美術史・技法

同じ姓が、九回並ぶ——後藤家の小柄

小柄
後藤通乗《小柄》17世紀後半から18世紀初め。館の記録では、赤銅、銀。長さ9.7センチ、幅1.4センチ。番号は45.24.11。メトロポリタン美術館蔵。後藤通乗《小柄》メトロポリタン美術館蔵

この一点には、金の縁がない。

上下の辺が、そのまま黒い地でおわる。

地には、波の線が横に何本も走る。

線は浅く、うねりながら右へ流れる。

その中央に、鳥が一羽いる。

銀色の体で、首を長くのばす。

翼はたたまれ、体は横を向く。

波の高さは、鳥の胸のあたりまである。

技法の欄には、赤銅と銀の二つしかない。

金を使わないぶん、面が静かに見える。

小柄は、何をする道具か

小柄は、それ自体では刃物にならない。

柄だけの部品である。

これに小さな刃を差し込み、鞘の脇の溝に納める。

紙を切り、紐を切り、細かい仕事に使う。

戦うための刃物ではない。

日々の用に使う、小さな道具である。

だから、目に触れる回数が多い。

刀を抜かなくても、小柄は抜く。

装飾が凝るのは、そのためだろう。

館の記録は、用途を書かない。

品名の欄に、道具の名が入るだけである。

その名を頼りに、使い方を補って読むことになる。

地の粒は、誰が打つか

九点の地は、いずれも細かい粒で覆われる。

粒は一つずつ、鏨を打って作られる。

一平方センチに、数百の粒が入る。

板の全面となれば、数万の打点になる。

この作業を、作者本人がしたとは限らない。

工房には、地を打つことを専らにする人がいた。

図を彫る人と、地を作る人が別だったことになる。

館の記録には、その人の名は入らない。

作者の欄に残るのは、銘を切った一人だけである。

前の回の記事で、鐔の作者の欄を見た。

そこでも同じことが起きていた。

記録に残る一人と、実際に手を動かした人数は違う。

九点の地を合わせれば、数十万の打点になる。

その全部を、九人だけで打ったとは考えにくい。

何を彫るかは、代ごとに違う

九点の図を並べると、共通の主題はない。

道具の集まり、人物、鳥、獣、花、刃物。

家の決まりは、寸法と材料には及んでいる。

しかし、何を彫るかには及んでいない。

図の選び方だけが、代ごとに自由である。

そのかわり、彫り方には共通の癖がある。

黒い地を細かい粒で埋め、その上に金を置く。

地は平ら、図は盛り上がる。

この対比が、九点すべてに通っている。

小柄
後藤寿乗《小柄》18世紀前半からなかば。館の記録では、赤銅、金。長さ9.7センチ、幅1.4センチ。番号は45.24.12。メトロポリタン美術館蔵。後藤寿乗《小柄》メトロポリタン美術館蔵

上下と両端を、金の縁が囲む。

地は黒く、粒が細かく立つ。

中央に、金の小さな品が一つだけ置かれる。

三本の脚が付いた、丸い器のように見える。

蓋の上に、小さな飾りが載る。

香を焚く器かもしれないが、記録は書かない。

大きさは、板の幅の半分ほど。

それ以外の面には、何もない。

九点でいちばん、図の少ない一点である。

置かないことで、地の黒さが主役になる。

小柄
後藤延乗《小柄》18世紀なかば。館の記録では、赤銅、金。長さ9.7センチ、幅1.4センチ。番号は45.24.13。メトロポリタン美術館蔵。後藤延乗《小柄》メトロポリタン美術館蔵

こちらには、金の縁がない。

黒い地が、そのまま端まで続く。

面の中央に、大きな刃物の形が浮かぶ。

刀身を横に寝かせた姿である。

切先は右を向き、峰は上に向く。

刃の部分だけが、わずかに明るい。

右下に、細い金の線が短く入る。

柄の部分を示したものだろう。

小柄という刃物の柄に、刃物の図を彫っている。

道具の上に、道具そのものを置いた一点である。

図の大きさが、極端に違う

九点の図を、面積で比べてみる。

面のほぼ全体を使うものがある。

一方で、幅の半分ほどの品を一つ置くだけのものもある。

前に見た香炉らしい一点がそれである。

同じ寸法の板の上で、使い方がまるで違う。

規格が同じでも、構図の自由は残っている。

むしろ、外形が固定されているからこそ、そこが問われる。

九点を並べると、その差がよく見える。

一点ずつ見ていては、比べようがない。

小柄
後藤桂乗《小柄》18世紀なかばから後半。館の記録では、赤銅、金、銀。長さ9.7センチ、幅1.4センチ。番号は45.24.14。メトロポリタン美術館蔵。後藤桂乗《小柄》メトロポリタン美術館蔵

金の細い縁が、四辺を囲む。

地は黒く、細かい粒で覆われる。

中央に、金の魚が一匹いる。

体をそらせ、尾を大きく振る。

鱗の一枚ずつが、細い線で刻まれる。

口はやや開き、上を向く。

魚の下に、短い枝のようなものが横たわる。

水は表されていない。

黒い地が、そのまま水にも夜にも見える。

跳ねる姿だけを、地の上に置いている。

小柄
後藤真乗《小柄》19世紀初め。館の記録では、赤銅、金。長さ9.7センチ、幅1.4センチ。番号は45.24.15。メトロポリタン美術館蔵。後藤真乗《小柄》メトロポリタン美術館蔵

九点でいちばん新しい一点である。

金の縁が四辺を囲み、地は黒い。

中央に、獣が一頭うずくまる。

たてがみが渦を巻き、尾が跳ね上がる。

獅子を表したものだろう。

体は金で、厚く盛り上がる。

顔は正面を向き、口を開く。

前脚を折り、後脚で体を支える。

獣の周囲には、何も置かれていない。

三百年前の一点と、地の作りが変わらない。

金の縁がある一点と、ない一点

九点のうち、上下と両端を金の縁で囲むものが多い。

一方で、縁を持たない一点もある。

黒い地が、そのまま端まで続く形だ。

縁があると、板が引き締まって見える。

縁がないと、面が広く感じられる。

館の記録は、縁について何も書かない。

技法の欄に金とあれば、それが図なのか縁なのかは分からない。

写真を見て、はじめて区別がつく。

記録の欄と、現物の見え方は、そこでずれる。

欄が不足しているという話ではない。

欄は、比べるための最小限を書いている。

その最小限で足りるかどうかは、何を知りたいかによる。