美術史・技法

四百年後に、番号がつく——アルテミジア・ジェンティレスキほか

2025年に受け入れられた絵の制作年が、1625年ごろとされる。九点はいずれも四百年以上の隔たりを持つ。古い絵の受入は、いまも続いている。番号の四桁と制作年の欄を引き算すると、何が見えるかを読みたい。

カルヴァリオ
ミュンスターの聖ニコラウスの死の画家《カルヴァリオ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

描かれてから、番号がつくまで

2025.88.1。

これは、2025年に受け入れられた作品の番号である。

その作品の制作年は、1625年ごろとされる。

四百年の隔たりがある。

館の記録には、その隔たりについて何も書かれない。

制作年の欄と、番号の四桁が、別々に並ぶだけだ。

しかし二つを引き算すれば、数字が出る。

九点について、その引き算をしてみたい。

いずれも、番号の頭が1997年から2025年である。

そして制作年は、1470年代から1625年ごろまでだ。

隔たりは、四百年から五百三十年になる。

古い絵が、新しく入る

美術館の収蔵品は、古いものほど早く入ったように思える。

十五世紀の板絵は、開館当初からあったのだろうと。

九点は、その思い込みを崩す。

いちばん古い一点は、1470年から1480年ごろの板絵である。

その受入は2001年。

館が開いてから六十年後だ。

いちばん新しい受入は2025年。

作品の制作年は1625年ごろとされる。

つまり、五百年前の絵が、いま館に届いている。

古い絵の受入は、いまも続いている。

カルヴァリオ
ミュンスターの聖ニコラウスの死の画家《カルヴァリオ》1470年から1480年ごろ。板に油彩。館の記録では、縦129.5センチ、横199.5センチとされる。出所の行は「後援者恒久基金」。番号は2001.70.1。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ミュンスターの聖ニコラウスの死の画家《カルヴァリオ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

横長の大きな板である。

金地の前に、人物が密集する。

中央に、三本の十字架が立つ。

その下に、二十人以上が集まる。

左には、青い衣の聖母が倒れかかる。

周りの女性たちが、それを支える。

右には、甲冑の騎兵が並ぶ。

白い馬が中央に立ち、鞍と手綱が細かく描かれる。

赤い旗が上へ伸びる。

人物の衣は、赤、青、緑、金が入り混じる。

顔は一人ずつ描き分けられる。

背景の金地は、平らで奥行きがない。

作者の欄には、人の名がない。

代表作の主題を取った呼び名が使われている。

名のない画家に、呼び名を与える

この一点の作者の欄は、これまでとも違う形をしている。

地名と世紀でもなく、誰それの工房でもない。

ある作品の主題を取った呼び名である。

同じ手による作品を集め、その群に名を与える。

こうすれば、名のない画家を一人の作り手として扱える。

作者不詳と書くよりも、はるかに扱いやすい。

同じ呼び名の作品を検索できるからだ。

地名と世紀の書き方と目的は同じである。

呼ぶための名を、記録の側で用意する。

九点のうち二点が、この形の呼び名を持つ。

奇跡の漁り
ヤコポ・バッサーノ《奇跡の漁り》1545年。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦143.5センチ、横243.68センチとされる。出所の行は「後援者恒久基金」。番号は1997.21.1。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ヤコポ・バッサーノ《奇跡の漁り》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

九点でいちばん横幅の広い画面である。

横は二メートル四十三センチある。

中央に、細長い舟が二艘浮かぶ。

舟の中で、人々が網を引く。

網は水から上がり、魚が跳ねる。

左の舟には、青と朱の衣の人物が座る。

その前に、赤い衣の人物が跪く。

右の舟では、裸に近い姿の人が身をかがめる。

水は緑がかった青で、波が細かい。

奥には湖が広がり、丘と城が見える。

左には、白い建物の並ぶ町がある。

空には雲が広がり、右上が明るい。

人物の体は大きく、舟から溢れそうに描かれる。

出所の行が、購入に寄る

九点の出所の行を数えると、購入が多い。

後援者恒久基金が三点。

基金と寄付を組み合わせた行が二点。

匿名の寄付による購入が一点。

そのほかの基金が一点。

遺贈が一点、家族からの寄贈が一点。

つまり九点のうち七点までが、館が買ったものである。

これは、これまでの記事の九点とは対照的だ。

十八世紀のアメリカの肖像は、ほとんどが寄贈だった。

家に伝わった絵が、家の名で届く。

一方、五百年前のヨーロッパの絵は、そうはいかない。

家に伝わることは、まずない。

市場に出たときに買うしかない。

だから出所の行が、購入に寄る。

作品の古さと、行の型に関係がある。

額の寸法が、画面の二倍以上

九点のうち一点は、寸法の欄が奇妙である。

画面は縦59.4センチ、横85.6センチ。

ところが額装時は、縦83.5センチ、横205.3センチとある。

横が、画面の二倍以上ある。

これは、複数の板が一つの額に収められていることを示す。

もとは長い装飾の一部だったのだろう。

家具や壁の一部として作られた画面である。

いまは、その一部だけが館にある。

しかし額は、もとの並びを保っている。

寸法の欄の二つの数字が、その事情を伝えている。

数字を並べなければ、気づかない。

シチリアでウェヌスの神殿を建てるトロイア人たち
ドッソ・ドッシ《シチリアでウェヌスの神殿を建てるトロイア人たち》1520年ごろ。カンヴァスに油彩。館の記録では、画面が縦59.4センチ、横85.6センチ、額装時が横205.3センチとされる。番号は2021.6.1。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ドッソ・ドッシ《シチリアでウェヌスの神殿を建てるトロイア人たち》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

横長の画面に、丘と平地が広がる。

左手前は褐色の斜面である。

そこから右へ、緑の草地が続く。

草地には、人々が集まる。

赤や青の衣が、点のように散る。

中央には、白い建物が並ぶ。

柱と屋根が、丘の上に立つ。

その左には、崩れた城壁が見える。

さらに奥は、青い山と空である。

右には木立が茂り、葉が細かく描かれる。

空は淡い青で、雲がほとんどない。

人物は小さく、風景が主になる。

物語の場面でありながら、風景画に近い作りである。

弟子の足を洗うキリスト
ガロファロ《弟子の足を洗うキリスト》1520年から1525年ごろ。板に油彩。館の記録では、縦35.9センチ、横52.1センチとされる。出所の行は「後援者恒久基金」。番号は2001.29.1。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ガロファロ《弟子の足を洗うキリスト》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

横長の小さな板である。

石造の建物の中が描かれる。

床は白く、平らである。

中央より左に、緑と朱の衣の人物が跪く。

その前に、金色の盥が置かれる。

盥の上に、裸足の足が差し出される。

足を出す人物は、白と赤の衣をまとう。

その周りに、十人以上が座る。

いずれも裸足で、足もとが見える。

衣は赤、青、橙、緑が入り混じる。

背後には、太い柱と階段がある。

人物は密集し、隙間がない。

小さな板に、十数人が収められている。

二十一世紀に入った、女性画家の三点

九点のうち三点は、女性の画家の作品である。

1590年ごろ、1610年ごろ、1625年ごろ。

いずれも十六世紀末から十七世紀初めに描かれた。

そして受入は、2018年、2022年、2025年。

いずれも、ごく最近である。

四百年以上のあいだ、館にはなかった作品だ。

近年、こうした作品の受入が増えている。

館の収蔵品の構成は、時間とともに変わる。

その変化は、番号の頭の四桁に現れる。

制作年ではなく、受入年に現れるのである。

ルチア・ボナゾーニ・ガルツォーニ
ラヴィニア・フォンターナ《ルチア・ボナゾーニ・ガルツォーニ》1590年ごろ。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦113.5センチ、横87.5センチとされる。番号は2022.38.1。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ラヴィニア・フォンターナ《ルチア・ボナゾーニ・ガルツォーニ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

女性が、椅子に腰かける。

体は正面を向き、顔もこちらを向く。

首には、白い襞襟が回る。

衣は黒く、光沢がある。

胸から裾へ、金の刺繍の帯が縦に走る。

袖にも、白と金の飾りが並ぶ。

右手には、白い布を持つ。

左手には、小さな器のようなものを持つ。

椅子には赤い布が掛かる。

背後には、緑の幕が垂れる。

右奥には、机と器物が見える。

上部の右には、文字が書かれている。

黒い衣と金の刺繍の対比が、画面を作る。

匿名という書き方が、二度出る

九点のうち二点の行に、匿名という語が入る。

一つは、匿名の贈り物として購入、という形だ。

もう一つは、匿名からの資金の寄贈、という形である。

いずれも、贈った人の名を書かない。

書かないことを、明示して書く。

別の記事でも、匿名の寄贈者という行を見た。

空欄にすれば、書き忘れと区別がつかない。

匿名だと明記すれば、意図的な空白だと分かる。

九点では、その形が二度使われている。

近年の受入に匿名が多いのかどうかは、これだけでは分からない。

言えるのは、九点のうち二点がそうだ、ということまでである。

銅板に描く

九点のうち一点は、支持体が金属である。

銅に油彩、と記録される。

大きさは縦16.6センチ、横13.5センチ。

手のひらに収まる。

銅板は、木や布より表面が滑らかである。

細かい描写に向く。

そのかわり重く、大きくは作れない。

小さく、精密な画面のための材料である。

九点の中で、この一点だけが金属を使う。

技法の欄の一語で、そのことが分かる。

虫と蝸牛に囲まれた花の静物
クララ・ペーテルス《虫と蝸牛に囲まれた花の静物》1610年ごろ。銅に油彩。館の記録では、縦16.6センチ、横13.5センチとされる。出所の行は「リー・アンド・ジュリエット・フォルジャー基金」。番号は2018.144.1。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。クララ・ペーテルス《虫と蝸牛に囲まれた花の静物》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

九点でいちばん小さい画面である。

淡い地の中央に、楕円の暗い面がある。

その中に、花を挿した器が描かれる。

器はガラスか金属で、透けて見える。

花は赤、青、黄、白が混ざる。

上に赤い大きな花が一輪。

その下に、青と黄の小花が並ぶ。

葉は濃い緑で、外へ広がる。

楕円の外の淡い地には、虫が描かれる。

上に蜂が二匹、蜻蛉が二匹。

左には毛虫が這う。

下には蝸牛と、赤い甲虫がいる。

楕円の内と外で、描かれるものが分かれている。

法悦のマグダラのマリア
アルテミジア・ジェンティレスキ《法悦のマグダラのマリア》1625年ごろ。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦81センチ、横105センチとされる。番号は2025.88.1。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アルテミジア・ジェンティレスキ《法悦のマグダラのマリア》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

横長の画面に、女性が一人横たわる。

顔は上を向き、目は閉じられる。

口はわずかに開く。

髪は赤みを帯びた褐色で、肩に落ちる。

白い薄物の上衣が、胸もとで開く。

袖はゆるく、腕の形が見える。

その上に、暗い紫の布が掛かる。

布は膝から下へ、大きな襞を作る。

両手は腹の前で組まれる。

背景は暗く、何も描かれない。

光は左上から差し、顔と胸に当たる。

九点でいちばん受入が新しい作品である。

合奏
カリアーニ《合奏》1518年から1520年ごろ。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦92センチ、横130センチとされる。出所の行は「ロア・ハイネマンの遺贈、夫ルドルフ・J・ハイネマン博士を記念して」。番号は1997.57.2。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジョヴァンニ・カリアーニ《合奏》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

横長の画面に、三人が並ぶ。

中央の人物が、大きなリュートを抱える。

弦は多く、糸巻きが長く伸びる。

その頭には、赤と白の布が巻かれる。

毛皮の縁のある衣を着る。

左の人物は、黒い衣で、こちらを見る。

赤い布を膝の上に置く。

右の人物は、若く、赤と褐色の衣をまとう。

三人とも、正面をやや外して並ぶ。

背後は暗い緑で、上部がわずかに明るい。

手前の台の上に、白い紙が置かれる。

その隣に、小さな器が見える。

楽器の木目が、細かく描かれる。

遺贈と、記念の句

いま見た一点の出所の行には、二つの要素がある。

遺贈という語と、記念の句である。

遺贈は、死後に譲られたことを示す。

記念の句は、配偶者の名を残すためのものだ。

つまり、亡くなった人の意思で、別の亡くなった人の名が残る。

行の中に、二人の名が並ぶ。

別の記事でも、同じ形を何度か見た。

記念の句は、贈与の一部として扱われる。

省略すれば、贈った側の意思が消える。

だから省略しない。

六十八歳の女性の肖像
マールテン・ド・フォス《六十八歳の女性の肖像》1569年。板に油彩。館の記録では、縦37.1センチ、横31.5センチとされる。出所の行は「イーディス・K・ブラロヴの家族の寄贈」。番号は2015.156.1。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。マールテン・ド・フォス《六十八歳の女性の肖像》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

小さな板に、年配の女性が描かれる。

顔は正面をやや外し、目はこちらを見る。

頭には、白い布を被る。

布は顎の下を通り、首を包む。

首もとには、細い襞飾りが回る。

衣は黒く、光沢がない。

顔には深い皺が刻まれる。

目の下、口の周り、額。

肌の質感が、細かく描かれる。

背景は褐色で、平らである。

左上には、年齢を示す文字がある。

右上には、年を示す文字がある。

題にも、その年齢が入っている。

支持体が、三通りに分かれる

九点の技法の欄を見ると、支持体が三つある。

板が三点、カンヴァスが五点、銅が一点。

板の三点は、十五世紀と十六世紀の作品だ。

カンヴァスの五点は、十六世紀から十七世紀に散らばる。

銅の一点は、十七世紀の初めである。

板からカンヴァスへ、そして一部は金属へ。

支持体の選び方は、時代とともに広がっていく。

もっとも、板がなくなるわけではない。

十六世紀後半の肖像にも、板が使われている。

用途と大きさによって、選ばれ方が変わる。

小さく精密な画面には、板か銅が向く。

大きな画面には、カンヴァスが向く。

九点の内訳は、その使い分けを示している。

受入の番号が、大きくなる

九点の番号を見ると、二つ目の数字が大きい。

2001.70、2021.6、2001.29、1997.57、1997.21。

2015.156、2022.38、2018.144、2025.88。

百を超えるものが二つある。

これは、その年に百件以上の受入があったことを示す。

受入の件数は、年によって違う。

初期の年では、二桁で収まることが多かった。

近年は、三桁に届く年がある。

館が大きくなり、扱う件数も増えたのだろう。

もっとも、一件あたりの点数は分からない。

版画や写真では、一件に何百点も含まれることがある。

件数と点数は、別の数である。

番号の二つ目の数字は、件数の側を示している。

枝番は、すべて1

九点の枝番を見ると、いずれも1である。

つまり、一件に一点しか含まれていない。

基金の行でも見たとおり、購入は一点ずつになりやすい。

九点のうち七点が購入だから、当然の結果でもある。

残る二点の寄贈も、一点ずつだった。

古い絵の受入は、まとまった数にならない。

一点を見つけ、一点を買う。

その繰り返しである。

大きな収集がまとめて入った時代とは、事情が違う。

番号の形が、時代の違いを示している。

大きさが、四十倍ひらく

九点の面積を比べると、差が大きい。

いちばん小さいのは、銅板の一点である。

縦16.6センチ、横13.5センチ。約0.022平方メートル。

いちばん大きいのは、漁りの場面だ。

縦143.5センチ、横243.68センチ。約3.5平方メートル。

面積では、百五十倍以上になる。

小さいほうは、手に取って近くで見る品である。

大きいほうは、広間の壁を占める作品だ。

同じ受入の型で、同じ形式で記録される。

記録の欄は、大きさで扱いを変えない。

寸法の数字が違うだけで、書き方は同じである。

だから並べて比べることができる。

比べられるように作られているのが、記録の利点だ。

年の欄の書き方は、いつもどおり

九点の年の欄を見ると、これまでと同じ書き方が並ぶ。

ごろ付きが五点、幅を持つものが二点。

一つの数字で書かれるものが二点。

一つの数字で書かれる二点は、いずれも画面に年がある。

一点は肖像で、上部に年が記される。

もう一点も、同じく年が読める。

最初の受入の記事で見たとおり、絵の側に年があれば欄は短くなる。

四百年前の作品でも、この原則は変わらない。

年の欄の長さは、時代ではなく、手がかりの量で決まる。

近年の受入だからといって、年が精密に分かるわけではない。

買ったときに調べが進むこともあるが、限界はある。

九点の年の欄は、その限界の位置を示している。

引き算をしてみる

九点について、受入年から制作年を引いてみる。

531年。501年。481年。479年。452年。446年。432年。408年。400年。

いちばん長いのは五百三十一年である。

いちばん短くても、四百年ある。

九点とも、四百年以上の隔たりを持つ。

これは、こちらが選んだ結果である。

隔たりの大きい作品を、意図的に集めた。

だから九点の数字がそろっているのは当然だ。

意味があるのは、そういう作品が存在することのほうである。

館の公開データを探せば、こういう例が多く見つかる。

古い絵が、いまも市場に現れ、館へ入っている。

番号は、絵の年齢を語らない

番号の頭の四桁は、館との関係の始まりを示す。

絵が作られてからの時間は示さない。

だから2025.88.1という番号を見ても、五百年前の絵だとは分からない。

分かるのは、制作年の欄を見たときだけである。

二つの欄は、まったく別のことを記録している。

その別々の数字を引き算すると、隔たりが出る。

隔たりは、記録の中に直接は書かれていない。

書かれていないが、計算すれば出てくる。

こういう情報を、記録は数多く隠し持っている。

隠しているわけではなく、書く必要がないだけだ。

必要なら、読む側が計算すればよい。

そのために、二つの数字が別々の欄に置かれている。

欄を分けることは、計算できるようにすることでもある。

九点の四百年は、その計算から出てきた数字である。

そして、この数字はこれからも伸びていく。

館が古い絵を買い続けるかぎり、隔たりは大きくなる。

五百年、六百年と、数字だけが増えていく。

絵のほうは、何も変わらない。

変わるのは、番号の頭の四桁だけである。

その四桁は、絵の年齢ではなく、館の年齢を刻んでいる。

二つの年齢を混ぜないことが、記録を読む第一歩になる。

混ぜなければ、引き算ができる。

引き算ができれば、隔たりが見えてくる。

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