二十二キロの鉄をつくる——コールマン・ヘルムシュミット
アウクスブルクの甲冑師が残した九点。皇帝の腰当ては片方四百八十二グラム、馬上槍試合の兜は四キロを超える。数字と部品から、着て動くための道具としての甲冑を見る。顔の形をした面頬や、少年用の兜も残る。守る道具が、見せる道具にもなっていく。

二十二キロの鉄
一領の甲冑から始めたい。

人の形に組まれた鉄が立っている。
頭には面頬つきの兜。
胸から腹へ、丸みのある胴。
肩と腕は、幅の狭い板を重ねて作られる。
腰から腿へ、細長い板が何枚も垂れる。
膝から下は覆われていない。
黒い脚の部分は、展示のための台座である。
この形を、四分の三甲冑と呼ぶ。
全身ではなく、膝から上だけを守る作りである。
美術館の記録では、総重量は21.97キロとされる。
米袋にすると、二十二キロ。
これを着て、馬に乗り、体を動かす。
鉄の板を、何枚も重ねる
甲冑の作りを、もう少し見たい。
肩から腕にかけて、細い板が並んでいる。
一枚一枚が、少しずつ重なっている。
重なりの向きは、下の板が上の板の内側に入る。
こうすると、腕を曲げたときに板が滑る。
板の端には、鋲と革帯が通されている。
革が板をつなぎ、動きを許す。
つまり、鉄でできた蝶番の連なりである。
甲冑の技術の中心は、この可動部にある。
固い板で体を覆いながら、動けるようにする。
その両立が、この職種の課題だった。
作った人について
コールマン・ヘルムシュミットは、一四七一年に生まれ、一五三二年に没した。
美術館の記録も、その生没年を記している。
活動した町は、南ドイツのアウクスブルクである。
ヘルムシュミット家は、代々の甲冑師だった。
父も、息子も、同じ職に就いている。
つまり、家業として続いた工房である。
アウクスブルクは、当時の甲冑製作の中心地のひとつだった。
金融と交易で栄え、宮廷との結びつきも強い。
そこで、皇帝や王の注文を受ける工房が育った。
コールマンは、その代表的な一人である。
半身の甲冑
二領目は、上半身だけである。

胸当てと背当て、肩、腕の一部が組まれている。
左肩には、大きな円い板が付いている。
これは、突きを受け流すための補強である。
胸の中央には、留め具の穴が並ぶ。
腹の下には、幅の広い板が重なる。
腕は途中で終わり、手はない。
展示時の高さは94センチと記録されている。
上半身だけで、一メートル近い。
甲冑は、部分ごとに保存されることが多い。
一領そろって残るほうが珍しい。
「その後の補作」という但し書き
美術館の記録には、注意すべき表現がある。
制作年に「およびそれ以後」と付くものがある。
これは、後の時代の部品が混じっていることを示す。
甲冑は、使われ、壊れ、直される道具である。
失われた部品を、別の甲冑から補うこともある。
十九世紀の収集家が、見栄えのために組み合わせた例も多い。
だから、いま一領に見えるものが、当初の一組とは限らない。
美術館は、その事情を記録に残している。
見る側も、そこを踏まえて見たい。
完全な姿に見えるものほど、注意が要る。
馬上槍試合の兜
三点目は、兜だけである。

丸い鉢に、前へ長く突き出た顎がある。
先端は嘴のように尖る。
鉢の表面には、放射状の線が彫られている。
下端には、円弧を並べた帯があり、その中に人物や動物の図が入る。
金色の装飾が、縁と鋲のまわりに残っている。
視界の隙間は、鉢と顎の境目の細い一本だけである。
前方の、ごく狭い範囲しか見えない。
これは馬上槍試合のための兜である。
正面から来る槍だけを想定すればよい。
だから、視界を犠牲にして防御を厚くしている。
美術館の記録は、この兜をラヨシュ二世のために作られたものとしている。
一人の王の名が残る
ラヨシュ二世は、一五〇六年に生まれ、一五二六年に没した。
つまり、二十歳で亡くなっている。
兜の年代は一五二五年ごろとされる。
亡くなる前年の注文ということになる。
若い王が、馬上槍試合のために誂えた兜である。
重さは四キロを超える。
首だけでそれを支える。
数十分の試合に耐えられればよい、という設計である。
日常の戦場用とは、まったく別の道具である。
用途が違えば、形も重さも変わる。
甲冑は、注文品である
甲冑は、既製品ではない。
着る人の体に合わせて作る。
胸まわり、腕の長さ、首の太さ。
寸法を採り、板を打ち出し、合わせていく。
だから、一領ごとに違う。
そして、高い。
当時の記録では、上等な一領が家一軒に相当したとも言われる。
注文できるのは、王侯貴族と、ごく富裕な層に限られた。
甲冑が美術館にあるのは、そのためでもある。
高価な品は、大切にされ、残りやすい。
刻印という署名
甲冑には、しばしば刻印が打たれている。
町の徽章と、工房の徽章である。
アウクスブルクの品には、松かさの形の印が使われた。
工房ごとの印も、別に打たれる。
これは品質の保証であり、産地の表示でもある。
現代の商標に近い働きをした。
館が作者を特定できるのも、この刻印が主な根拠である。
絵画の署名にあたるものが、鉄に打たれている。
ただし、刻印は摩滅し、また偽造もされた。
だから、刻印だけで断定はしない。
形の特徴と併せて判断される。
鉄を打ち出すという仕事
甲冑の板は、鋳型に流して作るのではない。
熱した鉄板を、槌で打って形にする。
打つ場所と回数で、厚みが変わる。
危険な部位は厚く、そうでない部位は薄くする。
胸の中央は厚く、脇の下は薄い。
重さの配分を、そうやって調整する。
打ち出しの跡は、内側に残ることがある。
表面は磨かれ、鏡のようになる。
磨きは、見た目のためだけではない。
滑らかな面は、槍先を滑らせる。
装飾と機能が、同じ処理の中にある。