漆は、絵の具である——小川破笠と柴田是真
陶片や貝を漆の面に嵌め込んで絵を作る小川破笠と、漆そのものを筆に含ませて紙や屏風に描く柴田是真。塗料であるはずの漆を絵の具に変えた二人の九点から、乾かし、研ぎ、また塗る「時間のかかる絵の具」だけが持つ質感を読む。

蓋の上に、白い鼠がうずくまって
一箱の硯箱から始めたい。

硯箱は、書き物の道具一式を納める箱である。
文人の机辺に置かれ、蓋の意匠が腕の見せどころだった。
蓋は、手のひらほどの小さな画面である。
床の間の絵と違って、毎日手に触れ、毎日目に入る。
江戸の工人たちは、そこで意匠の知恵を競い合った。
この箱は幅20.6センチ。机の上に収まる大きさだ。
蓋の上に、開いた扇がひとつ、伏せられている。
その紙の上に、白い鼠がうずくまっている。
描かれた鼠ではない。
白い素材を彫り、蓋の面に嵌め込んだ、立体の鼠である。
背中は丸く盛り上がり、光を受けてやわらかく照る。
なめらかな素材の白が、毛のやわらかさに見えてくる。
小さな目がこちらをうかがい、今にも走り出しそうだ。
開いた扇の弧が、丸い鼠の背をやさしく受け止める。
大きさの釣り合いまで、よく計算された取り合わせである。
地の面は、つややかな黒漆ではない。
木目を生かした、ざらりと枯れた質感の面である。
上等の漆器といえば、鏡のような黒塗りを思い浮かべる。
その常識を、破笠はまず地の面で外してくる。
枯れた木の質感こそ、この画面の舞台装置なのである。
古びた板の間に扇が忘れられ、鼠が寄ってきた。
そんな一瞬が、箱の蓋にそのまま閉じ込められている。
所蔵館の記録によれば、素材は木と漆にとどまらない。
金銀緑の平蒔絵に、金銀の箔、陶、象牙、白鑞の嵌め込み。
白鑞は、錫を主にした合金である。
鈍い銀色の光が、金銀の箔とはまた違う調子を添える。
絵の具の代わりに、物そのものが画面に貼り込まれている。
これは絵だろうか。それとも細工物だろうか。
その区別を軽々とまたいでいるのが、この箱である。
芭蕉の門から、漆の仕事場へ
作者の名は、小川破笠という。
1663年に生まれ、1747年に没した。
号は笠翁、また破笠。江戸で活動した人である。
若いころ、松尾芭蕉の門で俳諧を学んだと伝えられる。
漆の仕事に本腰を入れたのは、中年からと考えられている。
俳人くずれの漆工。異色の経歴である。
そしてこの経歴が、そのまま造形の芯になった。
俳諧は、和歌の雅から離れ、日常の言葉で詠む文芸である。
身の回りの物を取り合わせ、思いがけない景色を立ち上げる。
その軽みと意表を、破笠は言葉ではなく素材で実践した。
扇に鼠という取り合わせは、まさに一句の俳諧だろう。
硯箱という小さな画面は、俳句の十七文字にも似ている。
限られた枠の中で、取り合わせの妙を競うからである。
陶や象牙や金属を嵌め込むこの作風は、破笠細工と呼ばれた。
流儀の名になるほど、後の世まで長く記憶されたのである。
当サイトの破笠は四点。いずれもメトロポリタン美術館蔵だ。
黒漆の上に、焼き物の肌
もう一箱、見てみたい。

黒漆の蓋の上に、花活けの意匠が浮かぶ。
器のふくらみは、陶の嵌め込みで作られている。
釉のかかった陶の肌は、漆とはまるで違う光を返す。
深い黒のなかで、そこだけ焼き物のつやがのぞく。
黒漆の深さが、陶のつやを引き立てる額縁になっている。
箱の上に、漆と陶というふたつの工芸が同居している。
唐物、つまり中国渡りの器物への憧れを映した意匠である。
茶の湯や文人趣味の世界で、唐物は格別の重みを持った。
内側には雁の意匠があると、所蔵館の記録は明記している。
表に唐物の花、内に雁。開けた者だけが知る仕掛けである。
硯箱は、使う人の手の中で毎日ひらかれる絵だった。
なお所蔵館は、この箱の制作を19世紀とする。
破笠の没後であり、工房や追随者の手と考えられる。
様式が死後も慕われ、作り継がれた証拠と読めるだろう。
紅葉が散って、冠が残る

色漆の地に、紅葉が散っている。
そのなかに、舞楽の冠がひとつ、置き去りにされている。
人の姿は、どこにも見えない。
所蔵館の記録は、源氏物語に取材した意匠と明記する。
紅葉の下で舞楽が舞われる、あの場面が思い浮かぶ。
冠と紅葉だけを残し、舞い手その人は描かない。
道具だけで物語を呼び出す、留守模様と呼ばれる手法である。
見る側の教養が、画面の余白を埋めることになる。
散る紅葉は、華やぎと同時に、宴の終わりも匂わせる。
小さな箱に、時間の気配まで畳み込まれている。
螺鈿の貝も嵌め込まれている。
螺鈿は、貝の真珠層を薄く切って貼る技法である。
夜の海のような虹色が、角度によってきらめく。
文学の教養と、素材の遊び。
破笠細工の芯が、この小箱に詰まっている。
磁器の菩薩が、金属に化ける
破笠の遊びは、箱の外にも及ぶ。

文殊は、知恵をつかさどる菩薩である。
獅子の背に乗る姿で表されることが多い。
これは高さ22.2センチの、その文殊の置物である。
一見すると、古びた金属の仏像のように見える。
黒く沈んだ肌に、金がところどころ光るからだ。
だが所蔵館の記録によれば、本体は磁器である。
白い磁器の上を黒漆が覆い、金箔と顔料が加わっている。
焼き物が漆をまとい、金属をよそおう。
素材の擬態、と呼びたくなる遊びである。
仏像は本来、木や金銅で作られることが多い。
そこへ磁器と漆で挑むところに、この工人の洒落がある。
磁器の白は、どこにも見えないまま芯に隠れている。
見えない素材が支える黒。これも漆の絵の作り方である。
漆は器を守り、飾るための塗料——。
その常識が、破笠の手の中では軽々と裏切られている。
漆は隠し、化けさせ、絵を作るための材料なのだ。
問い——漆は塗料か、絵の具か
ここで、あらためて問いを立てたい。
漆は、器を守るための塗料なのか。
それとも、絵を描くための絵の具なのか。
塗料は面を覆い、絵の具は形を生む。
同じ漆が、使い手しだいで、そのどちらにもなる。
破笠の答えは、すでに見たとおりである。
漆の面をひとつの画面に見立てる。
そこへ陶や象牙や金属を嵌め込み、絵を組み立てる。
いわば、貼り込みの絵である。
この問いは、絵と工芸の境目を問うことでもある。
額に入れば絵で、棚に載れば工芸、というわけでもあるまい。
江戸では、絵師と職人の世界は隣り合わせにあった。
琳派の絵師たちも、工芸の意匠を数多く手がけている。
それでも、漆そのものを筆で操って描く者はまれだった。
では、漆そのものを筆に含ませ、紙に描いた者はいるか。
いる。
破笠の死から60年後の江戸に生まれた、柴田是真である。
工芸と絵画、二つの修業
柴田是真は1807年、江戸に生まれた。
1891年、明治の半ばまで生きた人である。
若くして蒔絵師の工房に入り、漆の技を仕込まれた。
さらに京に上り、四条派の絵を学んだと伝えられる。
四条派は、写生を重んじる京都の画派である。
草花や小動物を、暮らしの目の高さで捉える描き方である。
この写生の力が、のちの蒔絵の下絵を支えることになる。
つまり是真は、工芸と絵画の二刀流として育った。
漆を塗る手と、筆で描く手が、一身に備わっている。
だから是真は、下絵から仕上げまでを一人でこなせた。
絵師の目と漆工の手が、同じ人物の中にあるからである。
工芸の是真と、絵画の是真。
どちらか一方だけでは、この人の全体は見えてこない。
工芸と絵の二刀流には、先人がいる。
尾形乾山——筆と窯の姿と重なるだろう。
幕末から明治へ、時代が大きく折れ曲がる。
その転換期に、是真は江戸漆芸の頂点に立った。
明治には帝室技芸員に選ばれたと伝えられる。
明治の日本は、工芸品を重要な輸出品と位置づけた。
欧米の博覧会に漆器が並び、高い評価を受けたのである。
万国博覧会の時代、是真は日本漆芸の顔というべき存在だった。
漆の黒と金は、西洋の目に日本の色として映っただろう。
その最前線に、是真の仕事は立っていた。
漆で紙に描く、という無理筋
是真の名を特別なものにしたのが、漆絵である。
漆に顔料を練り合わせ、筆に含ませ、紙に直接描く。
言葉にすれば簡単だが、実際には無理筋に近い。
漆は、漆の木の幹から採れる樹液である。
空気中の湿り気を取り込みながら、ゆっくりと固まる。
乾かすのではなく、湿らせて固める。
ふつうの絵の具とは、性質が逆さまなのである。
そのうえ漆は、温度と湿度に敏感である。
条件が狂えば、仕上がりの色とつやが揺らいでしまう。
筆に含ませた漆は、みるみる硬くなっていく。
生の漆は、肌に触れればかぶれることもある。
筆の管理を誤れば、その日の仕事がふいになる。
絵の具としては、これ以上ないほど扱いにくい。
それでも乾いた漆の線は、硬く、深い艶を放つ。
墨にも油絵の具にもない、独特の照りである。
この照りにこそ、絵の具としての漆の存在理由がある。
是真は、この気難しい絵の具を自在に手なずけた。
道具や材料にも、工夫を重ねたと伝えられる。
漆絵の画面は、紙でありながら漆器のように照る。
紙の漆絵に進む前に、まず本業の器を見ておきたい。
黒の深みに、金の瓢箪

1886年の作。是真、最晩年に近い硯箱である。
深く磨かれた黒漆の地に、金の瓢箪が下がる。
細い蔓がうねり、広い葉がかぶさる。
かたわらには、茸の意匠も添えられている。
瓢箪は、古くから縁起のよい意匠として親しまれてきた。
酒器や水入れにもなる、暮らしに身近な実である。
軽やかな画題を、最上の技で仕上げる。
その落差にも、俳味に通じる軽みがある。
技法は蒔絵である。
漆で文様を描き、乾ききる前に金銀の粉を蒔きつける。
粉が漆に食いつき、文様だけが金色に浮かび上がる。
所蔵館の記録は、技法を平蒔絵と記している。
文様を高く盛り上げず、平らに仕上げる蒔絵である。
黒漆の地は、鏡のように深い。
金の瓢箪は、その闇に浮かぶ灯りのようだ。
蒔絵の金は、光の角度でまたたくように明滅する。
箱を手に取って傾けるたび、絵が生きて動くのである。
蔓の線の太い細いが、そのまま伸びていく勢いになる。
八十歳ちかい手の仕事とは思えない、張りのある線だ。
器の装飾であると同時に、これは紛れもなく絵である。
舟がすべり、千鳥が渡る

祝いの席で料理を詰める、段重ねの重箱である。
積み上げた高さは、41.9センチに達する。
黒と褐色の漆を塗り分けた地に、金蒔絵の舟が浮かぶ。
千鳥が点々と連なり、面を斜めに横切っていく。
舟と千鳥の間には、広い余白が取られている。
余白がそのまま水面に見える。日本の絵の呼吸である。
祝いの膳に、水辺の景色を持ち込む趣向といえよう。
水辺に千鳥は、日本の意匠の定番の取り合わせである。
定番であるだけに、構図の妙がそのまま腕前になる。
所蔵館の記録によれば、螺鈿と白鑞も併用されている。
貝の白い光と金属の鈍い光が、金の間に挟み込まれる。
段を重ねれば、面から面へ景色がつながる。
四角い箱の全体が、ひとつの水辺の絵になる仕掛けだ。
使う場では段がばらされ、絵もいったん解体される。
食べ終えて積み直せば、また景色が戻ってくる。
破笠は漆の面に、物を嵌め込んで絵を作った。
是真は同じ面に、粉と貝で絵を描いた。
やり方は違っても、箱を絵にする心は同じである。
白い滝を、銀の鯉がのぼる
器を離れて、絵の是真を見よう。

掛軸は、床の間に掛け、季節ごとに替える絵の形式である。
この一幅は縦150.2センチ、横35.2センチ。
縦が横の四倍を超える、細長い画面である。
その細長さを、白い瀑布がまっすぐに落ちていく。
画面の外まで水音が続いていくような、縦の勢いである。
水を割って、銀色の鯉が身をひるがえす。
銀色の体は、暗い水の中で一点の光として働く。
鯉が滝をのぼり切れば、竜になる。
登竜門と呼ばれる、立身出世のめでたい画題である。
祝いの席に掛けられ、広く好まれてきた主題だ。
掛軸もまた、巻けば箱に納まる、持ち運べる絵である。
漆器と同じく、暮らしの調度として生きてきた形式だ。
だが、この一幅の見どころは画題だけではない。
墨の絵と見えて、質感がどこか違うのである。
鱗の照りや水しぶきのきらめきに、金属めいた光が宿る。
彩色に漆が含まれるとされる、是真らしい一幅である。
漆工の手が、掛軸の絵にまで工芸の光を持ち込んでいる。
銀の空に、月がのぼって

二曲の、小さな屏風である。
二枚の面が、蝶番でひとつに折れて自立する。
各面の縦は45.7センチ。卓上に立つほどの大きさだ。
銀の地に、まるい月がのぼる。
その手前で、秋草がほそい影となって揺れる。
秋草に月は、和歌以来の伝統的な取り合わせである。
是真はその古典を、素材の光で語り直した。
所蔵館の記録によれば、素材は墨と銀だけではない。
漆が併用され、銀は箔でも置かれている。
草の線のいくつかは、漆で引かれていると考えられる。
乾いた漆の線は、墨より硬く、かすかに照る。
銀は、時がたつと黒ずんでいく金属である。
その沈んだ色も、月夜の趣として受け止められてきた。
銀の地は月光そのものであり、時とともに深まる色なのだ。
所蔵館の記録では、制作は明治の頃とされている。
小さな屏風は、部屋の景色を一変させる装置でもあった。
折れて自立する絵の形式は、掛軸・屏風・扇で書いた。
漆の絵が、家具の形をして部屋に立っている。
金の座敷で、四つの芸をもじる
最後に、大作を見たい。

六曲一双、つまり六面の屏風がふたつで一組である。
各隻の縦は120.7センチ、横は285.8センチに及ぶ。
十二の面が、ひと続きの座敷を横へ横へと広げていく。
金地の座敷に、江戸の女性たちが集まっている。
画題は琴棋書画。
琴を弾き、碁を打ち、書をよくし、絵をたしなむ。
中国の文人が備えるべきとされた、四つの教養である。
四芸をそろえて描くことは、教養の理想像を描くことだった。
是真はその四芸を、当世の女性たちの遊びに置き換えた。
見立てである。
雅な古典を、身近な風俗でもじってみせる江戸の趣向だ。
理想像が、遊びに置き換えられて等身大になる。
所蔵館は、制作を幕末か明治の頃と幅を持たせて記す。
金地は装飾であると同時に、照明でもある。
薄暗い座敷で、金は光を集めて画面を明るくした。
よく見ると、画面の中に屏風がもう一枚、描かれている。
屏風の中の屏風。入れ子の遊びである。
大真面目な金屏風の体裁で、俳味の利いた冗談を言う。
芭蕉門下と伝えられる破笠の軽みが、ここに戻ってくる。
見立て——漆は、時間の絵の具
九点を見てきた。
ここで、当サイトなりの見立てをひとつ置きたい。
漆は、時間の絵の具である。
油絵の具も乾きは遅いが、漆はさらに手間を求める。
塗っては湿した室で乾かし、研ぎ、また塗る。
一面の黒が仕上がるまでに、何日もの時間が畳まれる。
破笠は、その時間の中に物を閉じ込めた。
陶の花籠も白い鼠も、漆の面に嵌まって動きを止めた。
嵌め込まれた陶も貝も、漆が固まるのを共に待った素材である。
是真は、その時間の中に筆致を閉じ込めた。
一息に引いたと見える線が、実は幾日もかけて固まる。
筆の絵は速さの芸であり、漆は遅さの芸である。
一瞬の速さを、長い時間をかけて定着させる。
二人はこの矛盾を、それぞれの流儀で結び合わせた。
しかも漆の時間は、完成のあとも流れ続ける。
塗り立ての漆は、年月を経て透け、色が深まるといわれる。
いま見る黒の深さには、百年を超える時間も含まれている。
だから二人の漆は、塗料ではなく絵の具なのである。
引き取り——照りの奥を、のぞき込む
最後に、見方の提案をしたい。
漆の作品は、写真では黒くつぶれて見えやすい。
だからこそ、拡大画像で近寄る価値がある。
蒔絵の金は、一本の線に見えて、実は粉の粒の集まりだ。
拡大すれば、粒のひとつひとつが光っているのが分かる。
粉の粒の密度が、そのまま線の濃淡になっている。
嵌め込まれた陶の肌や貝の虹色も、間近でこそ映える。
そして漆の照りは、表面だけの光ではない。
塗り重ねられた層の奥から返ってくる、深い反射である。
その照りの奥に、破笠の俳諧と、是真の筆が沈んでいる。
九点はいずれも、メトロポリタン美術館の収蔵品である。
所蔵館の記録には、海を渡った旧蔵者の名が残っている。
江戸の漆が、海の向こうで絵として迎えられた証しである。
小箱と屏風、掛軸と重箱。
形は違っても、どれも漆の時間で描かれた絵である。
器を守るはずの塗料は、二人の手の中で絵の具になった。
黒い小箱の蓋の上に、今も小さな絵の時間が流れている。


