画家を知る

方眼を引いたまま、残る——ケニオン・コックス

壁画へ写すための細い格子が、消されずに残っている。裸体だけの紙、衣の襞だけの紙、転写用と記された紙。完成した壁画は建物にあって動かせないが、下絵は紙だから美術館に入る。途中だけが残るという事態を見る。

「産業を教える科学」のための習作
ケニオン・コックス《「産業を教える科学」のための習作》メトロポリタン美術館蔵

格子の引かれた素描

一枚の素描から始めたい。

「産業を教える科学」のための習作
ケニオン・コックス《「産業を教える科学」のための習作》1898年。黒鉛、オフホワイトの簀の目紙。エジプト麻布に裏打ち。縦37.3センチ、横51.4センチ。メトロポリタン美術館蔵。フランシス・ラスロップ基金による購入、1950年。ケニオン・コックス《「産業を教える科学」のための習作》メトロポリタン美術館蔵

横長の紙である。

人物が、上半身を起こして座る。

右腕を伸ばし、指を下へ向ける。

衣は、腰から下だけにある。

そして、画面全体に細い格子が引かれている。

格子とは、何か

画面を横切る線を見たい。

縦と横の線が、等間隔で並ぶ。

つまり、方眼である。

升目の数

方眼を数えたい。

横に十三ほど、縦に八ほど。

つまり、百マスほどになる。

その一つひとつを、壁の升目に対応させる。

拡大するための方眼

方眼には、目的がある。

小さな素描を、大きな画面に写すためである。

まず、素描に方眼を引く。

次に、壁に同じ数の方眼を引く。

そして、升目ごとに形を移す。

壁画という仕事

題を見たい。

ある主題のための習作、とある。

つまり、大きな装飾画の下絵である。

そして、この方眼で壁へ移される。

薄い線と、濃い線

線を見比べたい。

方眼の線は、薄く、細い。

そして、人物の線は、濃い。

つまり、二種類の線が重なる。

見る側は、その差で読み分けられる。

素描が、道具になる

この紙は、鑑賞のための絵ではない。

制作のための道具である。

だから、方眼が引かれたまま残る。

そして、消されていない。

裏打ちという処置

技法欄を見たい。

麻の布に裏打ちされている、とある。

つまり、紙の裏に布を貼っている。

紙を補強するためである。

麻の布

裏打ちに使われた布を見たい。

技法欄には、産地の名が付いた麻布とある。

つまり、特定の材料が選ばれている。

館の記録は、そこまで書き残している。

なぜ、裏打ちするか

大きな紙は、破れやすい。

そして、繰り返し扱えば傷む。

だから、布で支える。

作業用の紙にも、手当てが施されている。

裸体の習作

画面の人物を見たい。

上半身に、衣がない。

つまり、裸体の習作である。

姿勢の作り方

姿勢を見たい。

上体を起こし、腰をひねる。

そして、右腕を伸ばす。

つまり、動きのある姿勢である。

静止した立ち姿ではない。

裸体から、始める

装飾画では、まず裸体を描く。

そして、その上に衣を着せる。

つまり、体の構造を先に決める。

古くからの手順である。

腕の描き方

右腕を見たい。

肩から肘、肘から手首へ。

筋肉の起伏が、線で示される。

そして、指の一本ずつまで描かれる。

影の付け方

影を見たい。

細い線が、平行に並ぶ。

そして、暗い面ほど線が密である。

つまり、線の密度で明暗を作る。

黒鉛の基本的な使い方である。

顔の扱い

顔を見たい。

目、鼻、口が描かれる。

しかし、誰かの顔ではない。

つまり、特定の人物ではない。

装飾画の登場人物である。

一八九八年という年

制作年は、一八九八年である。

作者は一八五六年生まれと記録される。

つまり、四十二歳ごろの仕事である。

そして、一九一九年に没している。

「産業を教える科学」裸体習作
ケニオン・コックス《「産業を教える科学」裸体習作》1898年。黒鉛、オフホワイトの簀の目紙。エジプト麻布に裏打ち。縦37.8センチ、横49.4センチ。メトロポリタン美術館蔵。フランシス・ラスロップ基金による購入、1950年。ケニオン・コックス《「産業を教える科学」裸体習作》メトロポリタン美術館蔵

二人の人物

二点目には、二人が描かれる。

右に、裸体の男性。

左に、衣をまとった人物。

そして、二人の手が近づく。

背景には、方眼が引かれる。

裸体と、衣

二人の違いを見たい。

右は裸体、左は衣をまとう。

つまり、同じ紙に二つの段階がある。

体を決めた後に、衣を着せる。

その手順が、一枚に見える。

描き分けられた二人

二人の描き方を比べたい。

右の人物は、体が細かく描かれる。

一方、左の人物は、線が薄い。

つまり、仕上がりに差がある。

主題の名

題に含まれる語を見たい。

科学と、産業である。

つまり、抽象的な概念を人物で表している。

装飾画では、よく使われる方法である。

概念を、人にする

見えないものを、人の姿で示す。

これは、古くからの手法である。

そして、持ち物や姿勢で区別する。

見る人は、その約束を知っている前提である。

同じ主題の、別の習作

一点目と二点目を並べたい。

いずれも、同じ主題のための習作である。

そして、同じ年、ほぼ同じ寸法。

つまり、一つの仕事の中の二枚である。

下部の文字

画面の下を見たい。

文字が、二行に書かれている。

主題の名と、日付だろう。

つまり、その場で記録している。

二人の関係

二人の姿勢を見たい。

一方が手を差し出し、他方が受ける。

つまり、与える者と受ける者である。

題の意味が、姿勢に表れている。

手の描き方

二人の手を見たい。

右の人物が、左の人物へ手を伸ばす。

そして、左の人物も手を出す。

つまり、手が接しようとしている。

主題の中心は、その接点にある。

「産業を教える科学」衣文習作
ケニオン・コックス《「産業を教える科学」衣文習作》1898年。黒鉛、オフホワイトの簀の目紙。エジプト麻布に裏打ち。縦37.8センチ、横50.5センチ。メトロポリタン美術館蔵。フランシス・ラスロップ基金による購入、1950年。ケニオン・コックス《「産業を教える科学」衣文習作》メトロポリタン美術館蔵

衣だけの習作

三点目には、人がいない。

描かれているのは、布だけである。

そして、その布が座る形に垂れる。

背景には、方眼が引かれる。

布の量

画面を見たい。

布が、大きく広がる。

そして、余白がほとんどない。

つまり、布だけで画面を埋めている。

衣文という主題

題を見たい。

衣文の習作、とある。

つまり、布の襞だけを研究している。

実物を、掛ける

衣文の習作には、方法がある。

人形や台に布を掛け、その形を写す。

つまり、実物を見て描く。

想像で襞を描くことはしない。

なぜ、布だけを描くか

装飾画では、人物が衣をまとう。

そして、布の襞が形を作る。

だから、布だけを別に描く。

体の構造とは、別の課題である。

三枚で、一つの人物

三枚を並べたい。

一枚は、裸体。

一枚は、二人の関係。

そして、一枚は、衣。

つまり、一つの人物を三つに分けて研究している。

方眼が、ここにもある

この紙にも、方眼が引かれる。

つまり、拡大して使う前提である。

三枚とも、同じ扱いである。

布の襞

布を細かく見たい。

太い襞と、細い襞がある。

そして、影が線の密度で示される。

つまり、布の重さが描かれている。

布の下の体

布を見ると、体の位置が分かる。

膝の位置、腰の位置、肩の位置。

つまり、見えない体が布に現れている。

そこが、衣文の難しさである。