鳥の名前が書いてある——鍬形蕙斎の画帖
図譜の作法——一図に一種、名前は隅に
まず、共通する形を確かめたい。

竹が右から左へ斜めに生えている。細い葉が 密に重なる。
その根元に、褐色の鳥が一羽。体を横に向け、脚を地に着けている。
羽には斑点が並び、腹は淡い色である。
手前には小さな草花。青い花と赤い実が点在する。
左上に「竹鶏」の二文字。
この構成が、七点にほぼ共通している。
鳥は一種か二羽まで。体は横向きで、羽と尾が見えるように置かれている。
背景は植物と地面だけ。空間の広がりは描かれない。
名前は画面の隅、余白に小さく入る。
この作法は、種類を見分けるための都合から来ている。
草花の描き方にも作法がある。
竹の葉は一枚ずつ形が違い、向きも変えてある。
しかし全体は左下から右上へ流れ、鳥の位置を空けている。
植物は鳥の場所を作るために配置されている。
主役と背景の役割分担が、はっきり決められているということである。
現代の図鑑では、背景を省いて白地に置くことが多い。
背景を残すこの作法は、絵画の伝統に近い側の判断だろう。
真正面や真後ろの姿では、羽の模様が分からない。
だから図譜の鳥は、たいてい横を向いている。
これは現代の図鑑でも同じである。
鳥類図鑑の挿絵は、ほぼ例外なく側面から描かれる。
翼の模様、嘴の長さ、脚の色。見分けに必要な情報が側面に集まっている。
二百三十年以上前の版画が、同じ判断をしていることになる。
もっとも、この作法は中国の花鳥画から来ている面もある。
図譜の必要と、絵画の伝統が、たまたま一致したと見るのが妥当だろう。

こちらは太い幹が画面の左に立ち、二羽が向かい合う。
一羽は幹に止まり、もう一羽は右の枝先にいる。
嘴を開けているのは、餌を運んでいる場面だろう。
枝には楕円の葉と、黄色い小さな実が付いている。
右上に「白頭翁」の三文字。
この図では、紙の中央に縦の折り目が見える。
冊子の綴じ目にあたる部分である。
つまり本来は、見開きの一枚として見るものだった。
折り目の位置にも注意したい。
鳥は折り目を避けて、右側に置かれている。
綴じ目で絵が割れると見にくい。だから主題を片側に寄せる。
本のための絵には、こうした配慮が要る。
一枚絵とは設計が違うということである。
見開きで見る利点もある。
横に長い画面が取れるため、枝や竹を斜めに通せる。
一枚絵では画面が縦長になり、横の広がりが作れない。
本という形式が、構図の自由をひとつ与えていたことになる。
現在は一枚ずつ額装できる状態で保管されているが、
本来の姿は開いた本の上にあった。
名前は、中国語で書かれている
七点の名前を並べてみる。
白鷴、竹鶏、白頭翁、鶺鴒、黄鸝、寿帯鳥。
いずれも漢字で、中国での鳥の呼び名にあたる。
日本の和名ではない。
この点は重要である。
当時の博物の知識は、中国の書物を通じて入ってきた。
鳥の分類も、中国の名前を基準に整理されていた。
だから図譜の名前も漢語になる。
そして、描かれた鳥の一部は、船で運ばれてきた外来の鳥だったと考えられる。
長い尾の雉や、青い羽の鳥は、日本の野山では見かけない姿である。
輸入された珍しい鳥を写して、名前を添える。
そういう需要があったのだろう。ここは推測を含む。
輸入の経路も押さえておきたい。
当時の日本は、長崎の港を通じて中国とオランダの船を受け入れていた。
薬種や書物とともに、生きた鳥も運ばれている。
孔雀や鸚鵡が江戸で見世物になった記録もある。
珍しい鳥を実見できる機会は、限られていたが確かにあった。
図譜の絵師が実物を見たのか、それとも中国の本を写したのかは、
この七点からは判断できない。
姿の正確さから推測することもできるが、断定は避けたい。

こちらは水辺である。
左に菖蒲のような葉が数本立ち、上に青い花が一つ咲く。
右の岩の上に、細い体の鳥が止まっている。尾が長く、体は灰色。
嘴の先に小さな虫を挟んでいる。
足元には黄色い草花。地面は淡い褐色で示されている。
鶺鴒は日本にもいる鳥である。
つまりこの図譜には、外来の鳥と身近な鳥が混ざっている。
珍品だけを集めた本ではなかったことになる。
虫を挟んだ嘴も見ておきたい。
これは動作の描写である。図譜としては珍しい。
分類のための図では、動きを描かないほうが分かりやすい。
しかしこの図では、餌を捕った瞬間が選ばれている。
生態を示す意図があったのか、絵として面白くしたのか。
どちらとも読めるところに、この図譜の性格が出ている。
図譜は、誰が買ったのか
値段の話を少ししておきたい。
彩色の版画を七枚以上綴じた本は、安い品ではない。
彫りは細かく、色数も多い。摺りも丁寧でなければならない。
買い手として想像できるのは、医者、本草の学者、裕福な町人、武家である。
つまり実用と趣味の両方を持つ層である。
町の絵草紙屋に並ぶ一枚絵とは、客層が違う。
同じ絵師が、両方の客に向けて仕事をしていたことになる。
版画の絵師にとって、図譜は単価の高い仕事だったはずである。
ただし部数は出ない。数を売る商売と、単価で稼ぐ商売の違いがある。