画家を知る

猿が、人を演じる部屋——クリストフ・ユエ

川で釣りをする

三枚目は、屋外である。

猿の戯れ・釣り人たち
クリストフ・ユエ《猿の戯れ・釣り人たち》1739年ごろ。油彩・画布。縦91.5センチ、横143.6センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。クリストフ・ユエ《猿の戯れ・釣り人たち》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

画面の中央に、川が流れる。

左には、赤い舟が一艘浮かぶ。

舟の中に、猿が三匹乗っている。

一匹は櫂を漕ぎ、一匹は釣り竿を持つ。

右にも、別の舟がある。

そこにも、猿が座っている。

岸には、猿が数匹立ち、竿を垂らす。

奥には、小さな家と木立が見える。

さらに遠くには、丘と建物が霞む。

空には、白い雲が重なる。

画面の三分の一以上が、風景である。

風景の中の猿

この一枚では、風景が丁寧に描かれている。

木の茂り方、水面の反射、遠くの丘。

いずれも、当時の風景画の作法に沿う。

その中に、猿が置かれている。

つまり、ふつうの風景画の人物を、猿に置き換えている。

置き換えは、それだけで効果を持つ。

見慣れた構図に、違和感が一つ入る。

その一点だけで、絵が変わる。

装飾としては、賢いやり方である。

遠景の描き方

遠くの景色は、青みがかっている。

近くの木は、濃い緑と茶である。

この色の差が、距離を作る。

空気の層が、遠くのものを青く見せる。

十七世紀以来、風景画の基本とされてきた考え方である。

ユエは、装飾画家でありながら、この作法を守っている。

猿という奇想の主題を、真面目な技法で描く。

その真面目さが、絵を成立させている。

冗談を、丁寧にやる。

そこが、この画家の面白さである。

野外の食事

四枚目は、人数が多い。

猿の戯れ・野外の食事
クリストフ・ユエ《猿の戯れ・野外の食事》1739年ごろ。油彩・画布。縦90.1センチ、横149.5センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。クリストフ・ユエ《猿の戯れ・野外の食事》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

木立に囲まれた草地である。

中央に、白い布が広げられる。

その上に、皿や瓶が並ぶ。

周りに、猿が十数匹集まっている。

座る者、立つ者、身を乗り出す者。

衣は赤、青、白、桃色と色とりどりである。

左には、荷を背負った驢馬らしき動物がいる。

その手前に、猿が数匹。

右手前には、犬のような動物が座る。

背後には、木が高く茂る。

野外の食事という主題

野外での食事は、当時の絵の定番だった。

貴族の遊びとして、実際に行われていた。

狩りの途中で、草地に布を敷いて食べる。

その場面が、絵の主題になる。

ここでは、それを猿がやっている。

つまり、貴族の遊びをそのまま猿に置き換えている。

見る人は、自分たちの遊びを猿がやる姿を見る。

飾られた部屋の持ち主も、同じ遊びをしていただろう。

布の白が、効いている

草地に広げられた白い布に注目したい。

この絵で、いちばん明るい面である。

周囲は緑と茶で、暗い。

そこに白を大きく置くと、目がそこへ行く。

装飾画では、この明るい面が重要になる。

部屋の壁に掛かったとき、遠くからでも位置が分かる。

暗い絵ばかりでは、壁が沈む。

明るい一点を作り、そこを軸にする。

六点の中にも、それぞれ明るい面がある。

白い衣、白い雲、白い布。

探してみると、構図の骨が見えてくる。

大人数を、どう散らすか

この一枚では、猿が十数匹いる。

これだけの数を、どう配置するか。

まず、中央に白い布を置く。

明るい色の面が、画面の中心になる。

その周りに、猿を円形に並べる。

さらに、左右の端に別の群れを置く。

三つの塊に分けている。

そして、塊の間に隙間を作る。

均等に散らすのではなく、粗密をつける。

群像を描くときの基本である。

驢馬という脇役

左端の荷を背負った動物にも触れておきたい。

耳が長く、体は灰色である。

驢馬だろう。

野外の食事には、荷を運ぶ動物が要る。

食器も、食べ物も、誰かが運ばなければならない。

その現実的な部分まで、画面に入っている。

遊びの場面に、労働が描き込まれている。

猿たちが遊び、動物が働く。

そう読むこともできる。

もっとも、館の記録に説明はない。

読みすぎない程度に、留めておきたい。

猿の顔を、どう描くか

猿の顔の描き方を見ておきたい。

輪郭は、実際の猿に近い。

鼻は低く、口が前へ出る。

目は丸く、離れている。

しかし、表情は人に寄せられている。

笑い、驚き、真剣な顔。

猿の顔で、人の表情を作る。

このさじ加減が難しい。

人に寄せすぎれば、ただの人になる。

猿に寄せすぎれば、動物画になる。

しっぽを、どこに置くか

猿を描くときに、必ず生じる問題がある。

しっぽである。

人の服を着せると、しっぽの行き場がなくなる。

六点では、この処理が絵ごとに違う。

上着の裾から出しているもの。

椅子の脇に垂らしているもの。

そもそも見えないもの。

見えない場合は、隠されているのか、描かれていないのか。

判断がつかない。

小さなことだが、こうした細部に画家の判断が出る。

しっぽ一本の扱いで、絵の真面目さが測れる。

実物の観察

ユエは、実際の猿を見て描いたと考えられている。

十八世紀のフランスでは、異国の動物が飼われていた。

宮廷や富裕な家に、猿がいた例は記録に残る。

つまり、身近に観察の対象があった。

体の動き、手の使い方、しっぽの位置。

これらは、想像だけでは描けない。

六点の猿の姿勢を見ると、観察の裏づけが感じられる。

木にぶら下がる、地面に手をつく、物を握る。

いずれも、猿らしい動きである。

異国のものへの関心

十八世紀のフランスでは、異国趣味が流行した。

中国風、トルコ風、そして異国の動物。

猿の絵も、その流行の一部である。

同じ部屋に、東洋風の陶磁器が置かれることもあった。

異なるものを取り合わせて、部屋を作る。

その感覚が、当時の内装を支えていた。

猿の絵は、単独で存在したのではない。

部屋全体の趣向の一部だった。

いま美術館の壁に一枚ずつ掛かっていると、その文脈は見えにくい。