名画の楽しみ方

板に描かれ、布に移された——マンテーニャ、ルーベンスほか九点

絵具の層を板から剥がし、新しい支持体に貼り直す。九点の技法の欄が、その処置を申告している。板から布へ、さらに布から硬質繊維板へ、二度移された一点もある。いま見ている表面の下にあるものを読みたい。大きい絵は布へ、小さい絵は硬い板へ。数字を並べると傾向が見える。

エジプトのヨセフ
グリゼルダ物語の画家《エジプトのヨセフ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

「板に描かれ、布に移された」

ナショナル・ギャラリー、ワシントンの技法の欄に、こういう書き方がある。

「板に油彩、布に移された」。

短い一行だが、内容は重い。

もとは板に描かれていた。

その絵具の層を、板から剥がして布に貼り直している。

支持体を、まるごと取り替えている。

前の回まで、切ったり、外したり、仕立て直したりする例を見てきた。

今回は、絵の下にあるものが入れ替わる例である。

そして、この処置を受けた絵は、記録の技法の欄でそのことを申告している。

エジプトのヨセフ
グリゼルダ物語の画家《エジプトのヨセフ》1490年から1495年ごろ。館の記録では、板に描かれた油彩を布に移したものとする。全体は縦88.5センチ、横52.5センチ。描かれた範囲の幅は49センチ。額を含めると縦124.1センチ、横87センチ。番号は1952.5.2。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。グリゼルダ物語の画家《エジプトのヨセフ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

縦長の画面である。

赤い衣の若い男性が、正面を向いて立っている。

腰に、青い布を巻いている。

右手に、細長い杖のようなものを持っている。

左手を腰に当てている。

足元は、緑の草地。

背後に、遠い風景がある。

丘と、小さな建物と、城壁。

そして、寸法の欄に変わった数字がある。

全体の横が五二・五センチ。

描かれた範囲の幅が四九センチ。

三・五センチの差がある。

つまり、支持体の縁に、絵の描かれていない部分がある。

剥がして、貼り直す

なぜ、こんな処置をするのか。

板は、動くからである。

木は、湿度によって伸び縮みする。

長い年月のうちに、反り、割れ、継ぎ目が開く。

その上に乗っている絵具の層も、一緒に割れる。

割れを止める方法は、いくつかある。

裏に桟を渡す。板を薄く削る。

そして最後の手段が、板を全部取り去ることである。

絵具の層だけを残し、新しい支持体に貼る。

十八世紀から二十世紀の半ばにかけて、この処置は広く行われた。

いまは、あまり行われない。

危険が大きいからである。

美の三女神に装われるウェヌス
アンニーバレ・カラッチ《美の三女神に装われるウェヌス》1590年から1595年。館の記録では、板に描かれた油彩を布に移したものとする。全体は縦133センチ、横170.5センチ。額を含めると縦162.6センチ、横200センチ。番号は1961.9.9。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アンニーバレ・カラッチ《美の三女神に装われるウェヌス》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

大きな一点である。

横一メートル七十センチ。

九点のなかで、二番目に大きい。

画面には、室内の場面がある。

中央に、横たわる裸の女性。

その髪に、別の女性が手を伸ばしている。

まわりに、女性が数人と、小さな子どもたち。

左に、白い柱と、階段。

右に、暗い戸口と、そこに立つ人物。

奥に、明るい光が差している。

これだけの大きさの板を、布に移す。

作業の規模を考えると、相当な仕事である。

移し先が、二通りある

九点の技法の欄を並べると、移し先が二種類あることが分かる。

布と、硬質繊維板である。

布に移されたものが四点。

硬質繊維板に移されたものが五点。

硬質繊維板は、木の繊維を圧縮して作った板である。

十九世紀の終わりから使われるようになった。

木のように反らず、割れにくい。

だから、移し先として選ばれた。

聖家族
ジョルジョーネ《聖家族》おそらく1500年ごろ。館の記録では、板に描かれた油彩を硬質繊維板に移したものとする。全体は縦37.3センチ、横45.6センチ。額を含めると縦55.9センチ、横64.8センチ。番号は1952.2.8。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジョルジョーネ《聖家族》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

小さな画面である。

縦三七・三センチ、横四五・六センチ。

石造りの建物のなかである。

右に、青と赤の衣の女性が座っている。

膝の上に、白い布に包まれた赤ん坊。

左に、緑の衣の老人が立ち、身をかがめている。

背後に、開いた戸口。

その向こうに、岩山と、遠い城。

床は、灰色の石。

左に、木の柵らしいものがある。

板から硬質繊維板へ。

木から木へ、と言うこともできる。

しかし、性質はまったく違う。

一方は自然の木目を持ち、他方は均質である。

二度、移されている

男の肖像
アンドレア・マンテーニャ《男の肖像》1470年ごろ。館の記録では、テンペラを、板から布へ、さらに布から硬質繊維板へ移したものとする。全体は縦24.2センチ、横19.1センチ。額を含めると縦37.6センチ、横32.5センチ。番号は1952.2.5。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アンドレア・マンテーニャ《男の肖像》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

九点でいちばん複雑な技法の欄である。

「硬質繊維板にテンペラ、布から移され、その布は板から移された」。

つまり、二度移されている。

板から布へ。

そのあと、布から硬質繊維板へ。

一度目の処置がいつ行われたかは、書かれていない。

二度目も同じである。

分かるのは、いま硬質繊維板の上にあるということだけである。

もとの板は、もう無い。

一度目の布も、もう無い。

絵具の層だけが、二度の引っ越しを経て残っている。

画面は小さい。

縦二四・二センチ、横一九・一センチ。

黒い帽子をかぶった男性が、真横を向いている。

赤茶の衣。

肌の色は明るく、輪郭がくっきりしている。

背景は、深い青である。

真横からの肖像は、前の回にも見た。

十五世紀のイタリアで、多く作られた形である。

大きな一点も、移される