画家を知る

分数が、三十二分の一まで——ヘンリー・インマン

楕円の枠

この一点の枠は、楕円である。

金の細い縁で象牙を囲み、上に環を付ける。

四角い枠と楕円の枠、両方が九点の中にある。

楕円にすると、画面の隅が落ちる。

顔に目が集まり、余計なものが入らない。

赤い衣と、白い覆い

この一点の女性は、赤い衣を着ている。

その上に、白い薄物を頭から垂らしている。

薄物には細かい模様が入り、下の色が透ける。

透ける布を描くには、下の色を先に置き、上から白を薄く重ねる。

象牙の細密画で、最も手のかかる部分だろう。

同じ題が、三度

ここまでの三点は、いずれも同じ題である。

婦人の肖像、とだけ書かれている。

描かれた人の名が、残っていないということである。

細密画は、家の中で持ち歩かれる物である。

代々受け継がれるうちに、誰の肖像かが分からなくなる。

売られれば、なおさらである。

名が失われた肖像は、種類の名で呼ばれるほかない。

名を失うということ

肖像は、誰かを描いたものである。

その誰かが分からなくなれば、肖像としての意味は半分になる。

しかし、絵としては残る。

館は、名のない肖像も番号を付けて保管する。

いつか名が分かるかもしれないからである。

九点のうち四点は、その状態にある。

年で、区別する

同じ題の三点を区別するのは、年と寸法である。

1820年ごろ、1825年ごろ、1827年ごろ。

いずれも、ころ、が付く。

推定の年である。

にもかかわらず、五年刻みで書き分けられている。

衣装や髪型から、時期を絞ったのだろう。

紳士の肖像
ヘンリー・インマン《紳士の肖像》1830年から1833年ごろ。象牙に水彩。館の記録では、縦6.7センチ、横5.4センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ヘンリー・インマン《紳士の肖像》メトロポリタン美術館蔵

白黒の画像

九点のうち三点は、白黒の画像で公開されている。

象牙の細密画は、色が身上である。

肌の色、衣の色、背景の色。

それが分からないのは、惜しい。

技法の欄には水彩とあるが、何色かは書かれていない。

記録も画像も、色を伝えていない。

最も小さい一点

いま見た一点は、九点で最も小さい。

縦6.7センチ、横5.4センチ。

名刺より少し大きい程度である。

その中に、顔と肩と、背景の暈しが入っている。

襟の白と、上着の黒の対比がはっきりしている。

小さな画面では、大きな面の対比が効く。

年の幅と、ころ

この一点の年は、1830年から1833年ごろと書かれる。

範囲を書いたうえに、ころ、が付いている。

二重に留保をかけた書き方である。

九点のうち、この書き方は二点だけである。

灰色の台紙

この一点の背景は、灰色である。

これは絵の背景ではなく、撮影に使った台紙だろう。

楕円の細密画を、灰色の紙の上に置いて撮っている。

台紙の色が画像に残ると、作品の縁がはっきりする。

九点のうち、こうした撮り方は二点ある。

象牙の透け

この一点の画像では、背景が滑らかに暈されている。

象牙の白が、下から返ってきている。

濃く塗れば、象牙の白は隠れる。

薄く塗れば、白が透ける。

その加減で、明るさを作る。

紙に描く水彩と、考え方は同じである。

ただし、象牙は水を吸わない。

そのため、置いた絵具が動きやすい。

画家の弟の肖像(ジョン・インマンか)
ヘンリー・インマン《画家の弟の肖像(ジョン・インマンか)》1825年から1835年。象牙に水彩。館の記録では、額の内側で縦11.6センチ、横9.5センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ヘンリー・インマン《画家の弟の肖像(ジョン・インマンか)》メトロポリタン美術館蔵

括弧と疑問符

いま見た一点の題には、括弧と疑問符が入る。

画家の弟の肖像、とまでは分かっている。

その弟が誰かについては、名を挙げたうえで疑問符が付く。

つまり、館はこの人物を断定していない。

伝えられてきた名を書き、確かではないと示している。

疑問符の重さ

疑問符を付けるかどうかは、記録の姿勢を表す。

付けなければ、断定したことになる。

後で違うと分かれば、記録を直さなければならない。

付けておけば、その手間はない。

そして、読む側は確かさの度合いを知ることができる。

もう一つの、額の内側

この一点の寸法にも、額の内側という語が付く。

九点の中で、この一点だけである。

つまり、象牙そのものではなく、枠から見える範囲を測っている。

枠から外さずに測ったのだろう。

同じ五点の象牙でも、測る基準が二通りある。

画像が、写真の枠ごと写る

この一点の画像には、妙なものが写っている。

画面の周りに黒い縁があり、細かい印が並ぶ。

上のほうには、文字らしいものが左右逆に見える。

これは、写真の原板をそのまま画像にしたものだろう。

原板の縁と、そこに書かれた文字が、一緒に写っている。

作品を撮った写真ではなく、写真そのものが画像になっている。

なぜ、こうなるのか

古い所蔵品の画像は、原板から作られることが多い。

原板を読み取るとき、縁まで一緒に取り込むことがある。

その状態で公開されれば、縁も見える。

作品の一部ではないので、見る側は読み飛ばすことになる。

九点のうち、こうした画像はこの一点だけである。

アルバート・ブリッジズ夫人
ヘンリー・インマン《アルバート・ブリッジズ夫人》1840年から1842年。白みがかった厚紙に水彩。館の記録では、縦19.1センチ、横15.9センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ヘンリー・インマン《アルバート・ブリッジズ夫人》メトロポリタン美術館蔵

弟という関係

題によれば、描かれたのは画家の弟である。

身内を描いた絵は、注文で描く肖像とは性格が違う。

売るためではないので、手元に残りやすい。

そして、名が伝わりやすい。

にもかかわらず、この一点では名に疑問符が付く。

伝わり方は、確かではなかったということである。

厚紙という下地

いま見た一点の下地は、象牙ではない。

白みがかった厚紙、と記録される。

紙を重ねて厚く仕上げた、表面の滑らかな板紙である。

象牙より安く、大きく取れる。

寸法も、象牙の五点より大きい。

縦19.1センチ。二倍以上である。