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二十二キロの鉄をつくる——コールマン・ヘルムシュミット

人の顔をした面頬

七点目は、異様な形をしている。

人の顔の形をした面頬
コールマン・ヘルムシュミット《人の顔の形をした面頬》1515年ごろ。鋼、金。高さ30.5センチ、幅24.8センチ。重さ2.15キロ。メトロポリタン美術館蔵。ロジャーズ基金、1904年購入。コールマン・ヘルムシュミット《人の顔の形をした面頬》メトロポリタン美術館蔵

鉄の板が、人の顔の形に打ち出されている。

鼻は高く、鼻筋が通る。

目の下に、袋のような膨らみがある。

口はへの字に曲がり、唇が厚い。

顎の下には、髭を思わせる線が刻まれる。

目の位置には、細い隙間が開いている。

そこから外を見る。

縁には、金の帯が回っている。

冗談のようだが、実用の部品である。

顔を守りながら、別の顔を見せる。

なぜ顔を作るのか

甲冑に人の顔を付ける例は、いくつも残っている。

祝祭や仮装の行列で使われたと考えられている。

十六世紀の宮廷では、そうした催しが盛んだった。

甲冑を着て馬に乗り、見物人の前を進む。

そのとき、面頬が仮面の役割を果たす。

つまり、これは衣裳でもある。

当サイトの
衣裳としての甲冑でも、同じ主題を扱った。

守る道具が、見せる道具になる。

用途がひとつに定まらないところが、面白い。

同じ兜の部品らしい

この面頬には、気になる点がある。

寸法が、先の一領の兜と完全に一致している。

高さ30.5センチ、幅24.8センチ、重さ2.15キロ。

受け入れの年も、同じ一九〇四年である。

基金の名も同じである。

つまり、この面頬は、あの兜に属する部品として記録されている。

館の台帳では、同じ番号の枝番で管理されているとみられる。

部品の写真と、全体の写真が、別の作品として公開されている。

同じものを、二つの角度から見ていることになる。

こうした重複は、公開データではよく起きる。

子どものための兜

八点目は、小さい。

少年用の密閉兜
コールマン・ヘルムシュミット《少年用の密閉兜》1530〜40年ごろ。鋼、革、銅合金。高さ27.9センチ、幅19.7センチ。重さ1.92キロ。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・H・リッグズ寄贈、1913年。コールマン・ヘルムシュミット《少年用の密閉兜》メトロポリタン美術館蔵

丸い鉢に、面頬と顎当てが付く。

面頬には、横に長い視界の隙間が一本。

顎当てには、細い切り込みが何本も並ぶ。

呼吸のための穴である。

鉢の頂点から後ろへ、太い稜が走る。

縁には、真鍮色の鋲が等間隔に打たれる。

大人用の兜と、形はほとんど同じである。

違うのは大きさだけである。

高さ27.9センチ、重さ1.92キロ。

大人用の半分ほどの重さになる。

子どもに甲冑を着せる

なぜ、子ども用の甲冑があるのか。

理由は二つ考えられる。

一つは、訓練のためである。

将来、甲冑を着る立場の子は、早くから慣れる必要がある。

もう一つは、儀礼のためである。

家の行事に、正装として着る。

いずれにせよ、実戦は想定されていない。

それでも、作りは手を抜いていない。

可動部も、装飾も、大人用と同じ考え方である。

小さいから簡略、とはならない。

三日月の並ぶ腕当て

九点目は、装飾がとくに濃い。

仮装用甲冑の一対の腕当て
コールマン・ヘルムシュミット《仮装用甲冑の一対の腕当て》1525年ごろ。鋼、銅合金、金。装着時の高さは右62.9センチ、左64センチ。メトロポリタン美術館蔵。1926年購入。コールマン・ヘルムシュミット《仮装用甲冑の一対の腕当て》メトロポリタン美術館蔵

腕を覆う板が、幾重にも重なっている。

板の一枚ごとに、金の装飾が入る。

三日月の形が、規則正しく並んでいる。

その間に、渦巻きと帯の文様が走る。

肘の部分には、丸い覆いが付く。

鋲は金色で、装飾の一部になっている。

板の縁は、外へ折り返されている。

これは強度を上げるための処理である。

装飾と補強が、同じ縁に同居している。

美術館は、これを仮装用の甲冑の部品としている。

三日月という文様

三日月の並びは、目を引く。

意味を推し量りたくなる。

紋章に由来する可能性はある。

東方を意識した意匠という説明もあり得る。

しかし、館の記録には説明がない。

だから当方でも、意味は決めない。

分かるのは、繰り返しの効果である。

同じ形が並ぶと、面に律動が生まれる。

腕を動かせば、金の三日月が順に光る。

見せるための装飾として、よく考えられている。

九点を、重さで並べる

最後に、数字で並べてみたい。

腿当ては、片方482グラム。

少年用の兜は1.92キロ。

面頬は2.15キロ。

馬上槍試合の兜は4.08キロ。

腕当ては、片方3.3キロほど。

そして、一領の総重量が21.97キロ。

部品を足していくと、そうなる。

甲冑を見るとき、まず重さを想像したい。

美しい形も、装飾も、この重さの上に載っている。

二十二キロを着て動く人がいた。

その前提を忘れると、甲冑はただの飾りに見えてしまう。

磨きと錆のあいだ

九点の表面は、いずれも均一ではない。

明るく磨かれた部分と、暗く沈んだ部分がある。

錆を落とし、磨き直した跡もある。

鉄は、放っておけば錆びる。

五百年前の品が、いま光っているのは、手入れの結果である。

過度に磨けば、彫った線まで消えてしまう。

だから、どこまで磨くかは判断が要る。

近年は、磨きすぎない方針が主流だとされる。

表面の古い層も、資料だからである。

九点の表面の調子の違いには、手入れの歴史も含まれている。

鉄の道具として見る

九点は、いずれも道具である。

飾るために作られた部品もあるが、根は同じである。

体に合わせ、動きを許し、打撃を逸らす。

その条件の中で、形が決まっていった。

丸い胸は、槍を滑らせるためである。

重なる板は、曲げるためである。

金の装飾は、示すためである。

理由のない形は、ひとつもない。

美術館の陳列では、装飾に目が行きやすい。

しかし、装飾も含めて、道具の一部である。

そう思って見ると、九点の見え方が変わる。

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