画家を知る

ハチドリと、湿地——マーティン・ジョンソン・ヒード

ヒードは熱帯の花と鳥を精密に描き、同じ時期に湿地の草を描いた。無関係に見える二つの主題は、どちらも空気と光を扱っている。額込みの寸法まで含めて、九点で読み直す。図版集という未完の計画についても触れておきたい。

ハチドリとトケイソウ
マーティン・ジョンソン・ヒード《ハチドリとトケイソウ》メトロポリタン美術館蔵

赤い花に、小さな鳥がいる

一枚の絵から始めたい。

ハチドリとトケイソウ
マーティン・ジョンソン・ヒード《ハチドリとトケイソウ》1875〜1885年ごろ。油彩・画布。縦50.8センチ、横30.5センチ。メトロポリタン美術館蔵。マーティン・ジョンソン・ヒード《ハチドリとトケイソウ》メトロポリタン美術館蔵

縦長の画面である。縦50.8センチ、横30.5センチ。

赤い花が四つ、画面のあちこちに咲いている。

花弁は細長く、放射状に開く。中心から糸のような部分が伸びる。

トケイソウの花である。

蔓が絡み、幅の広い葉が下方に垂れている。

苔をまとった枝が左上から右下へ斜めに走る。

そして中央に、小さな鳥がいる。

体は緑がかった灰色で、喉が白い。嘴は細く長い。

翼は動きの途中で、輪郭がぼやけている。

ハチドリである。

背景は霞んでいる。灰緑の空と、遠くの樹の塊。

輪郭はぼかされ、湿った空気の感じが作られている。

花と鳥は、精密に描かれている

描き方の差に注目してほしい。

花と葉と鳥は、細部まで描き込まれている。

花弁の筋、葉の縁の鋸歯、苔の粒、鳥の羽の一枚ずつ。

一方、背景はぼかされ、形が定まっていない。

つまり手前は図譜のように精密で、奥は大気のように曖昧である。

同じ画面に、二種類の描き方が同居している。

この組み合わせには効果がある。

手前が精密なほど、奥の曖昧さが空気に見える。

逆に全体を精密に描くと、標本のように見えてしまう。

つまり奥をぼかすことで、絵が「場所」になる。

19世紀の博物画では、背景を白く抜くのが普通だった。

種の特徴を見せるために、余分な情報を消すためである。

この画家は逆の選択をしている。背景を残し、湿った空気を入れた。

図鑑の絵ではなく、生息する場所の絵にしている。

縦長の画面が、蔓に合う

寸法についても考えておきたい。

この一点は縦50.8センチ、横30.5センチ。縦横比は約一・七対一である。

縦に長い画面は、垂れる蔓と垂直の枝に合う。

横長にすれば、蔓は横に流れ、花の位置が散ってしまう。

つまり主題に応じて画面の形が選ばれている。

判型が構図を決める話は別のコラムでも扱った。

洋の東西を問わず、紙や画布の形は最初の設計条件になる。

ハチドリの図版集という計画

この画家は、ハチドリを繰り返し描いた。

1860年代にブラジルへ渡り、現地でハチドリを観察している。

図版集として出版する計画があったと伝えられる。

結果として、その本は実現しなかった。

しかし油彩の作品は多数残った。

つまりこれらの絵は、図鑑になり損ねた計画の副産物でもある。

図譜の絵と鑑賞の絵の境目については
別のコラムで扱った。

名前を添えれば情報になり、添えなければ装飾になる。

この画家の絵には、種名が書き込まれていない。

つまり図譜としてではなく、絵として売られたことになる。

需要の側も見ておきたい。

19世紀後半のアメリカでは、家庭に飾る小さな絵の市場が育っていた。

大画面の歴史画ではなく、花と鳥、静物、小さな風景。

居間や食堂の壁に合う寸法である。

この画家の作品の多くが、縦横50センチ以下であることも符合する。

当サイトの公開分13点の寸法を並べると、傾向がはっきりする。

最大は横111.8センチの嵐の絵。それ以外はすべて横80センチ以下である。

花の絵は30センチ台が中心で、湿地の絵は50センチから70センチ台。

つまり主題ごとに寸法の帯が決まっている。

花は小さく、風景は横長に。用途と置き場所の違いが寸法に出ている。

家に置ける絵を作る商売だったと考えられる。

問い——同じ画家が、なぜ二つの主題を描いたのか

ここから本稿の問いに入りたい。

当サイトが公開するこの画家の作品は13点ある。

内容を分けると、二つの群になる。

一つは花と鳥。もう一つは湿地の風景である。

主題も描き方も違う。しかし同じ画家の仕事である。

二つの群に共通するものは何か。

以下、並べて確かめていきたい。

先に結論を書いておく。

二つの群に共通しているのは、空気を描くという関心である。

主題は違っても、扱っている現象は同じである。

もう一枚の、ハチドリの絵

ハチドリと林檎の花
マーティン・ジョンソン・ヒード《ハチドリと林檎の花》1875年。油彩・画布。縦31センチ、横35.9センチ。メトロポリタン美術館蔵。マーティン・ジョンソン・ヒード《ハチドリと林檎の花》メトロポリタン美術館蔵

こちらは横長に近い画面である。

中央に林檎の枝が伸び、白と桃色の花が咲いている。

花は開いたものと蕾が混じり、葉は明るい緑である。

枝の右下に、ハチドリが飛んでいる。

体は小さく、緑と赤茶。嘴を花へ向けている。

背景は灰色一色で、雲のような濃淡だけがある。

下辺の中央に署名と年記が読める。

先のトケイソウの絵と比べると、主題が変わっている。

熱帯の花ではなく、温帯の果樹の花である。

つまりハチドリを、北の花と組み合わせている。

実際にはこの取り合わせは自然界で起こりにくい。

熱帯の鳥と、温帯の果樹の花である。

つまりこれは観察の記録ではない。組み立てられた画面である。

組み立てには理由がある。

ハチドリは動きが速く、静止した姿を長く観察できない。

だから標本や記憶をもとに描くことになる。

花は摘んでくれば手元で観察できる。

つまり鳥と花は、別の方法で描かれ、後で組み合わされている。

動くものと動かないものを分けて扱う手順は、
別のコラムで扱った海の描き方と共通している。

蘭とハチドリの組み合わせ

この画家の代表的な主題として、蘭とハチドリの組み合わせが知られる。

当サイトの公開分には、その完成形は含まれていない。

しかし考え方は共通している。

熱帯の花と、熱帯の鳥。どちらも珍しく、色が強い。

そして両方を一枚に置けば、需要が二重になる。

自然史に関心のある買い手と、装飾を求める買い手の両方に届く。

19世紀後半のアメリカでは、熱帯への関心が高まっていた。

探検の記録、博物館の展示、写真と版画。

つまり遠い土地の自然が、商品として流通していた。

その市場に合う主題を選んだことになる。

同じ時期に、遠い土地の風景を大画面で見せる興行もあった。

その事情は別のコラムで扱った。