厚紙の地を、残す——トゥールーズ=ロートレック
娼館を主題にした二点
ここから主題の性格が変わる。

横長の画面である。
長椅子に、二人の女性が横たわっている。
一人は赤毛で、上体を起こし、髪に手をやっている。
もう一人は淡い桃色の衣で、身を横たえている。
黒い靴下が画面の左下に伸びる。
背景は黄土色の地がそのまま残り、細い縦線が描かれている。
塗られていない面積が大きい。
つまり未完成に見えるほど、地が見えている。

二人の女性が、白い下着姿で立っている。
前の一人は裾を持ち上げ、後ろの一人は前を見ている。
その背後に、青緑の服の人物が立つ。
背景は赤い縦の筆で埋められ、上部に鏡らしい形がある。
床は褐色で、地の色が見えている。
描かれている場所について
この二点の主題について、書いておきたい。
当時のパリでは、公認の娼館が制度として存在した。
働く女性たちは登録され、定期的な検査を受ける義務があった。
この一点の題名にある通りの名は、そうした施設のあった場所である。
つまり画面は、制度の中の日常を描いている。
画家はこれらの施設に滞在し、働く女性たちを描いたと伝えられる。
その関係をどう評価するかは、議論が分かれる。
観察者としての距離、支払われた金、描かれる側の同意。
いずれも当時の記録から完全には確かめられない。
本稿では、絵から読めることに限って書いておきたい。
描かれた女性たちは、客に見せる姿ではなく、待つ姿である。
視線はこちらへ向かず、互いにも向いていない。
労働の合間の時間が主題になっている。
常連であることの意味
この画家は、描いた店の常連だった。
毎晩のように通い、席を持ち、店の人と親しくなる。
その関係が、絵の内容に現れている。
舞台の正面からではなく、袖や客席の隙間から見た角度が多い。
つまり「客として見た眺め」ではなく、「内部の人が見た眺め」である。
踊り手の名前が題名に入るのも、その関係を示している。
一方で、距離の問題も残る。
観察する側と、観察される側の立場は同じではない。
とくに娼館を主題にした作品では、その差が大きい。
親しさと権力の差は、同時に存在しうる。
絵を見るときには、その両方を勘定に入れたい。
石版画という並行する仕事
版画の仕事にも触れておきたい。
この画家は多数の石版画を作り、興行の宣伝物も手がけた。
石版では、線を描き、色を面で摺る。
油彩の画面と、方法がそのまま重なっている。
つまり絵画と印刷物のあいだに境目がない。
当サイトの公開分には版画も一点含まれている。
淡い紙に黒い線だけで描かれた作品である。
線で形を決める方法が、材料を越えて共通していることが分かる。
見立て——地の色を残すことの意味
まとめておきたい。
この画家の絵では、支持体の地が広く残っている。
厚紙の灰褐色、板の黄土色。それらが中間調として働く。
その結果、絵は速く仕上がり、線が生きる。
同時に、画面には「まだ描かれていない場所」が残る。
その未完成の感じが、夜の店の一瞬をとらえた印象を生んでいる。
つまり材料の選択が、絵の性格を作っている。
版画やポスターの平面的な表現と近い作りでもある。
日本の版画が西洋の絵に与えた影響については
別のコラムで扱った。
輪郭線と平らな色面は、その影響の代表的な現れである。
三十六歳で没している
生涯の短さにも触れておきたい。
この画家は1864年に生まれ、1901年に没した。
活動期間は十五年ほどである。
その短さの中で、油彩、素描、石版画を大量に残した。
当サイトの公開分21点も、ほぼ十年余りの仕事から選ばれている。
短い期間に密度の高い変化が起きているため、制作年を確かめながら見る意味が大きい。
1885年の暗い肖像と、1890年代の厚紙の画面を並べると、
方法の転換がはっきり見える。
そして没後、版画とポスターによって名前が広く知られていく。
複製が評価を運ぶ仕組みは、この画家の場合とくに大きく働いた。
暮らしへ——色のついた紙に描いてみる
最後に、日常に持ち帰れる話をひとつ。
灰色や褐色の紙を用意して、白と暗い色だけで描いてみてほしい。
紙の色が中間調になり、少ない手数で立体が出る。
白い紙に描くより、早く形が決まる。
厚紙を選んだ画家がやっていたのは、この方法である。
そして、塗り残しをどこに置くかを決めてみる。
残す場所を選べるようになると、絵の速さが変わる。
もう一つ。人を描くとき、輪郭を先に引いてみるとよい。
面を塗ってから輪郭を足すのではなく、線で囲んでから中を塗る。
順序を変えるだけで、絵の性格が変わる。
版画に近い平らな画面は、この順序から生まれている。
そして、暗い場所で人を撮るときは、光源の色にも注意したい。
黄色い灯りでは肌が黄土色に、青白い灯りでは緑に寄る。
夜の店を描いた画家が扱っていたのは、この色の偏りである。
群として見ると、材料が見える
最後に、見方をまとめておきたい。
21点を支持体で分けると、厚紙、板、画布に分かれる。
厚紙の作品では地の色が残り、画布の作品では塗りが行き渡る。
材料の欄を読むだけで、画面の性質が予測できる。
記録の細部は、そういう使い方ができる。
公開画像は、そのための道具である。
支持体の欄を読み、画面と突き合わせることができる。
厚紙の地の色が見えるかどうかを、実際に確かめられる。
記録と画面を往復する作業が、材料の話を確かなものにする。
そして、確かめた内容は書き留めておきたい。
支持体と制作年の組み合わせは、覚えにくい。
一行の記録が、次に見るときの助けになる。
記録は、あとから読む自分のために残すものである。
細かく書く必要はない。作品名と、気づいた一点だけでよい。









