髪は、頭の輪郭を作り替える——レイバーン・デューラー・ロートレックほか九点
髪を梳く手

館の記録では、これは連作の一枚である。
連作の題は「彼女たち」という。
同じ題の別の一枚が、この回の在庫にも残っていた。
一枚ずつ売られることもあれば、まとめて残ることもある。
こちらは、まったく違う描き方である。
褐色の紙に、輪郭線だけが引かれている。
女性が前かがみになり、両手を頭の後ろへ回す。
髪を持ち上げ、まとめようとしているところである。
背中と肩は、線だけで示される。
塗られた面は、髪と、下に敷かれた布くらいだ。
顔は、ほとんど見えない。
うつむいているからである。
つまり、この絵の主役は顔ではない。
髪と、それを扱う手である。
館の記録には、寸法が入っていない。
これも欄が空いている一点である。
先ほどのビアズリーと比べたい。
あちらは、髪を結わせる人を、飾りの中心に置いた。
こちらは、髪を自分で扱う人を、線だけで写した。
同じ行為でも、扱い方でまったく別の絵になる。
髪を切るための道具
九点のうち一点は、人の絵ではない。

高さ8.7センチ、径30.6センチ。
径が高さの三倍以上ある。
つまり、かなり浅い。
深い器では、首を当てたときに顎がつかえる。
浅くて広い形は、用途から決まっている。
円い浅い鉢である。
白い地に、青一色で絵が描かれている。
中央には、樹と、その下に立つ人物たちがいる。
縁のまわりにも、細かい文様が巡る。
そして、縁の一か所が、半円に切り取られている。
この切り欠きに、首を当てる。
髪を切るとき、あるいは髭を剃るとき、下に構える器である。
落ちた髪や湯を受けるために使う。
つまり、これは道具である。
館の記録は、図案を作った人の名を作者の欄に入れている。
その人はヨーロッパの図案家で、器は日本で焼かれた。
図案が海を渡り、焼き物になって戻る。
第十五回で、下絵と実物が別の人の手になる例を扱った。
ここでも、描いた人と作った人が違う。
そして、器そのものは髪を写していない。
髪を扱う場面で使われる、という関係で入っている。
記録の語で拾うと、こういう品が混じる。
髪を切るという行為

レキュトスは、油を入れる器である。
香りをつけた油を注ぎ、少しずつ出して使う。
口が細いのは、そのためである。
そして、この形の器は墓に供えられることが多かった。
館の記録は、この一点の出土地には触れていない。
細長い壺である。
高さ43.5センチ。
上に細い首があり、口が広がる。
黒く塗られた地に、赤い人物が一人描かれている。
兜をかぶり、槍を持つ。
大きな丸い盾が、体の脇に見える。
そして、片手を頭のあたりへ上げている。
髪に触れている姿である。
館の記録によれば、髪を切っているか、梳いているかのどちらかだという。
そして館は、出征の前に髪を切って残す習慣に触れている。
その習慣に結びつけて読む可能性を、館は示している。
これは館の見立てである。
こちらで確かめられるのは、手が頭に上がっている、ということまでだ。
赤像式というのは、作り方の名前である。
器の表面を黒く塗り、人物の部分を塗り残す。
焼くと、塗った部分が黒くなり、残した部分が土の赤で出る。
細かい線は、黒の中に筆で描き足す。
第十九回で、白は刷らずに残すと書いた。
ここでは、赤は塗らずに残されている。
原理としては、よく似ている。
髪の手入れには、道具と人が要る
九点のうち三点で、髪の手入れが行われている。
結わせる場面、梳く場面、そして切る場面である。
そこに、共通することがある。
どれも、腕を上げるという姿勢を取ることだ。
髪は頭にあるから、手を高く上げなければ届かない。
ビアズリーの絵では、侍女が背後から腕を伸ばす。
ロートレックの一点では、本人が両腕を頭の後ろへ回す。
ギリシアの戦士も、片腕を頭まで上げている。
この姿勢は、体の線を大きく変える。
腕を上げると、肩が上がり、脇が開く。
背中が伸び、腰の位置が変わる。
つまり、髪を扱う場面は、体の形を描く機会でもある。
ロートレックの一点は、そこを狙っているように見える。
顔はほとんど見えない。
見えるのは、腕を上げた背中の線である。
髪を主題にしながら、描いているのは姿勢である。
そしてもう一つ、道具が要る。
櫛、鏡、鋏、そして受ける器。
九点のうち、道具がはっきり写るのは二点だった。
ビアズリーの鏡台と、理髪の鉢である。
鋏や櫛は、どの画面にも見あたらない。
手だけが写り、道具は省かれている。
省いても、行為は伝わる。
腕が頭に上がっていれば、髪に触れていると分かるからだ。