美術史・技法

文字は、どこに書かれるか——マゾリーノとロットの銘記

台座、祈祷書、手紙、衣の縁、後光、楽譜、卓布。絵の中の文字を、館の記録は位置とともに写す。修復で直された綴りや、いまは失われた裏の一行まで残る。銘記の欄が何を守っているのかを、九点から読みたい。読めた字と補った字は、括弧で書き分けられる。

クラウディア・クインタ
ネロッチョ・デ・ランディ《クラウディア・クインタ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

文字は、どこに書かれるか

絵の中に文字があると、記録はそれを写す。

銘記の欄である。

九点の銘記の欄を並べると、書かれている場所がばらばらだ。

台座の銘板。

開かれた祈祷書の頁。

折られた手紙の表。

衣の襟と、裾の縁。

後光の周り。

楽譜の紙面。

卓を覆う布の縁。

上着の縁。

絵の中のあらゆる場所に、文字が入りうる。

館の記録は、その位置を必ず添える。

何が書かれているかだけでなく、どこに書かれているかも記す。

位置を書く理由

位置が要るのは、文字の性格が場所で変わるからだ。

台座に彫られた文字は、絵の外側からの説明である。

祈祷書の文字は、絵の中の人物が読んでいる言葉だ。

手紙の宛名は、その人が誰かを示す。

衣の縁の文字は、装飾でもあり、意味でもある。

後光の文字は、その人物の名を示す。

同じ「文字」でも、役割がまるで違う。

位置を書かなければ、その違いが伝わらない。

だから記録は、まず場所を書き、次に内容を書く。

クラウディア・クインタ
ネロッチョ・デ・ランディ《クラウディア・クインタ》1490年から1495年ごろ。ポプラ板にテンペラ。館の記録では、縦105センチ、横46センチとされる。番号は1937.1.12。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ネロッチョ・デ・ランディ《クラウディア・クインタ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

縦長の板に、女性が全身で立つ。

台座の上に立ち、こちらを向く。

衣は淡い赤で、床まで届く。

袖は暗い色で、腕にぴったり沿う。

髪は長く、肩から胸へ垂れる。

両手を前に出し、細い紐のようなものを持つ。

背後の左には、城壁と塔が見える。

右には、川と船と人々が描かれる。

台座の正面には、銘板がはめ込まれる。

そこに四行の文字が刻まれている。

自分は貞淑であったが人は信じなかった、という趣旨の詩である。

船の舳先がその証しとなった、と続く。

背後の川と船が、その物語に対応している。

文字と絵が、同じ話を二通りで語る。

括弧で、欠けた字を補う

銘記の欄には、しばしば角括弧が現れる。

読めない字や、失われた字を補うための記号だ。

九点のうち六点に、この括弧がある。

たとえば、天使の言葉を記した文がそうである。

摩耗した部分が括弧に入る。

括弧の外は、実際に読める字。

括弧の中は、文脈から補った字。

この区別は重要である。

括弧がなければ、全部が読めたことになってしまう。

読めた字と補った字を分けるのは、記録の基本である。

受胎告知
マゾリーノ・ダ・パニカーレ《受胎告知》1423年から1424年ごろ。板にテンペラ。おそらく油の艶出しを併用。館の記録では、縦148.8センチ、横115.1センチとされる。番号は1937.1.16。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。マゾリーノ・ダ・パニカーレ《受胎告知》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

建物の内部が描かれる。

天井は格子状で、赤と青の色が入る。

太い柱が中央に立ち、画面を左右に分ける。

左に、翼のある人物が跪く。

金と赤の衣が、床に大きく広がる。

翼には、目のような文様が並ぶ。

右に、青い衣の聖母が座る。

手には開いた本を持つ。

顔は下を向き、本を読む姿勢である。

背後には、木の扉と壁がある。

床は幾何学の模様で埋められる。

聖母の本の頁に、文字が書かれている。

預言者の言葉である。

記録では、そのうち読めない部分が括弧に入る。

同じ文が、二度出てくる

九点のうち二点には、同じ聖書の一節が書かれている。

処女が身ごもり、子を産む、という預言の言葉だ。

どちらも同じ画家の作である。

一方は大きな受胎告知の場面、他方は聖母だけの半身像。

同じ画家が、同じ場面の同じ本に、同じ文を書いた。

これは偶然ではない。

主題が決まれば、書くべき文も決まる。

聖母が読んでいる本には、その一節を書く。

そういう約束が、当時の絵画にはあった。

見る人は、文字を読まなくても内容を推し量れる。

読める人は、細部まで確かめられる。

二重の作りになっている。

館の記録は、二点の欄に同じ文を二度書く。

同じだから省く、ということはしない。

省けば、片方だけを見た人に伝わらない。

「原文のまま」と書き添える

九点のうち一点には、変わった注記がある。

銘記を写したあとに、原文のまま、という語が挟まれる。

つまり、そこに書き間違いがある。

館は、それを直さずに写す。

直せば、絵の上の文字と記録が食い違ってしまう。

かといって、黙って写せば、記録の誤字に見える。

だから、原文のままだと明示する。

一語を足すだけで、誤字が意図的な引用になる。

この工夫は、あらゆる引用に共通するものだ。

美術館の記録も、その作法を守っている。

受胎告知の聖母
マゾリーノ・ダ・パニカーレ《受胎告知の聖母》1430年ごろ。板に、おそらくテンペラ。館の記録では、縦76センチ、横57センチとされる。番号は1939.1.226。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。マゾリーノ・ダ・パニカーレ《受胎告知の聖母》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

縦長の画面に、聖母が半身で立つ。

青い外套が頭から肩へ掛かり、金の縁が入る。

その下に赤い衣が見える。

両手を胸の前で交差させる。

顔はやや下を向き、目は伏せられる。

後光は金色で、細かい打ち出しの文様が入る。

背後の右には、黒地に金の文様の布が垂れる。

左には、赤い柱と壁がある。

下部の左に、開かれた本が置かれる。

本の頁に、細かい文字が並ぶ。

先の一点と同じ、預言者の言葉である。

同じ画家が、同じ文を二度書いている。

記録には、写しの中に書き間違いがあることが示される。

修復で、直されてしまった文字

もう一点、興味深い注記がある。

後光に記された聖人の名についてである。

館の記録は、こう書く。

もとの銘記は別の綴りだったが、初期の修復で誤って直された、と。

つまり、いま見える文字は、後の人が書き換えたものだ。

しかも、その書き換えが誤りだったという。

もとの綴りが何であったかも、記録には書かれている。

修復の跡を、記録が保存している。

絵の表面は上書きされたが、記録は上書きされていない。

こういう注記があるおかげで、変更の履歴が追える。