美術史・技法

金地から、顔へ——ジョヴァンニ・ディ・パオロ、クリヴェッリ、ルイーニ、ロット

風景の中の聖母

七点目から、背景が変わる。

カーネーションの聖母
ベルナルディーノ・ルイーニ《カーネーションの聖母》1515年ごろ。油彩・板。縦43.8センチ、横40.3センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ベルナルディーノ・ルイーニ《カーネーションの聖母》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

女性が、幼児を膝に抱えている。

女性は青い頭巾をかぶり、赤と橙の衣を着ている。

顔は伏せられ、幼児のほうを向いている。

幼児は白い服を着て、右手に花を持っている。

赤いカーネーションらしき花である。

背景は暗い。しかし、金地ではない。

左下に、緑の草地と水面らしきものが見える。

つまり、屋外である。

金が、消えた

先ほどまでの絵と比べると、変化は明らかである。

背景に金がない。

代わりに、暗い空間と、風景の断片がある。

技法も違う。テンペラではなく、油彩である。

そして、輪郭がぼやけている。

顔の陰影が、なめらかに移り変わる。

金地の絵の、はっきりした輪郭とは対照的である。

制作は1515年ごろ。

先ほどのクリヴェッリの作から、四十年ほど後である。

その間に、絵の作り方が変わった。

油彩という技法

油を使う絵具は、北方から伝わったと説明される。

乾きが遅く、混ぜたり、ぼかしたりできる。

そのため、輪郭を溶かす描き方が可能になる。

顔の丸みを、影の連続で表せる。

線ではなく、面で形を作る方法である。

この転換は、絵の見え方を根本から変えた。

当サイトでも
ボッティチェッリの線で、
その前の段階を扱っている。

線で描く時代から、面で描く時代へ。

九点は、その移行をまたいでいる。

森の中の場面

八点目は、風景が主役に近い。

貞節の寓意
ロレンツォ・ロット《貞節の寓意》1505年ごろ。油彩・板。縦42.9センチ、横33.7センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ロレンツォ・ロット《貞節の寓意》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

森である。左右に、高い木が立ち並ぶ。

その幹は細く、上のほうで葉を広げている。

木の間から、青い空が見える。

奥には、山の稜線と、明るい地平線がある。

手前の草地に、白い衣の女性が横たわっている。

その右に、小さな人物が数人いる。

上空には、飛んでいる人物の姿も見える。

画面の大半は、木と空である。

寓意という主題

題にある「寓意」とは、抽象的な観念を人物で表す方法である。

美徳や悪徳を、人の姿で描く。

見る人は、持ち物や姿勢からその意味を読む。

十六世紀のイタリアでは、こうした絵が数多く作られた。

もっとも、細かい図像の意味は、いまでは読み取りにくい。

同時代の人には通じた記号が、いまは分からない。

この一点についても、当方は詳しい解釈を持たない。

分かるのは、風景の扱いである。

風景が、大きくなる

この絵で注目したいのは、風景の面積である。

人物は小さく、画面の下部にいる。

その上に、木と空が広がっている。

つまり、風景が主役になりかけている。

金地の絵では、背景は存在しなかった。

そこから、風景が背景として入り、やがて主役に近づく。

この百年の変化を、九点は示している。

生きた人の顔

最後の一点である。

ヴィチェンツァのグレゴリオ・ベロ修道士
ロレンツォ・ロット《ヴィチェンツァのグレゴリオ・ベロ修道士》1547年。油彩・画布。縦87.3センチ、横71.1センチ。メトロポリタン美術館蔵。ロレンツォ・ロット《ヴィチェンツァのグレゴリオ・ベロ修道士》メトロポリタン美術館蔵

暗い画面である。

中央に、男性が座っている。

褐色の修道服を着て、頭巾を後ろに垂らしている。

右手を胸に当て、左手で本を開いている。

顔は横を向き、目を伏せている。

髭が伸び、頬がこけている。

背景の左上に、小さな場面が描かれている。

十字架と、その周りの人物である。

右奥には、暗い風景が見える。

個人の顔

これは、明らかに特定の個人の肖像である。

題に、名前が記されている。

顔の造作も、理想化されていない。

皺、頬のこけ、髭の乱れ。

そのまま描かれている。

金地の絵の聖人たちとは、まったく違う。

あちらは、誰であるかを示す記号だった。

こちらは、この人がどういう顔をしていたかの記録である。

制作は1547年。九点で最も新しい。

記号から、記録へ

九点を通した変化を、まとめておきたい。

1435年ごろ、金地に遠近法が入り始める。

1454年、金地の上に聖人が並ぶ。

1472年と1476年、金地の中で表情が追求される。

1505年ごろ、風景が画面の大半を占める。

1515年ごろ、油彩で顔がなめらかになる。

1547年、個人の顔が記録される。

金から、風景へ。記号から、個人へ。

その百年余りの道筋が、九点に収まっている。

金が消えたことの意味

最後に、一つ書いておきたい。

金地が消えたことは、進歩とは限らない。

金地には、金地にしかできないことがあった。

暗い教会で光を返し、地上でない場所を示す。

風景を描けば、その場面は地上の出来事になる。

つまり、失われたものもある。

九点を並べると、そのことがよく分かる。

クリヴェッリの《ピエタ》の金地は、いまも強い。

その前で、人物の悲しみが際立って見える。

風景の中に置いたら、この強さは出ないだろう。

技法の選択には、必ず得失がある。

新しいほうが優れているとは限らない。

並べて見るということ

最後に、この記事の作り方について書いておきたい。

九点は、四人の画家の作である。

本来なら、一人ずつ独立した記事にすべきかもしれない。

それをあえて並べたのは、変化を見せるためである。

一点ずつ見ていては、変化は見えない。

金地の絵を見て「古い」と思い、油彩の絵を見て「新しい」と思う。

その間に何が起きたかは、並べないと分からない。

年代順に置けば、線が引ける。

もちろん、九点で百年を語るのは乱暴である。

抜けている段階も、例外も多い。

それでも、順に見ていく価値はあると考えている。

美術館では、たいてい年代順に部屋が並んでいる。

その順路を、九点で圧縮したものだと思ってほしい。

一枚ずつ立ち止まりながら、百年を歩いてみる。

最初の部屋は金色で、最後の部屋は暗い褐色である。

その落差だけでも、見る価値はあると思う。

同じ「板に描かれた絵」でありながら、
これほど違うものになるという事実が面白い。

材料は同じでも、求められるものが変われば絵は変わる。

そして、変わったあとも古い形式は完全には消えない。

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