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壁画は消え、習作が残った——ウィリアム・モリス・ハント

壁画のための習作

八点目は、この記事の中心である。

アナヒタ——「夜の飛翔」のための習作
ウィリアム・モリス・ハント《アナヒタ——「夜の飛翔」のための習作》1878年。油彩・画布。縦94センチ、横64.8センチ。メトロポリタン美術館蔵。当サイトが取得できた画像は白黒である。ウィリアム・モリス・ハント《アナヒタ——「夜の飛翔」のための習作》メトロポリタン美術館蔵

縦長の画面に、女性の像が描かれている。

上半身は裸で、下半身に布が巻かれている。

体を斜めに傾け、右腕を前へ伸ばしている。

左腕は後方へ引かれている。

顔は横を向き、髪が結い上げられている。

体の下には、雲か波のような形が渦を巻く。

つまり、宙を進んでいる姿である。

題にある「夜の飛翔」が、この人物の主題である。

消えた壁画

ここで、事情を書いておきたい。

記録によれば、ハントは晩年に大きな壁画の仕事を受けた。

アメリカ北東部の州議会議事堂の議場に描く仕事である。

制作は1878年。二つの主題が選ばれた。

一つが《夜の飛翔》、もう一つが別の題の壁画である。

冒頭の馬の浮き彫りは、この《夜の飛翔》と同じ主題である。

三十年前の着想が、ここで実現したことになる。

ところが、この壁画は長く残らなかった。

建物の構造や湿気の問題により、絵が急速に傷んだと伝えられる。

やがて壁は覆われ、絵は見られなくなった。

習作が、残る

壁画が失われたことで、習作の価値が変わった。

もともとは、準備のための絵である。

本番のための下ごしらえにすぎない。

ところが本番が消えると、習作が唯一の記録になる。

いま私たちが《夜の飛翔》を知るのは、こうした習作を通してである。

当サイトが扱えるのも、その一点である。

しかも、取得できた画像は白黒である。

もとの色は、この図版からは分からない。

つまり二重に、情報が失われた状態で伝わっている。

何が描かれているのか

この習作の主題についても、少し書いておきたい。

題にある名は、古い時代の神話に由来する女神の名とされる。

夜を運び、朝の前に去っていく存在として語られる。

つまり《夜の飛翔》とは、夜が去っていく場面である。

女性の像が宙を進み、その下を馬が駆ける。

冒頭の浮き彫りの三頭は、この馬にあたる。

議場の壁に、なぜこの主題が選ばれたのか。

夜が去り、朝が来る。そういう含みだったのかもしれない。

もっとも、選定の経緯を記した資料は確認していない。

対になるもう一枚の壁画も、航海と発見に関わる主題だったとされる。

いずれも、大きな時間を扱う題材である。

議場という場所柄を考えれば、自然な選択ではある。

記録の連鎖

整理すると、こうなる。

まず、若い頃に馬の浮き彫りが作られた。

次に、三十年後に壁画が制作された。

その壁画は、まもなく失われた。

残ったのは、習作と、初期の浮き彫りである。

そして浮き彫りも、記録では1880年までの鋳造とされる。

つまり、いま美術館にある石膏は、後から取られたものである。

原型そのものではない可能性がある。

こうして見ると、残っているものは全部が間接的である。

本体はどこにもない。

最初の一点に戻る

もう一点、白黒の図版がある。

風景
ウィリアム・モリス・ハント《風景》1852年から53年ごろ。油彩・板紙(板に貼付)。縦31.8センチ、横49.5センチ。メトロポリタン美術館蔵。当サイトが取得できた画像は白黒である。ウィリアム・モリス・ハント《風景》メトロポリタン美術館蔵

小さな風景画である。縦31.8センチ、横49.5センチ。

中央に、細い木が数本立っている。

その根元に、二つの人影が見える。

手前は起伏のある地面で、草が生えている。

奥は明るく、地平線が見える。

空は白く、雲がかすかに描かれている。

この一枚も、色が分からない。

制作年から見て、フランス滞在中の作と考えられる。

白黒でも読めること

色が失われても、読めることはある。

まず、構図が分かる。木の位置、地平線の高さ、人物の大きさ。

次に、明暗の配分が分かる。どこが明るく、どこが暗いか。

そして、筆の動きも見える。

草の描き方、木の枝の引き方。

失われるのは、色相と彩度だけである。

もちろん、それは大きな損失である。

しかし、絵の骨格は残る。

白黒の図版をそのまま載せるのは、そういう考えによる。

九点を通して

九点を年代順に並べる。

1848年から50年ごろの浮き彫り、1852年から54年、1852年から53年ごろ。

そして1866年、1867年、1875年、1877年が二点、1878年。

三十年の幅がある。

主題は、彫刻、風俗人物、肖像、裸体、風景、壁画の習作。

かなり広い。

そして、仕上げの度合いにも幅がある。

丁寧に仕上げた肖像から、下塗りのままの風景まで。

残るものは、選べない

最後に、この画家の場合について考えたい。

彼が最も力を注いだのは、おそらく壁画だっただろう。

大きな公共の建物に、大きな主題を描く。

十九世紀の画家にとって、それは最高の仕事だった。

その仕事が、いま見られない。

代わりに残っているのは、習作と、初期の浮き彫りと、小さな風景である。

本人が残したかったものと、実際に残ったものが違う。

こういうことは、しばしば起きる。

当サイトが扱う作品の多くも、偶然の残り方をしている。

失われた本体を思いながら、残った断片を見る。

それが、いま私たちにできることである。

三頭の馬は、いまも宙を蹴っている。

壁画が消えても、この馬だけは残った。

公共の絵の、もろさ

最後に、公共の場所に描かれる絵について書いておきたい。

壁画は、動かせない。建物と一体である。

だから、建物の事情がそのまま絵の運命になる。

湿気が来れば傷み、改修があれば覆われる。

建物が壊されれば、絵も消える。

画布の絵なら、外して別の場所へ運べる。

その差は大きい。

いま各地に残る古い壁画の多くは、幸運の産物である。

失われたもののほうが、はるかに多いはずだ。

同じことは、当サイトが扱う工芸や版画にも言える。

丈夫なものが残り、もろいものが消えていく。

残った作品を見るとき、その偏りも意識しておきたい。

三頭の馬が残ったのは、石膏という材料の丈夫さのおかげでもある。

小さくて、動かせて、壊れにくい。

残るものの条件は、案外そういうところにある。

大きく作られたものほど、先に消えていく。

この皮肉は、美術の歴史のあちこちにある。

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