鳥の名前が書いてある——鍬形蕙斎の画帖
鍬形蕙斎の鳥の画帖には、一図ごとに名前が書かれている。名前が入ると、絵は鑑賞の対象から情報に変わる。図譜の作法と、めでたい取り合わせの混在。一枚ずつ売られて崩れた組を、九点で読み直す。名前が絵を情報に変える瞬間を見ておきたい。

鳥の絵に、名前が書いてある
一枚の版画から始めたい。

横長の紙である。縦25.4センチ、横37.8センチ。
中央に鳥が二羽いる。
手前の一羽は大きく、長い尾を右へ伸ばしている。
尾の長さは、体の二倍近い。羽には細かい鱗のような模様が並ぶ。
首から胸は黒く、頭に短い冠羽が立つ。
その左に、もう一羽の小さな個体がいる。褐色で、尾は短い。
背後に岩と、白い花をつけた枝。地面は薄い墨で示されている。
画面の左上に、漢字が二文字ある。「白鷴」と読める。
雉の一種を指す中国語の名である。
この二文字が、本稿の主題になる。
もう一つ、画面の外側にも目を向けたい。
公開されている画像には、紙の下に灰色の階段状の帯が写っている。
撮影用の濃度標である。記録として撮った写真がそのまま公開されている。
その横に、手書きの文字が読める。画家の名を英語で記した古い札である。
作品の一部ではないが、この一枚がどう扱われてきたかを示している。
美術館に入り、番号を付けられ、撮影され、公開された。その履歴の痕跡である。
名前が入ると、絵の役目が変わる
鳥の絵に名前が書き添えられている。
これだけで、絵の性格が変わる。
名前のない鳥の絵は、季節や吉兆を示す装飾として働く。
名前のある鳥の絵は、種類を示す情報になる。
前者は掛軸や屏風に向き、後者は本のページに向く。
同じ絵でも、名前があるかどうかで置き場所が変わる。
床の間に飾る絵に、種名を書き込む人はいない。
逆に、図鑑の図版に名前が無ければ役に立たない。
文字が一つ入るだけで、絵の使い道が決まってしまう。
つまりこの一枚は、鑑賞のための絵と、図鑑の図版の中間にある。
江戸時代の後半、こうした本が次々に作られた。
草木、魚、貝、虫、鳥。対象を並べて名前を付ける本である。
背景には、薬や食物としての実用の関心があった。
同時に、珍しいものを集めて眺める趣味の広がりもあった。
本草の学問と、物好きの収集が、同じ本の中で重なっている。
美術と博物の区別は、当時それほど明確ではなかった。
見る側の楽しみも二重だった。
珍しい鳥を知る楽しみと、絵として眺める楽しみである。
図譜はその両方を売る商品だった。
現代の写真集や図鑑にも、同じ二重性が残っている。
同じ寸法の図が、七点並んでいる
当サイトには、この絵師の鳥の図が七点公開されている。
制作年はすべて1789年。寸法もすべて25.4×37.8センチで揃っている。
所蔵館の受け入れ記録も同じ年(1918年)である。
つまり、もともと一組だったものが、そのまま美術館に入ったと考えられる。
画像をよく見ると、紙の中央に折り目のある図がある。
冊子に綴じられていた紙を開いた跡である。
これらはおそらく、一冊の鳥の図譜の頁だった。
ただし所蔵館の記録に、叢書名や書名は記されていない。
だから「図譜の一部と考えられる」までにとどめておきたい。
描いたのは、版画から出発した絵師
鍬形蕙斎(くわがた・けいさい)は1764年に生まれ、1824年に没した。
初めは北尾政美(きたお・まさよし)として版画を手がけた。
役者絵、美人画、子どもの絵、物語絵。町の版画の仕事を広く引き受けている。
のちに大名家に絵師として仕えたと伝えられる。
版画の絵師から、武家の絵師へ移った経歴である。
図譜のような仕事を手がけたのは、その移行期にあたる。
当サイトでは、この絵師の作品を15点公開している。
うち七点が鳥の図で、残りは祭りの絵、物語絵、人物の絵である。
一人の絵師の中に、二つの仕事が並んでいることになる。
町の版画と、記録のための図版。買う人も、使い方も違う。
同じ手が両方を作れたのは、木版という技術が共通していたからである。

同じ組のもう一枚を見ておきたい。
太い枝が左下から右上へ伸びている。表面に苔のような点が打たれている。
その枝に、鳥が一羽止まっている。背は淡い褐色、腹に斑点が並ぶ。
顔は下を向き、嘴を開いている。
枝の下に椿の花が三つ。赤と桃色で、中心に黄色い蕊が見える。
葉は濃い緑で、縁の鋸歯まで描かれている。
左に名前の二文字が入る。
椿は日本の花である。前の一枚の竹とは、風土が違う。
図譜の中で、外来の鳥と日本の植物が組み合わされていることになる。
正確さを目指した本なら、この組み合わせは起きない。
ここに、この本の性格がよく出ている。
問い——図譜と絵は、どこで分かれるのか
ここから本稿の問いに入りたい。
図譜と絵は、何が違うのか。
描く技術は同じである。同じ絵師が、同じ木版で作っている。
違うのは、目的と、そこから決まる作法である。
姿勢、背景、名前、そして一枚に何を入れるか。
以下、七点の図を並べながら確かめていきたい。
先に結論を書いておく。
この図譜は、情報の作法と装飾の作法を両方使っている。
どちらか一方に決めていないことが、かえって面白い。
図譜は、比べるために作られている
図譜の使い方も考えておきたい。
一枚ずつ眺めるための本ではない。頁をめくって比べるための本である。
同じ寸法、同じ配置、同じ姿勢。揃えてあるから差が見える。
嘴の長さ、尾の比率、羽の斑の並び。比較の作業がしやすい。
美術の絵は、一点ごとに違う構図を目指す。
図譜の絵は、逆に構図を揃えることを目指す。
作法が正反対である点を、押さえておきたい。