美術史・技法

美術館が、作者の欄に入る——兜九点の記録

皇帝マクシミリアン1世のサレット
ロレンツ・ヘルムシュミット《皇帝マクシミリアン1世のサレット》1490年から1495年ごろ。館の記録では、鋼、銅合金、金。縦30.5センチ、横22.9センチ、奥行き31.4センチ、重さ2261グラム。番号は29.156.45。メトロポリタン美術館蔵。ロレンツ・ヘルムシュミット《皇帝マクシミリアン1世のサレット》メトロポリタン美術館蔵

灰色の鋼が、なだらかな曲面をなす。

後ろへ向かって、尾のように長く伸びる。

前には、細い横長の隙間が開く。

そこから外を見る仕組みである。

顎を覆う部分は、別の板として下に付く。

その表面に、小さな穴が点々と並ぶ。

息をするための穴だろう。

縁には、真鍮らしい細い帯が回る。

帯には、細かい刻みが入る。

面の大部分は、装飾を持たない。

兜の記録が、いちばん長い一点

最後の一点は、装飾がもっとも濃い。

年の欄には、1543年と一年で書かれる。

九点のうち、年が一つに定まるのはこの一点だけだ。

ほかの八点は、幅を持って書かれている。

一年に定められるのは、品に年が刻まれているからだろう。

館は、その根拠までは書かない。

年の欄に「銘に年あり」とだけ添える形も、記録によってはある。

この一点では、その添え書きがない。

ブルゴネット
フィリッポ・ネグローリ《ブルゴネット》1543年。館の記録では、鋼、金、織物。縦24.1センチ、横18.6センチ、奥行き29.2センチ、重さ1871グラム。番号は17.190.1720。メトロポリタン美術館蔵。フィリッポ・ネグローリ《ブルゴネット》メトロポリタン美術館蔵

面の全体が、高い浮彫で覆われる。

前には、人の顔が突き出す。

眉を寄せ、口を大きく開けている。

その上に、獣が一頭、腹ばいになる。

前脚を伸ばし、頭を前へ向ける。

獣の背から後ろへ、渦を巻く形が続く。

渦は幾重にも重なり、後頭部で収まる。

鋼を叩き出して、これだけの起伏を作っている。

板を貼り足したのではない。

一枚の板を、外へ押し出して作られている。

兜という単位

九点を並べて分かるのは、単位の話である。

兜は、頭を守る一つの器ではない。

鉢、前庇、頬当て、しころ、飾り。

いくつもの部品が組み合わさっている。

だから、部品ごとに作る人が違いうる。

補強板だけで一件として登録された一点もあった。

部品が、単独で作品になっている。

一方、しころまで揃った一点も、同じ一件である。

館の記録は、どちらも同じ一つの番号で扱う。

数え方の単位は、品の大きさで決まらない。

館に入ってきた形のまま、数えられている。

出所の行に、同じ名が二度ずつ出る

九点の出所の行を並べると、七つの経路になる。

同じ寄贈者の名が二点に出るものが、一組ある。

1913年の寄贈で、いずれもドイツの兜である。

基金による購入も二点あるが、年が1904年と1948年に離れる。

同じ基金の名でも、四十年以上の隔たりがある。

さらに、一人の名が二つの別々の行に出てくる。

一方は本人の寄贈、他方は本人の名を冠した記念の収集である。

前者は1914年、後者は1929年。

同じ人の名が、生前と没後で違う形の行になる。

前の回の記事で、同じ姓が二つの行に出る例を見た。

こちらは、同じ人物である点が違う。

受入の年は、1904年から2018年まで散らばる。

百年以上かけて、九点が集まった。

いちばん新しい一点だけが、修復の年を持つ。

近年の受入ほど、記録の欄が増えている。

番号の枝が、部品の数を示す

九点の番号を見ると、末尾の形が二通りある。

数字で終わるものと、小文字が付くものだ。

小文字が付くのは、部品が分かれている場合である。

蜻蛉の兜には、四つの小文字が並ぶ。

鉢、しころ、飾り、そしてもう一つ。

四つの部品を、一件として数えている。

星兜の一点にも、二つの小文字が付く。

一方、ヨーロッパの兜には、小文字がない。

部品に分かれていないからだ。

番号の末尾を見るだけで、その品の作りが分かる。

前の回の記事で、多翼祭壇画の枝番を見た。

板ごとに番号を分ける考え方だった。

兜でも、同じ考え方が使われている。

分けられるものは、分けて数える。

名が残る条件

九点の作者の欄をもう一度見直す。

名が残っているのは、いずれも工房の主か、銘を切った人である。

鋼を叩いた職人、革を裁った職人、紐を組んだ職人。

その人たちの名は、どこにも入らない。

一つの兜を作るのに、何人が必要だったか。

記録は、その数を書かない。

書かれるのは、責任を持つ人の名だけである。

前の回の記事で、織物の作者の欄に六人以上が並ぶ例を見た。

あれは例外的に多い。

兜では、多くて三人である。

数の違いは、仕事の分かれ方の違いを映している。

そして、記録の側の都合も映している。

二つの伝統を、同じ欄で書く

九点のうち、五点がヨーロッパ、四点が日本の兜である。

館は、同じ形式の欄で両方を書く。

作者、役割、年、技法、寸法、出所、番号。

形が同じだから、並べて比べられる。

比べてはじめて、重さの欄の有無に気づく。

比べてはじめて、装飾を担う人が両方にいると分かる。

同じ形式で書くことには、代償もある。

それぞれの伝統の言葉が、欄に収まらない。

筋兜も星兜も、館の記録では品名の括弧に入るだけだ。

括弧の外には、頭を覆うもの、とだけある。

説明を先に、固有の名をあとに。

その順序が、この記録の性格を決めている。

九点を閉じて、もう一度作者の欄を見る。

三人、二人、一人。

数が違うのは、仕事の分かれ方が違うからではない。

記録に残る資格を持つ人の数が、違うだけである。

叩いた人も、塗った人も、綴じた人もいた。

いなければ、兜は完成しない。

欄に入らなかった人の数は、数えようがない。

数えようがないことを、数えられるふりで書かない。

それが、九点を並べて言える限界である。

兜は、被る人の頭の形に合わせて作られる。

だから、同じ型で量産することができない。

寸法の欄に並ぶ数字が、九点とも違うのはそのためだ。

縦は24センチから33センチ、横は18センチから65センチ。

横がとくに広いのは、飾りを含めて測っているからである。

何を含めて測るかで、数字は大きく変わる。

記録は、その基準を書かない。

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