のひらを二つ並べたほどの大きさである。
画面の上半分は、暗い緑である。
木の葉が、重なって影を作る。
葉の隙間から、わずかに明るい空が覗く。
下半分は、水と岸である。
水は暗く、岸の草を映す。
草は黄緑で、細い葉が立つ。
画面の中央より少し左に、少年がいる。
少年は横向きに立つ。
顔はやや下を向く。
頭には、麦藁の帽子がある。
帽子のつばは広く、垂れている。
上着は白い。
袖は肘までまくられる。
ズボンは灰色で、膝の下まである。
足元は、水際の石の上にある。
両手で、細い竿を握る。
竿は右へ、斜めに伸びる。
竿の先は、画面の右端に届く。
そこから糸が下がる。
糸は細く、水の上で切れる。
浮きは見えない。
魚も見えない。
見えるのは、構えている姿だけである。
館の記録では、左下に画家の署名がある。
署名は、絵具の上に細く書かれる。
画面をもう一度見る。
少年の周りには、何もない。
家も、道も、ほかの人もいない。
あるのは、木と草と水だけである。
光は、木の葉の隙間から落ちる。
少年の上着だけが、はっきり明るい。
ほかは、すべて暗い緑と褐色である。
白い上着が、画面の目印になる。
少年の姿勢は、動いていない。
膝は伸び、背は少しだけ丸い。
体重は、両足に等しくかかる。
釣り上げる動きではない。
待っている姿勢である。
漁は、九つの場所に現れる
このコラムでは、漁の絵を九点並べる。
九点は、館も年代も技法も違う。
版画があり、掛幅があり、巻物があり、綴織がある。
油彩があり、ブロンズがあり、素描がある。
共通するのは、館の記録に漁の語があることだけである。
数えるのは、実際に漁をしている人の数である。
岩屋の前に、人が集まる
二点目は、三枚続の版画である。

横に長い画面である。
三枚を並べると、幅は75センチを超える。
各図は37.8×25.2センチある。
画面の下は、岩と水である。
岩は青灰色で、角が丸い。
水は淡い緑で、波の線が細い。
上のほうは、緑の崖である。
崖には、松が生える。
画面には、十数人がいる。
多くは女で、着物を着る。
裾をたくし上げる人がいる。
膝まで水に入る人がいる。
手には、桶や籠がある。
籠は浅く、口が広い。
中に何が入っているかは、見えにくい。
左のほうに、桶を覗き込む二人がいる。
右のほうに、子を連れた人がいる。
館の記録では、ここは島の洞窟の入口である。
洞窟は、長く祈りの場だった。
この絵の頃には、参詣と物見が混ざっていた。
館は、そう説明している。
つまり、これは漁だけの絵ではない。
漁と、遊山が同じ画面にある。
館の記録は、この島の神についても書く。
水と、音楽と、芸事に関わる神だという。
その神を祀る場所が、この洞窟である。
参詣の道すがら、人は水辺に降りる。
降りて、貝や海藻を採る。
籠が浅いのは、そのためだろう。
深い籠は、魚を入れるためのものである。
浅い籠は、拾ったものを載せる。
画面の人たちの手つきは、拾う手つきである。
投げる動きも、引く動きもない。
三枚続の版画は、横に広い。
広さがあれば、多くの人を並べられる。
この一点だけで、十数人が数えられる。
網を担いで、こちらを見る
三点目は、掛幅である。

細長い画面である。
画面は78.5×24.5センチある。
幅は、画面の高さの三分の一もない。
背景は、薄い褐色の紙である。
下のほうに、水と岸が薄く描かれる。
線はごく淡い。
画面の中央に、男が一人立つ。
男は、こちらへ体を向ける。
顔は下を向く。
口元には、髭がある。
上着は薄い青である。
下は白く、脚が見える。
足は裸足である。
肩に、長い棒を担ぐ。
棒は斜め上へ、画面の外まで伸びる。
棒の先に、大きな網がある。
網は三角形に垂れる。
目は細かく、線で描かれる。
網は、男の身長より大きい。
網の重さで、棒がしなる。
館の記録では、題は漁師である。
しかし魚は、一匹も描かれていない。
描かれているのは、道具と、その重さである。
網の形を、もう一度見る。
上が広く、下が尖る。
袋のような形である。
これは、水に沈めて掬う網だろう。
投げる網ではない。
棒の長さは、男の背丈の二倍近くある。
担ぐには、重心を肩に載せるしかない。
男の首は、そのために傾く。
体の線は、棒の傾きと逆になる。
二つの斜めが、画面で釣り合う。
細長い画面は、この釣り合いに向く。
幅が狭ければ、斜めの線が目立つ。
掛幅の形が、そのまま構図になっている。
巻物の中で、鵜が水に入る
四点目は、長い巻物である。