板から、カンヴァスへ移す——ラファエロ《アルバの聖母》ほか
技法の欄には、材料だけでなく処置まで書かれる。板から剥がした絵具の層を、布に貼り直す。九点の欄には、その書き方が五通りある。短い一語が、絵の物としての履歴をどう運んでいるのかを読みたい。円形の板を布へ移した一点も含まれる。

技法の欄に、処置が書かれる
板に油彩、カンヴァスへ移された。
これは、技法の欄に実際に書かれている一文である。
材料だけでなく、その後の処置まで記されている。
もとは板に描かれた。
その絵具の層を板から剥がし、布に貼り直した。
支持体を入れ替える処置である。
九点の技法の欄は、いずれもこの形をとる。
そして、書き方が九点で五通りに分かれる。
カンヴァスへ移された。
板から移された。
カンヴァスへ移し、板に貼った。
カンヴァスと固い支持体へ移された。
合板へ、板から移された。
なぜ、支持体を替えるのか
板絵は、時間が経つと反る。
木は湿気を吸って伸び、乾いて縮む。
その動きで、絵具の層に割れが入る。
虫が入ることもある。
十九世紀には、こうした板を救う方法として移し替えが行われた。
板を裏から削り、絵具の層だけを残す。
そこに布を貼り、新しい支持体にする。
こうすれば、木の動きから絵具を切り離せる。
いまでは、あまり行われない処置である。
危険が大きく、失われるものも多いからだ。
しかし、その時代には最善と考えられていた。

円形の画面である。直径は94.5センチ。
中央に、聖母が地面に座る。
青い衣が膝から下へ広がる。
上半身は赤い衣で、袖が金色に光る。
膝の上に、裸の幼な子が座る。
その左に、もう一人の幼な子が跪く。
跪く子は、細い十字を差し出す。
三人の視線は、その十字に集まる。
聖母の左手には、開いた本がある。
背後には、緑の草地と低い丘が広がる。
遠くに小さな建物と、青い山が見える。
空は淡い青で、雲が薄い。
円形の中に、三角形の構図が収まる。

この一点の技法の欄は、他と違う。
板から移された、とだけ書かれる。
移した先が板であることは、冒頭に書かれている。
つまり、板から別の板へ移されたことになる。
画面には、聖母が半身で描かれる。
濃い青の外套が、頭から肩へ掛かる。
その下に、赤と金の織物の衣が見える。
膝の上の子は、母の首に手を回す。
子の顔は、母の頬に寄せられる。
母は正面をやや外し、目を伏せる。
背後の左には、緑の草地と空が広がる。
右は暗く、布らしい形がある。
手前には、緑の布を掛けた台がある。
板から板へ、という一点
九点のうち一点は、移し先が板である。
板に描かれたものを、別の板へ移した。
なぜ布ではなく板を選んだのかは、書かれていない。
考えられるのは、絵具の層の性質である。
薄く硬い層なら、布より板のほうが支えやすい。
あるいは、額に収めるときの都合かもしれない。
板なら、厚みが安定する。
いずれにせよ、選択が行われている。
同じ問題に対して、いつも同じ答えが選ばれるわけではない。
九点の五通りの書き方は、その選択の幅を示している。
館の記録は、選択の結果だけを書く。
理由は、別の記録の側にある。
五通りの書き方
九点の技法の欄を、書き方で分けてみる。
カンヴァスへ移された、が五点。
板から移された、が一点。
カンヴァスへ移し、さらに板に貼った、が一点。
カンヴァスと固い支持体へ移された、が一点。
合板へ、板から移された、が一点。
つまり、移し先が四通りある。
カンヴァス、板、合板、そして固い支持体。
時代によって、使える材料が違ったのだろう。
合板は、比較的新しい材料である。
移し替えが行われた時期の手がかりにもなる。
館の記録は、移し替えの年を書かない。
書くのは、結果として何になっているかだけである。

技法の欄が、三段階になっている一点である。
板に描かれ、カンヴァスへ移され、また板に貼られた。
支持体が、板から布へ、布から板へと動いた。
画面には、年配の男が半身で描かれる。
体は左を向き、顔もその向きに近い。
頭には、暗い色の縁のある帽をかぶる。
顔は険しく、口が固く結ばれる。
目は前を見る。眉は下がる。
衣は金色の織物で、大きな文様が入る。
文様は花のような形が繰り返される。
背景は黒に近く、平らである。
金の衣と黒い地の対比が強い。

若い男が、半身で描かれる。
体は正面を向き、顔もこちらを向く。
頭には、赤い小さな帽をのせる。
髪は褐色で、肩まで垂れる。
衣は鮮やかな赤で、前に釦が並ぶ。
袖は詰まっており、手首で終わる。
両手を、手前の縁の上に置く。
指は細く、力が入っていない。
背後の左には、建物と木が見える。
右には、青い山と空が広がる。
窓の外の景色のように配置される。
作者の欄には、二人の名が「または」で並ぶ。
兄弟のどちらかとされている。
円形の板を、布へ移す
九点のうち一点は、円形である。
円形の板を、円形の布へ移したことになる。
四角い画面より、難しい作業だっただろう。
縁の処理が、四方すべてで曲線になる。
寸法の欄には、直径だけが書かれる。
縦と横がないのは、円だからである。
額装時の欄にも、直径と厚みが書かれる。
形が変われば、書く項目も変わる。
盾の形の絵と、同じ考え方だ。
寸法の欄は、形を再現できるだけの情報を書く。