画家を知る

雨は線で、雪は紙の白で——広重が天気を摺った方法

一枚の版画は、四人でつくる

まず、制作の体制を確認しておく。

浮世絵版画は、画家ひとりの仕事ではない。

版元が企画と資金を出す。絵師が下絵を描く。彫師が版木を彫る。摺師が紙に摺る。

広重が担当したのは、このうち絵師の部分だけである。線の太さも、色の濃さも、最終的には彫師と摺師の手の中にある。

保永堂版の東海道五十三次は、竹内孫八の保永堂が中心になって出した企画だった。全部で五十五枚。当たり、広重の名を決定づけた。

色数は一枚あたり十色前後。色の数だけ版木を彫り、同じ紙を版木の上に置き直して重ねていく。

ずれれば台無しになる。紙の端に彫った「見当」という切り込みに、紙の角を合わせることで位置を保つ。

工程を、もう少し細かく追っておきたい。

絵師が薄い紙に描いた下絵は、版木に裏返しに貼りつけられる。彫師は、その紙ごと木を彫る。つまり下絵そのものは、この段階で失われる。

最初に彫るのが墨線の版——主版である。この主版を摺った紙を、色の数だけ別の版木に貼り、色ごとの領域を彫り分けていく。

彫るのは山桜の板が多い。硬く、目が詰まっていて、細い線が欠けにくいからだ。

摺師は、その版木に絵具と糊を刷毛で載せ、紙を置き、馬連で背中側から擦る。一色ごとにこれを繰り返す。

十色なら、一枚につき十回。数百枚を摺るなら、数千回の作業になる。

摺る部数については、初摺が二百枚前後、売れ行きのよい作品では版木が摩耗するまで摺り続けられた、と説明されることが多い。ただし、正確な部数が残っている例は少ない。

値段は、そば一杯ほどだったと言われる。庶民が土産や飾りとして買える価格である。

つまりこれらは、美術館の壁に掛けるために作られたものではない。売れる商品として企画され、量産された印刷物だった。

検閲の印が、日付を教える

もうひとつ、画面の隅に注目したい。丸い印が押されていることがある。

江戸後期の出版物は、株仲間による検閲を受けていた。問題がないと認められた版下には、改印——検閲済みの印——が押される。

天保の改革以降、この印の様式が何度か変わった。そのため現在では、改印の形が制作年代を絞り込む手がかりになっている。

規制の対象になったのは、風俗を乱すとされた題材である。役者の似顔や遊女の絵は、時期によって厳しく制限された。

風景版画が1830年代に伸びた背景には、この規制を受けにくい主題だった、という事情も指摘されている。

天気を描くことは、当局にとって無害だった。皮肉な話だが、それも表現が育つ条件のひとつである。

ぼかしという、日本の発明

天気の表現を支えた技術は、ぼかしである。

版木に絵具を載せるとき、水を含ませた刷毛で絵具を片側へ引き伸ばす。すると、濃いところから薄いところへ、連続的に変わる面が摺れる。

版木は同じでも、絵具の量と刷毛の引き方は摺師が毎回決める。つまりぼかしは、版に彫り込めない情報である。

画面の上端をまっすぐ濃くするやり方を「一文字ぼかし」と呼ぶ。空の暗さ、夕暮れ、雨雲。広重の画面で最も働いているのが、この技法だ。

近江八景之内 唐崎夜雨
《近江八景之内 唐崎夜雨》1835年ごろ。夜の雨。松の巨木は墨のぼかしで奥行きをつくり、湖面の藍は下へ向かって濃くなる。歌川広重《近江八景之内 唐崎夜雨》メトロポリタン美術館蔵

《唐崎夜雨》を見てほしい。

画面を覆う大きな松は、濃い墨から薄い墨へ、幾重にもぼかされている。輪郭線はほとんど使われていない。

湖面は藍で、下へ行くほど濃い。雨の線は松の上にも湖の上にも、等間隔で引かれている。

夜の雨という、色数の少ない場面である。にもかかわらず、画面は単調にならない。濃淡の階調が全部の仕事をしている。

なお、この藍はベロ藍——プルシアンブルーである。輸入されたこの顔料が安く手に入るようになったのが、ちょうど1830年前後だった。

広重や北斎の風景版画が、藍を大量に使う画面として成立したのは、この材料の事情と無関係ではない。

同じ版木から、違う絵が出る

ここが、版画のいちばん面白いところである。

当サイトには、同じ図柄の《三島 朝霧》が二枚ある。所蔵館が違い、摺られた時期も違う。

東海道五十三次之内 三島 朝霧
《東海道五十三次之内 三島 朝霧》1833年ごろ。メトロポリタン美術館蔵。霧が青みを帯び、鳥居と杉が青灰色に沈んでいる。歌川広重《東海道五十三次之内 三島 朝霧》メトロポリタン美術館蔵
東海道五十三次之内 三島 朝霧
同じ図柄の別の一枚。シカゴ美術館蔵。霧は灰色がかり、鳥居の奥の木立に葉の一枚ずつが見えている。歌川広重《東海道五十三次之内 三島 朝霧》シカゴ美術館蔵

並べると、別の絵に見える。

シカゴの一枚は、空の藍が濃く、上端でくっきり切れている。メトロポリタンの一枚は、藍が淡く、下へゆるやかに溶ける。

奥の木立の扱いも違う。シカゴのものは葉の形が見え、メトロポリタンのものは平らな影になっている。

建物の屋根の墨も、一方は黒々と、一方は灰色である。

版木は同じである。違うのは、絵具の濃さ、水の量、刷毛の運び、紙の状態。つまり摺師の手つきである。

だから浮世絵には「これが正解」という一枚が存在しない。同じ作品の、状態の違う複数の個体があるだけだ。

さらに厄介なのは、時間による変化が加わることである。

浮世絵に使われた植物性の色は、光に弱い。とくに紅は褪せやすく、藍も長く光に当たれば緑がかっていく。

いま見ている一枚が淡いとして、それが摺りの意図なのか、褪色の結果なのかは、簡単には決められない。

保存の良い一枚と、掛けっぱなしだった一枚を並べると、別の作品に見えることさえある。

美術館が浮世絵の展示期間を短く区切り、頻繁に展示替えをするのは、この事情による。

同じ版から刷られた紙が別々の時間を過ごすことについては、別のコラムでも扱っている。