髪は、頭の輪郭を作り替える——レイバーン・デューラー・ロートレックほか九点

館の記録には、制作年がない。
年不明と書かれている。
九点のうち、年が分からないのはこの一点だけである。
赤いシャツを着た男の顔である。
背景は、黄土色と暗い茶色に分かれる。
髪は明るい金褐色で、額の上で分けられている。
長い口髭が、左右に伸びる。
目はこちらを向く。
顔の肌は、白と赤とで塗り分けられている。
筆の跡が残り、面が平らでない。
この一点も、題が髪の色になっている。
冒頭の一点は「白髪の男性」だった。
こちらは「金髪の男」である。
どちらも、名前が分からない。
名前が分からないとき、記録は目立つ特徴で呼ぶ。
そして、九点のうち二点で、その特徴が髪だった。
顔立ちでも、服装でも、職業でもない。
髪の色が、その人を指す言葉として選ばれている。
髪の上に、何かが降りてくる

九点でいちばん長い題である。
画面の下に、女性の頭が一つある。
顔は正面を向き、目は開いている。
髪は、頭の上でまとめられている。
その上に、黒い塊が広がる。
翼を開いた大きな鳥である。
羽の一枚ずつは描かれていない。
黒い線を重ねて作られた面である。
鳥と髪の境目が、はっきりしない。
黒がつながっているからだ。
館の記録によれば、これは小説から取られた図の一つである。
砂漠の隠者が受ける試練を書いた本だという。
そして館は、作者が木炭の黒さを版画で出そうとしたと書く。
これは館の見解である。
こちらで言えるのは、黒が面として置かれている、ということだ。
題では、鳥が髪の頂に身を投げるとある。
画面でも、鳥は髪の真上にいる。
髪が、何かを受け止める場所として使われている。
髪は、何本描かれているか
九点の髪の描き方を、近くで見比べた。
一本ずつ線を引いているものが三点ある。
デューラーの版画、ギリシアの壺、ビアズリーの素描である。
いずれも、線で描く技法を使っている。
彫るか、筆で引くか、ペンで引くか。
線しか使えない技法では、髪も線になる。
束として塗っているものが四点。
レイバーン、バーニー、ルドン、ロートレックである。
こちらは、面で作れる技法だ。
油彩、リトグラフ、多色刷り。
筆や版で、広い面を一度に置ける。
そして、面で作ると髪はやわらかく見える。
線で作ると、硬く、整って見える。
レイバーンの白髪は、筆の跡がそのまま髪の乱れになっている。
デューラーの長い髪は、一本ずつ整えられている。
同じ「髪」でも、技法によって性質が変わる。
残りの二点は、髪が主役ではない。
役者絵では、髪は黒い面として塗られる。
理髪の鉢には、そもそも髪がない。
頭の上に、何が載っているか
髪の上に何かを載せる例も数えた。
九点のうち五点で、頭に何かがある。
デューラーの聖母には、細い帯がある。
そして、その上に放射状の光がある。
役者絵の二人のうち、一人は平たい笠を手に持つ。
かぶってはいない。
ビアズリーの絵では、髪そのものが高く盛られる。
その上に、飾りが刺してある。
ルドンの一点では、髪の上に鳥がいる。
そしてギリシアの戦士は、兜をかぶる。
つまり、頭の上は何かを置く場所である。
光でも、笠でも、鳥でも、兜でもよい。
そこに置かれたものが、その人の立場を示す。
第十九回で、かぶった帽子と手に持った帽子を分けた。
帽子の話で書いたとおり、
かぶるか持つかで、意味が変わる。
髪の場合も同じである。
髪に載せるものは、髪の形を変えてしまう。
だから、載せるかどうかが選択になる。
九点のうち、頭に何もない四点を見ると、髪の輪郭がそのまま頭の輪郭になっていた。
九点を並べて、数えられたこと
題に髪の語が入るのは、九点のうち七点だった。
残る二点は、理髪の鉢と、髪帯の聖母である。
聖母のほうは、髪の飾りが題に入る。
鉢のほうは、用途の名に髪が入る。
髪が描かれている点を数えると、八点である。
鉢の一点だけが、髪を写していない。
髪に手が触れている絵は三点。
梳く、切る、結わせる。
髪の色が題になっているのは二点。
白髪と、金髪である。
材料も数えた。
紙が五点、布が二点、陶器が二点。
紙の五点は、版画が四点、素描が一点である。
髪は、線で描くのに向いている。
だから版画に多いのだろう、と考えたくなる。
ただし、九点だけでそれは言えない。
そして、髪は時間を示す材料でもある。
白くなれば、年月が経ったと分かる。
長く伸びていれば、切っていないと分かる。
乱れていれば、整える暇がなかったと分かる。
顔だけでは、そこまで読めない。
顔の皺も年月を示すが、遠くからでは見えない。
髪の色は、遠くからでも見える。
冒頭の一点で、白い髪が暗い背景に浮かんでいた。
あの絵の情報の大半は、あの白が運んでいる。
館の記録が、その人を「白髪の男性」と呼ぶのも当然である。
見て最初に分かるのが、そこだからだ。
記録は、見た人が最初に気づいたことを書き留める。
名前が残っていない場合、それが唯一の手がかりになる。
記録に書かれていないこと
館の記録は、髪型を書かない。
結い方も、長さも、色も、欄には入らない。
入るのは、題に紛れ込んだ場合だけである。
九点のうち二点は、髪の色が題にあった。
一点は、髪の飾りが題にあった。
一点は、演目の名に髪があった。
いずれも、記録が髪を記述したのではない。
題が、たまたま髪を含んでいた。
そして、その題を付けたのが誰かは、たいてい分からない。
作った人か、売った人か、館か。
第十三回で、題の欄の書かれ方を扱った。
髪は、記録の外にある。
数えるには、画像を見るしかない。
次の回は、老いた顔を見る。
そこでも、髪は大きな手がかりになる。









