金地から、顔へ——ジョヴァンニ・ディ・パオロ、クリヴェッリ、ルイーニ、ロット
天上の場面
三点目も、同じ画家の作である。

緑の草地に、大勢の人物が立っている。
いずれも、色鮮やかな衣を着ている。
赤、青、緑、白、金。
人物は互いに手を取り、抱き合っている。
背後には、木々が茂っている。
金色の細かい葉が、画面の上部を埋めている。
つまり、これは天上の庭を描いた絵である。
地上の風景に似ているが、木の葉が金色である。
移された板
記録には、重要なことが書かれている。
この作は、もともと板に描かれていた。
それが、画布へ移されている。
板絵の絵具の層を剥がし、別の支持体に貼り替える。
十九世紀までの西洋で、しばしば行われた処置である。
板が割れたり、虫に食われたりした場合に行われる。
現在では、あまり行われない。
処置そのものが作品を傷めるからである。
つまりこの一点は、二度の変化を経ている。
制作されたときの姿と、いまの姿は同じではない。
保存という手当て
こうした記録は、絵を見るうえで大切である。
美術館の記録には、しばしば処置の履歴が載る。
移し替え、洗浄、補彩、額の交換。
いま見ているのは、その積み重ねの結果である。
当サイトでも、記録にある範囲は明記するようにしている。
ただし、詳しい修復の記録までは扱っていない。
そこは、所蔵館の資料に当たっていただくのがよい。
玉座の聖母
四点目からは、画家が変わる。

縦長の画面である。縦98.4センチ、横43.8センチ。
中央に、女性が座っている。
玉座には、金色の細かい装飾が施されている。
その膝に、裸の幼児が座る。
女性は青い外衣を頭からかぶっている。
その下は、緑と金の衣である。
背景は金地で、上部にアーチの形がある。
頭の周りには、円い光の輪が描かれる。
その輪の中に、細かい模様が刻まれている。
金の上に、模様を刻む
金地には、道具で模様を打つ技法がある。
刻印を当て、槌で叩いて凹みを作る。
その凹みが光を散らし、模様として見える。
平らな金の面に、変化が生まれる。
この絵の光輪や、玉座の装飾にも、その技法が使われている。
つまり、金地は単なる背景ではない。
それ自体が細工の対象である。
近くで見ると、無数の小さな凹みが並んでいるはずである。
聖人の立像
五点目は、同じ年の作である。

細長い画面である。縦97.2センチ、横32.4センチ。
一人の人物が、正面を向いて立っている。
白い衣の上に、黒い外套を羽織っている。
右手に、百合のような白い花を持つ。
左手には、赤い装丁の本を抱えている。
顔は青白く、目を伏せている。
背景は金地で、頭の上に光の輪がある。
足元は、灰色の床である。
同じ年の、二点
四点目と五点目は、同じ1472年の作である。
寸法も近い。縦98.4センチと97.2センチ。
つまり、同じ祭壇画の部品だった可能性が高い。
中央に聖母子、その脇に聖人を並べる。
これは、当時の祭壇画の標準的な構成である。
一点目の《聖人たちのいる聖母子》も、同じ形式だった。
あちらは五つの区画が一枚の板に収まっている。
こちらは、区画ごとに板が分かれている。
どちらの作り方も、当時行われた。
死者を抱く
六点目は、主題が重い。

石の台の上に、男の体が横たわる。
上半身が起こされ、頭が右に傾いている。
その体を、左から女性が支えている。
青い衣の女性である。頬を寄せている。
右にも、赤みがかった髪の女性がいる。
手を差し伸べ、男の手に触れている。
奥にも、頭を抱えた人物が見える。
背景は金地で、上部が弧を描いている。
その弧に沿って、金の装飾が施されている。
顔の描写
この一点で目を引くのは、表情である。
支える女性の顔は、目を閉じ、口を結んでいる。
右の女性は、口を開き、顔を歪めている。
奥の人物は、両手で頭を抱えている。
つまり、三人がそれぞれ違う反応を示している。
金地の絵でありながら、感情が具体的に描かれている。
図像の型を守りつつ、その中で表情を追求している。
手の描写
もう一つ、手にも注目したい。
横たわる男の手は、力が抜けて垂れている。
指が開き、関節が曲がっている。
支える女性の手は、しっかり体をつかんでいる。
生きている手と、そうでない手が描き分けられている。
小さな部分だが、この絵の要点はここにあると思う。
石の台と、果物
この絵の下部にも、細部がある。
石の台の前面に、装飾らしき模様が見える。
大理石の斑や、彫られた線である。
また、台の縁に果物が置かれた作例も知られている。
この画家は、しばしば画面に果物や野菜を描き込んだ。
林檎、胡瓜、桃。
宗教画の中に、実在の食べ物が入り込む。
その質感の描写が、この画家の見どころの一つである。
金地の平面性と、果物の立体感。
その落差が、独特の緊張を生んでいる。
板の形
この一点の上部は、弧を描いている。
四角い板ではなく、上が丸い形である。
祭壇画の部品には、こうした形がよくある。
置かれる場所の枠に合わせて、板が切られる。
つまり、絵の形は建築が決めている。
いま美術館の壁に掛かっていると、その事情は見えにくい。
しかし、上部の弧は、もとの場所の記憶である。
同じことは、当サイトで扱った他の板絵にも言える。
形の理由を、置かれた場所から考えると、見え方が変わる。