かぶった帽子と、手に持った帽子——欧米の肖像・版画ほか九点
五枚の紙をつなぐ
技法の欄が、変わっている。
五枚の紙にパステル。
紙で裏打ちし、布に貼り付けた。
つまり、この作品は一枚の紙ではない。
五枚を継いである。
画像をよく見ると、縦の継ぎ目らしい線が見える。
なぜ継いだのか。
描いているうちに、画面が足りなくなったのだろう。
パステルは、大きな紙が手に入りにくい。
そして、描き足すには紙を継ぐしかない。
第十七回で、巻子が紙を継いで伸びる話を書いた。
規模はまるで違うが、考え方は同じである。
足りなければ、継ぐ。
そして、館の記録はその枚数まで書いている。
第十八回で、記録の詳しさが分野で違うと書いた。
紙の作品では、構造まで記録される。
帽子を、手に持つ
この一点では、帽子がかぶられていない。
手に持たれている。
そして、それが主題である。
題にも、帽子屋にて、とある。
つまり、これから買う帽子を見ている場面である。
かぶる前の帽子は、道具でも装飾でもない。
商品である。
そして、手に持つと、帽子の形がよく見える。
かぶっていると、上半分しか見えない。
第十六回で、打掛が平らに広げられていた。
模様を見せるためである。
帽子も、手に持つと全体が見える。

二枚続の版画である。
第十七回で扱った、続きものの形式である。
二枚が並べて写っている。
右の一枚には、女の装いの人物が立つ。
淡い桃色の衣に、大きな文様。
頭に、白い布をかぶる。
手に、細長い棒を持つ。
左の一枚には、男の装いの人物。
黒と緑の衣を重ねる。
腰に刀を差す。
そして、右手に平たい丸いものを提げている。
編んだ笠である。
かぶらずに、手に持っている。
背景は、赤茶の横線が並ぶ。
持った笠が、役を示す
この笠は、単なる持ち物ではない。
役柄を示す記号である。
深い笠をかぶって顔を隠す装いは、ある種の僧の姿とされる。
その笠を持っていることで、誰を演じているかが分かる。
第十二回で、慈愛の炎が属性だと書いた。
役者絵の持ち物も、同じ働きをする。
そして、かぶっていないほうがよい。
かぶると顔が見えなくなる。
役者絵では、顔が最も重要な情報である。
だから、笠は手に持たせる。
主題の要請が、持ち方を決めている。
笠を、上へ掲げる

縦長の版画である。
一人の人物が立つ。
淡い桃色の衣で、裾が広がる。
腰に、細い帯。
そして、両手を上げ、大きな笠を頭の上に掲げている。
笠は平たく、円錐に近い。
淡い黄土色である。
顔は、笠の下から見えている。
隠れていない。
背景は、白い地に、細い草の線が数本。
右下に、落款と印。
かぶる直前、あるいは外した直後
この姿勢は、興味深い。
かぶっているのでもなく、提げているのでもない。
頭の上に持ち上げている。
だから、顔が見える。
そして、笠の全体も見える。
両方を同時に見せる姿勢である。
前の一点では、笠を提げていた。
こちらは、掲げている。
いずれも、顔を隠さない工夫である。
そして、この姿勢は動きを含む。
これからかぶるのか、外したところなのか。
止まった姿勢ではない。
第一回で、大きく描かれた人は動きの途中で止まっていると書いた。
この一点も、その例である。

第一回、第十四回、第十六回でも、同じ写生帖の頁を読んだ。
白黒の画像である。
一枚の紙に、複数の絵が散らばっている。
左に、立った女性が一人。
長い衣で、輪郭だけが引かれる。
中央に、座った女性。
椅子の背に腕を掛ける。
その右にも、座った姿。
いずれも、頭に帽子をかぶっている。
そして、右上に、頭部だけの習作が二つ。
いずれもボンネットをかぶる。
顔を囲むように、つばが前へ張り出す。
頭部だけを、描く
この頁には、頭部だけの習作がある。
首から下がない。
つまり、帽子と顔の関係だけを見ている。
つばの角度、顔にかかる位置、後ろの膨らみ。
そこだけを確かめている。
第十六回で、布だけを描いた習作を読んだ。
同じ性格である。
部分だけを取り出して練習する。
そして、この頁には全身の姿も混じっている。
つまり、全体と部分が一枚に並んでいる。
第一回で、写生帖の頁には構図がないと書いた。
構図がないから、こういう並べ方ができる。
鉄でできた笠

白黒の画像である。
真上から撮影されている。
円い金属の板である。
そして、きわめて浅い。
高さが二・八センチしかない。
一方、幅は四十五センチから六十三センチ。
つまり、皿に近い形である。
その表面に、模様が打ち出されている。
中央よりやや下に、雲と、渦を巻く形。
その上に、稲妻のような線が二本。
さらに、小さな丸い形が並ぶ。
いずれも、低い浮き彫りである。
光の当たり方で、影が出る。