美術史・技法

文字は、どこに書かれるか——マゾリーノとロットの銘記

二人の天使と寄進者を伴う聖ウルスラ
ベノッツォ・ゴッツォリ《二人の天使と寄進者を伴う聖ウルスラ》1455年から1460年ごろ。板にテンペラ。館の記録では、縦44.5センチ、横28.5センチとされる。番号は1939.1.265。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ベノッツォ・ゴッツォリ《二人の天使と寄進者を伴う聖ウルスラ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

縦長の小さな板である。

中央に、聖人が全身で立つ。

緑の衣に、赤い外套を重ねる。

右手に細い旗竿を持ち、上へ伸ばす。

左手には、赤い布のようなものを持つ。

背後は暗い青地で、金の草花文が散る。

上の左右に、翼のある人物が一人ずつ。

いずれも緑と赤の衣をまとう。

三人とも、後光に文字が書かれる。

聖人の後光の文字は、綴りが直されている。

右下には、灰色の衣の人物が小さく跪く。

その下にも、部分的に読める文字がある。

修道女の名だと考えられている。

玉座の聖母子
ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ《玉座の聖母子》1420年ごろ。ポプラ板にテンペラ。館の記録では、縦95.7センチ、横56.5センチとされる。番号は1939.1.255。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ《玉座の聖母子》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

上部が尖った板である。

金地の前に、聖母が座る。

濃い赤の外套が、膝から床へ大きく広がる。

外套の縁には、金の文様が帯状に入る。

その帯に、文字が織り込まれている。

天使の挨拶の言葉である。

襟の中央にも、別の語が入る。

母、という意味の語だと記録される。

膝の上の子は、青い衣をまとう。

手を上げ、指を二本立てる。

聖母の顔は小さく、目は伏せられる。

後光は金地の中に、線で描かれる。

文字が装飾の一部として使われている。

銘記のない絵

念のために書いておくと、銘記の欄が空の作品も多い。

館の公開データを見ると、この欄が埋まっているのは一部である。

未使用の作品で数えると、千九百点あまりのうち九百点弱にとどまる。

半分に満たない。

つまり、絵の中に文字がある作品のほうが少ない。

文字が入るのは、宗教画と、一部の肖像画に多い。

風景画や静物画には、署名以外の文字がまず入らない。

九点が宗教画に偏っているのは、そのためである。

主題によって、文字の入りやすさが変わる。

銘記の欄の有無は、その作品の種類をも示している。

欄が空であることにも、情報がある。

いまは、そこにない銘記

九点のうち一点の欄は、こう始まる。

かつて裏に記されていた、と。

いまは残っていないという意味である。

裏張りをしたか、板を薄くしたか。

理由は書かれていない。

しかし文の内容は、詳しく写されている。

描かれた人の名、その地位、年齢が日まで。

そして画家の名と、1505年7月1日という日付。

これだけの情報が、いまは失われている。

記録がなければ、すべて消えていた。

過去の誰かが写しておいたから、いまも読める。

徳と悪徳の寓意
ロレンツォ・ロット《徳と悪徳の寓意》1505年。板に油彩。館の記録では、縦56.5センチ、横42.2センチとされる。かつて裏面に銘記があった。番号は1939.1.156。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ロレンツォ・ロット《徳と悪徳の寓意》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

小さな板である。

画面は、太い樹によって左右に分かれる。

左は明るく、丘と空が開ける。

空には光が差し、雲が金色に光る。

その下に、裸の子どもが立つ。

道具を手にし、遊ぶ姿勢である。

右は暗く、嵐の空になる。

崩れた木の枝が、鋭く突き出る。

その下に、人物が横たわる。

近くに器がひっくり返り、中身がこぼれる。

左右の対比が、そのまま題の対比になる。

裏に書かれていた文は、この絵が誰のために描かれたかを示す。

いまは失われ、記録の中にだけ残る。

名を、絵の中で明かす

もう一点、名が絵の中に書かれた例がある。

折りたたまれた紙に、宛名が書かれている。

そこに、描かれた人の名と出身地が記される。

肖像画では、誰を描いたのかが最大の情報である。

その情報が、絵の中の小道具に埋め込まれている。

手紙を持たせるという構図は、当時よく使われた。

読める大きさで名を書けば、後の人にも伝わる。

実際、四百年後の記録が、その文字を写している。

絵の中の一枚の紙が、題の欄を支えている。

クインティリア・フィスキエーリ
フェデリコ・バロッチ《クインティリア・フィスキエーリ》おそらく1600年ごろ。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦123.8センチ、横95.3センチとされる。番号は1939.1.165。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。フェデリコ・バロッチ《クインティリア・フィスキエーリ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

女性が立ち、こちらを見る。

首には白い襞襟が回る。

衣は青緑で、前面に金の帯が縦に走る。

袖は褐色で、細かい模様が入る。

胸には赤い飾りが留まる。

右手には、開いた本を持つ。

左手には、白い布を握る。

右下には、机がある。

赤い布が掛かり、その上に本が積まれる。

積まれた本の上に、折りたたまれた紙が置かれる。

紙には細かい文字が書かれている。

宛名の形式で、名と地名が読める。

背景は暗く、左に緑の幕が垂れる。

楽譜の文字と、額の重さ

九点のうち一点は、銘記が楽譜に書かれている。

天使が手に持つ紙である。

そこに、歌の文句が記される。

しかも、二人の天使が別々の紙を持つ。

一方には歌い出しの語、他方には声部の名が書かれる。

つまり、二人が別のパートを歌っている。

絵の中で、合唱が成立している。

この一点の寸法の欄には、もう一つ珍しい記載がある。

額装した状態の重さ、92.987キロ。

小数点以下三桁まで書かれている。

大きな板絵なので、掛けるときに重さが問題になる。

天の女王マリア
聖ルチア伝説の画家《天の女王マリア》1485年から1500年ごろ。板に油彩。館の記録では、画面が縦199.2センチ、横161.8センチとされる。額装時の重さは92.987キロと記録される。番号は1952.2.13。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。聖ルチア伝説の画家《天の女王マリア》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

大きな板の中央に、聖母が立つ。

赤と青の衣をまとい、手を合わせる。

その周囲を、天使が幾重にも取り囲む。

数えると、数十人になる。

いずれも楽器を持つか、歌う姿勢をとる。

竪琴、笛、太鼓、そして手にした紙。

衣の色は赤、青、緑、白が入り混じる。

天使たちは雲の上に乗る。

雲は白く、下に景色が見える。

小さな街と、川と、丘。

上部には、光が広がる。

画面の密度が高く、隙間がない。

音を絵にしようとした画面である。