美術館が、作者の欄に入る——兜九点の記録
記録は、手が入った時点を書く
前の二点に共通するのは、時点を書くという姿勢である。
いつ、誰が、どこに手を入れたか。
1932年、頬当て。2015年、修復。
作られた年だけでなく、直された年も書く。
美術館の記録では、これは珍しくない。
前の回の記事で、板からカンヴァスへ移した絵を見た。
あのときも、移した年が年の欄に入っていた。
技法の欄や年の欄は、作った瞬間だけを指さない。
その品が受けた処置の履歴も、そこに畳まれている。
九点のうち二点が、その畳まれ方を見せている。

頭頂に、大きな蜻蛉が載る。
木を彫って作られ、漆が塗られる。
羽は左右に大きく広がる。
その幅は、記録では65.4センチとされる。
鉢そのものの幅の、二倍以上ある。
胴は太く、節が刻まれる。
目は丸く突き出し、黒く光る。
鉢は茶色の漆で、鋲が縦に並ぶ。
左右の吹き返しは小さく、外へ反る。
しころは黒い小札を、赤と青の紐で綴る。
写真では、黄色い木の台に載せられている。
記録に、漢字がない
日本の兜の作者名について、一つ断っておきたい。
館の記録は、作り手の名をローマ字だけで書いている。
漢字が併記されていない。
だから、正しい漢字表記をこちらで断定できない。
同じ読みの名は、いくつもの書き方がありうる。
推測で漢字を当てれば、別人にしてしまう恐れがある。
この記事では、読みをかなで示すにとどめた。
分からないものを、分からないまま渡す。
館の記録が取っている態度と、同じ扱いである。

鉢の表面に、細い筋が放射状に走る。
鉄の板を継ぎ、継ぎ目を立てて筋にしている。
筋の数は多く、頂点で一点に集まる。
鉢の地には、銀の細い線で模様が入る。
草の葉のような形が、ゆるく広がる。
左右の吹き返しは大きく開く。
その表に、金の円い紋が付く。
下には、しころが幾段も垂れる。
黒い小札を横につなぎ、鋲の頭が並ぶ。
木の台に載せられ、正面から撮られている。
十六世紀の様式で、後から作る
九点のうち一点は、題そのものが変わっている。
十六世紀の様式による星兜、とある。
年の欄は、おそらく十七世紀後半から十八世紀初め。
つまり、百年ほど前の様式を、後から再現している。
古い形を写して作るという行為である。
なぜそうするのか、記録は書かない。
ただ、題にそう書いた以上、館は写しと判断している。
同時代の作ではないという判断だ。
前の回の記事で、模倣者と記された絵を見た。
あちらは、作者の欄に語が足された。
こちらは、題の中に様式の年代が書き込まれている。
同じ判断を、別の欄で示している。

鉢の全面に、小さな鋲の頭が並ぶ。
鋲が星に見えることから、この名がある。
鋲は縦の列をなし、頂点へ向かって収束する。
鉢の色は黒に近い鉄の色である。
前面の中央に、細長い金具が立つ。
左右の吹き返しは、赤く塗られる。
その中央に、金の円い紋が一つずつ入る。
しころは黒く、四段ほどに分かれる。
綴じ紐は青と白で、段ごとに色を替える。
古い形を写しながら、色は鮮やかである。
材料の数が、記録の長さを決める
九点の技法の欄を、語の数で比べてみる。
いちばん短いのは、鋼の一語だけ。
いちばん長いのは、八つの材料が読点で並ぶ。
鉄、銅、金、銀、木、漆、絹、麻。
長いほうは、いずれも日本の兜である。
理由は、作りの違いにある。
ヨーロッパの兜は、鋼の板を叩いて作る。
叩いて形を作り、そこに彫りや象嵌を加える。
日本の兜は、鉄の板を鋲で綴じる。
そのうえに漆を塗り、革を貼り、絹の紐で綴じる。
材料の数がそのまま増える。
技法の欄の長さは、工程の数を映している。
そして工程が多ければ、関わる人も増える。
漆を塗る人と、紐を組む人は別である。
作者の欄に入るのは、そのうち一人か二人だけだ。

鉢の面に、金色の細い板が放射状に貼られる。
板と板のあいだに、鋲の頭が縦に並ぶ。
金と鉄の色が、交互に走る。
頂点には、金の輪と小さな飾りが立つ。
前面の中央に、金の細長い金具が下がる。
左右の吹き返しは、大きく外へ開く。
その表に、青い円と金の飾りが付く。
しころは四段ほどに分かれる。
小札は赤く、金の縁を持つ。
段ごとに、紐の色が変わる。
技法の欄には、七つの材料が並ぶ。
その一つ一つが、写真の中に見つかる。
重さの欄が、あるものとないもの
九点のうち、重さが書かれているのは六点である。
書かれていない三点は、いずれも日本の兜だ。
ここで、伝統の違いだと考えたくなる。
しかし、そう結論するのは早い。
重さのない三点は、いずれも受入が古い。
1914年、1936年、1948年である。
一方、2018年に入った日本の兜には、重さがある。
2460.7グラムと、小数点まで書かれている。
つまり、伝統の違いではない。
記録を作った時期の違いである。
近年の受入ほど、計測の欄が細かくなる。
古い記録は、あとから測り直されないまま残る。