美術史・技法

髪は、頭の輪郭を作り替える——レイバーン・デューラー・ロートレックほか九点

顔そのものを描き変えなくても、髪の形で人の見え方は動く。九点で、髪の扱い方を数えたい。白髪、髪帯、乱れ髪、髪を梳く手、そして髪を切る道具まで。線で描く髪と、面で塗る髪の違いも比べる。頭の上に何を載せるかも、五点で数えられた。光、笠、鳥、そして兜である。

白髪の男性の肖像
ヘンリー・レイバーン《白髪の男性の肖像》シカゴ美術館蔵

白い髪が、光っている

暗い背景の前に、男が半身で描かれている。

黒い上着を着る。

首に白い布を巻き、その端が胸元でふくらむ。

顔はやや右を向き、目はこちらへ来る。

そして、頭の上と左右で、髪が白く広がっている。

一本ずつ描かれているのではない。

細い筆を素早く動かした跡が、束になって見える。

暗い背景の上に、その白がはっきり浮かぶ。

顔の輪郭より、髪の輪郭のほうが目立つ。

白髪の男性の肖像
ヘンリー・レイバーン《白髪の男性の肖像》1810年から20年。館の記録では、布に油彩。73.6×62.8センチ。額を含めて96.6×84.5×8.3センチ。番号は1962.961。シカゴ美術館蔵。ヘンリー・レイバーン《白髪の男性の肖像》シカゴ美術館蔵

館の記録は、額を含めた寸法も書いている。

96.6×84.5×8.3センチである。

絵そのものより、縦横それぞれ二十センチほど大きい。

出所の行には、三つの名が並ぶ。

二人の個人と、もう一人の遺産である。

同じ家系の名前が続いている。

一枚の絵が、家族の何人かを経て館へ入ったことになる。

館の記録は、この人が誰かを書いていない。

題は「白髪の男性の肖像」である。

名前ではなく、髪の色で呼ばれている。

前の三回で、顔の向き、視線、切る位置を見てきた。

今回は、顔の外側にあるものを見る。

髪と、頭のまわりである。

九点を選ぶとき、記録に髪の語があるものを拾った。

すると、思ったより広い範囲が集まった。

髪を梳く絵、髪を切る絵、髪を洗うための道具まで出てきた。

順に並べたい。

髪は、頭の形を決めている

まず、確かめておきたいことがある。

人の頭は、髪がなければ卵の形に近い。

その上に髪が乗ると、輪郭が変わる。

高く結えば縦に伸び、広げれば横に張り出す。

顔そのものを描き変えなくても、印象は動く。

九点を見ると、そのことがよく分かる。

髪帯をした三日月の上の聖母
アルブレヒト・デューラー《髪帯をした三日月の上の聖母》1508年。館の記録では、エングレーヴィング。番号は1958.116。クリーヴランド美術館蔵。アルブレヒト・デューラー《髪帯をした三日月の上の聖母》クリーヴランド美術館蔵

版の右下に、年と印が刻まれている。

1508という数字と、作者の組み文字である。

版画には、こうして年と作者が画面に入ることが多い。

紙は流通するものだから、出どころを示す必要がある。

第十六回で、画面の中に書かれた文字を扱った。

版画の年記と印は、その代表的な例である。

女性が、三日月の上に立っている。

胸に幼い子を抱く。

長い髪が、背中から膝の裏まで垂れる。

髪の束が、細い線の集まりとして刻まれている。

そして頭には、細い帯が巻かれている。

その帯が、髪を額から後ろへ押さえている。

頭のまわりには、放射状の線が広がる。

光を表す線である。

題は、この帯を名前に取り込んでいる。

館の記録によれば、同じ主題の版画が四点あるという。

そのうちの一点が、この髪帯のあるものだ、という区別である。

つまり、髪の飾りが作品を識別する目印になっている。

館の記録には、寸法が入っていない。

技法と、受け入れの経緯だけが書かれる。

第十三回で、記録の欄の欠落を扱った。

比べたい欄が空いていると、そこだけ話が止まる。

題に髪があっても、画面にあるとはかぎらない

浄瑠璃「みだれ髪夜の編笠」より、初代佐野川市松のせん次郎(吉三郎に変装)と初代中村富十郎のお七
鳥居清倍(二代)《浄瑠璃「みだれ髪夜の編笠」より、初代佐野川市松と初代中村富十郎》1742年。館の記録では、筆で彩色した木版画、細判、漆絵。29.9×14.7センチ。番号は1925.1789。シカゴ美術館蔵。鳥居清倍(二代)《浄瑠璃「みだれ髪夜の編笠」より、初代佐野川市松のせん次郎(吉三郎に変装)と初代中村富十郎のお七》シカゴ美術館蔵

細判というのは、紙の大きさの呼び名である。

縦に細長い判型で、役者を一人か二人立たせるのに使う。

九点のなかでは、いちばん縦横の比が極端である。

縦が横の二倍を超える。

縦長の細い紙である。

縦29.9センチ、横14.7センチしかない。

そこに、二人の人物が立つ。

左の人物は、細かい模様の衣を着て、片手を上げる。

右の人物は、黒い衣に大きな家紋をつけ、平たい笠を持つ。

上には、梅の枝が斜めに伸びる。

花が点々と咲いている。

画面の周囲に、文字が並ぶ。

演目の名、役の名、そして版元の印である。

題には「みだれ髪」という語がある。

だが、画面に乱れた髪は見あたらない。

二人とも、髪はきちんと結われている。

これは、題が演目の名だからである。

芝居の題であって、絵の中身の説明ではない。

語で絞ると、こういう外れが必ず混じる。

ただし、外れではあっても、無意味ではない。

髪という語が、芝居の題に使われるほど強い言葉だ、ということになる。

乱れた髪は、乱れた心の印として使われてきた。

その約束が、題の中に残っている。

館の記録では、この一点は漆絵と呼ばれる種類である。

墨に膠や漆のような艶を出す材料を混ぜ、黒を光らせる。

そして、刷ったあとに筆で色を差す。

多色刷りが広まる前の作り方である。

髪を結う場面

髪そのものを主題にした絵もある。

化粧(アレグザンダー・ポープ『髪盗人』より)
オーブリー・ビアズリー《化粧(アレグザンダー・ポープ『髪盗人』より)》1895年から96年ごろ。館の記録では、ペンと黒インク、下に黒鉛の跡。紙全体25.6×17.4センチ。番号は1953.136。クリーヴランド美術館蔵。オーブリー・ビアズリー《化粧(アレグザンダー・ポープ『髪盗人』より)》クリーヴランド美術館蔵

館の記録によれば、下に黒鉛の描線が残っているという。

つまり、鉛筆で当たりを取り、その上をペンでなぞった。

印刷にかけるための原画である。

だから、線は太さがはっきりしている。

細い線と太い線の差が、印刷しても消えない。

灰色を使わず、黒と白だけで濃淡を作るのも同じ理由である。

黒と白だけで描かれた室内である。

中央に、鏡台の前に座る女性がいる。

その髪を、後ろから侍女が整えている。

まわりに、何人かの人物が立つ。

左には、大きく髪を盛り上げた人物がいる。

奥には、窓と、庭のような景色が見える。

床、壁、衣のすべてが、点と線の模様で埋まる。

余白がほとんどない。

館の記録によれば、これは十八世紀の詩の挿絵である。

その詩は、髪の一房を切り取られた事件を大げさに歌ったものだという。

そして館は、この絵が作り物めいた美しさを重ねていると書く。

これは館の見解である。

こちらで確かめられるのは、画面が装飾で埋まっている、という事実だ。

髪を結うという行為が、儀式のように描かれている。

一人の髪に、何人もが関わる。

そして、そのために鏡と道具が並ぶ。