厚紙の地を、残す——トゥールーズ=ロートレック
サーカスの絵

横長の大画面である。縦100.3センチ、横161.3センチ。
円形の馬場が、白い床として大きく描かれている。
その縁は赤い帯で、奥の客席へ続く。
中央に灰色の馬が走り、背に女性が横向きに乗っている。
その左に、黒い服の調教師が背を向けて立ち、鞭を持つ。
奥の客席には人影が並び、右上に楽団らしい姿がある。
床の白が画面の半分を占めている。
つまり明るい面が主役で、人物は暗い形として置かれている。
制作は1887年から88年。二十代の作品である。
構図の切り方にも注目したい。
馬場の円は、画面の左右で切れている。
つまり全体を見せず、一部を切り取っている。
見物客も、頭や肩だけが画面の端に入る。
この切り方は、写真の画面や日本の版画に近い。
対象を中央に据えて完結させる構図とは、考え方が違う。
場面の一部を抜き出すことで、その場にいる感じが強まる。
劇場の絵

ほぼ正方形の大画面である。縦145センチ、横149センチ。
舞台の場面である。
中央に女性が踊っている。桃色と緑の裾が大きく広がる。
腕を伸ばし、体を捻っている。顔は横を向く。
その右に、青い衣装の男性が三人並ぶ。
さらに右に、赤褐色の衣の男が立つ。
左には観客と、舞台袖の人物が重なる。
背景には白い建築の書き割りが見える。
つまり舞台の上と下を同じ画面に入れている。
観客の顔が、踊り手と同じ大きさで描かれている。
見る側と見られる側を、並列に置く構成である。
寸法も見ておきたい。縦145センチ、横149センチ。
ほぼ正方形の大画面である。
舞台の絵としては珍しい形式で、横長の劇場空間を切り詰めている。
そのぶん、踊り手の動きが画面の中心に集まる。
裾の広がりが、正方形の対角線に沿って伸びている。
画面の形と動きの方向が、合わせて設計されている。
家の事情と、身体の条件
経歴にも触れておきたい。
この画家は南フランスの貴族の家に生まれた。
幼少期の骨の病と骨折の後遺症で、脚の成長が止まったと伝えられる。
身長は成人しても低く、歩行に杖を使った。
家業や軍務の道を進めない立場で、絵を選んだことになる。
生活の資は家からの援助があった。
つまり売るために描く必要は、他の画家ほど強くなかった。
その条件が、主題の自由につながった面はあるだろう。
夜の店に通い、常連として描き続ける。生活の形と主題が一致している。
ただし、身体の条件から作品を説明しすぎるのも慎みたい。
描かれているのは本人の事情ではなく、店の光景である。
昼の店の絵

再び厚紙の作品である。しかし大きい。縦100センチ、横89.2センチ。
店の一隅が描かれている。
手前に白い卓があり、グラスが二つ置かれている。
その手前に、青緑の上着の女性が座っている。横顔である。
卓の向こうには、黒い服の女性が立っている。手を腰に当てている。
さらに奥に人物が四、五人。帽子や襟だけが見える。
背景は緑と青の縦の筆で、店の壁と装飾を示している。
ここでも厚紙の地が、床と人物のあいだに残っている。
夜の照明という条件
描かれた場所の光にも触れておきたい。
ダンスホールや劇場の照明は、ガス灯と電灯だった。
いずれも当時の光源としては強いが、色が偏っている。
ガス灯は黄緑に寄り、電灯は青白い。
その光が人の顔に当たると、肌の色が変わる。
この画家の絵に、緑がかった顔や白すぎる顔が現れるのは、
その照明の効果を描いているためだと考えられる。
つまり不自然な肌の色は、誇張ではなく観察の結果でもある。
夜の店を主題にすると、光の色が主題の一部になる。
昼の絵とは、色の設計がまったく違ってくる。
同時代の画家が夜の景色に取り組んだ例は他にもある。
その扱いについては別のコラムで扱った。
小さな板の肖像

小さな絵である。縦23.8センチ、横14.9センチ。
女性が横向きに座っている。
赤みの強い髪。顔は下を向き、目は伏せている。
服は暗い青灰色。肩から袖の線が柔らかい。
背景は暗い褐色と緑で、輪郭が溶けている。
つまり線がほとんど使われていない。
同じ画家の作品でも、初期の一点では描き方が違う。
輪郭線で形を決める方法は、後年に強まっていく。
1885年という制作年も重要である。
この時期、画家は二十歳を過ぎたばかりである。
パリで学びはじめた頃で、まだ夜の店の主題には向かっていない。
暗い背景に人物を置く構成は、当時の一般的な肖像の型である。
型から出発し、後に自分の方法を作っていったことになる。

こちらも板の小品である。
女性が半身で描かれている。黄土色の上衣と、濃紺の裾。
頭に黒い羽根飾りの帽子。顔は右を向き、頬に赤みがある。
背景は淡い黄白色で、上方に緑の帯がある。屋外だろう。
右上に馬に乗った人物が小さく描かれている。
地の色が広く残り、絵具は薄い。
つまり板でも、厚紙と同じように地を活かしている。