四百年、同じ構図が続く——ルノワール・セザンヌ・ルドンほか九点の花瓶画
布と壁

九点のなかで、いちばん大きい。
一〇一掛ける八一・九センチ。
そして、いちばん新しい部類である。
構図が変わっている。
花瓶は中央にあるが、上のほうへ寄る。
画面の下半分は、布である。
模様のある布が、台に広げられている。
赤と緑と青の模様である。
そして、背後には縦の帯がある。
左が緑、右が黄土色。
館の記録は、これが何かを書いていない。
壁の色の違いか、掛けた布か。
いずれにせよ、縦の帯が背景を分けている。
つまり、この一点では背景が構図の一部である。
暗く沈めていない。
花瓶は青と白で、把手が両側につく。
胴に丸い装飾がある。
花は白と黄と青。
数は多くない。
前の四点にくらべると、はるかに少ない。
そして、輪郭がはっきりしない。
筆の跡が、そのまま形になっている。
第十三回で、この描き方について書いた。
面を積み重ねて、形を作る。
花も布も壁も、同じ筆の運びで描かれる。
だから、主役と背景の差が小さくなる。
赤い背景

九点のなかで、いちばん新しい。
六四・八掛ける四九・八センチ。
背景が赤茶色である。
暗くない。
一様な色で、塗り残しのように見える部分もある。
そして、台の線がない。
花瓶が、色の面のなかに浮かぶ。
花瓶は白に近い灰色で、胴が丸い。
口がすぼまり、また少し開く。
館の記録の題は、中国の花瓶と言っている。
つまり、器の産地が題に入っている。
九点のうち、器の出自を題にしたのはこの一点だけである。
花は、黄、橙、赤、白、青。
茎が長く、上と左右へ伸びる。
一本一本が離れている。
前の五点のように、球にならない。
そして、花の輪郭がぼやける。
背景の赤に、花の色が溶ける部分がある。
第十三回で、輪郭の消し方について書いた。
主題と背景の色を近づけると、境が消える。
この一点では、それを意図している。
つまり、四百年のあいだに、背景が変わった。
暗い茶から、明るい赤へ。
そして、台があるものから、ないものへ。
構図の骨は変わらないのに、地の扱いが動いている。
谷の名が、花束だった

ここで、花のない一点が入る。
風景画である。
五八・四掛ける九四センチ。
横長で、額に入ったまま撮影されている。
金色の額が、写真の四辺に写る。
画面には、山と谷がある。
手前に草地と低い木。
中ほどに、暗い林。
奥に、青灰色の山が重なる。
空は雲が多い。
白い雲が、画面の上半分を占める。
花はどこにもない。
では、なぜこの一点がここに混じったのか。
題である。
館の記録の題に、花束を意味する語が入っている。
だが、それは谷の名である。
アディロンダック山地にある谷の固有名詞である。
つまり、語だけが一致して、絵が一致しない。
第十七回で、記録の語で絞る危うさについて書いた。
前の回でも、題の語について書いた。
固有名詞は、その最も分かりやすい例である。
地名や人名に、普通の語が使われる。
そして、絞り込みはその語を拾ってしまう。
この一点は、そのまま残しておく。
外れの例として、並べておく価値がある。
食卓の上の花束

もう一点、静物ではないものが入る。
だが、こちらは花束が実際に描かれている。
室内の情景である。
六二・五掛ける七四・九センチ。
天井の高い部屋である。
奥に窓があり、白いカーテンが下がる。
天井から吊り灯が下がる。
右の壁には、額入りの絵が並ぶ。
八点か九点、上下二段に掛かっている。
その下に、大きな戸棚がある。
左の壁にも絵がある。
そして、壁の上のほうに鹿の角がある。
部屋の中央に、朝食の卓がある。
白い布が掛かる。
そこに、家族がいる。
大人が二人、子どもが三人。
左の男の子が、腕を高く上げている。
手に花束を持っている。
その花束へ、女の子が手を伸ばす。
これが題の争いである。
つまり、この一点の花束は、器に入っていない。
手のなかにある。
そして、奪い合いの対象になっている。
第十八回で、持ち物が場面を作ると書いた。
この一点では、花束が動きを作っている。
高く上げる手と、伸ばす手。
その二つが、画面の中心を作る。
館の記録は、家族の名まで題に入れている。
依頼されて描かれた一点だろう。
第十六回で、注文された室内画について書いた。
家と家族と持ち物を、まとめて記録に残す。
右の壁に並ぶ絵も、その記録の一部である。
縦か、横か
九点の形を確かめたい。
静物の七点は、すべて縦長である。
楕円の一点も、縦に長い楕円である。
そして、花のない二点は横長である。
風景画が五八・四掛ける九四センチ。
室内画が六二・五掛ける七四・九センチ。
つまり、主題が画面の形を決めている。
花束は縦に立つ。
器があり、茎が上へ伸びる。
だから、縦長の画面が要る。
風景と室内は、横へ広がる。
山が並び、部屋が続く。
だから、横長になる。
第五回で、画面の形と主題の関係について書いた。
これは選択というより、必然に近い。
そして、縦横の比も見ておきたい。
静物の七点は、およそ四対三から五対四のあいだにある。
極端に細長いものはない。
花束の輪郭が、その比に収まるからである。