画家を知る

厚紙の地を、残す——トゥールーズ=ロートレック

サーカスの絵

女曲馬師(フェルナンド曲馬団にて)
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《女曲馬師(フェルナンド曲馬団にて)》1887〜1888年。油彩・画布。縦100.3センチ、横161.3センチ。シカゴ美術館蔵。アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《女曲馬師(フェルナンド曲馬団にて)》シカゴ美術館蔵

横長の大画面である。縦100.3センチ、横161.3センチ。

円形の馬場が、白い床として大きく描かれている。

その縁は赤い帯で、奥の客席へ続く。

中央に灰色の馬が走り、背に女性が横向きに乗っている。

その左に、黒い服の調教師が背を向けて立ち、鞭を持つ。

奥の客席には人影が並び、右上に楽団らしい姿がある。

床の白が画面の半分を占めている。

つまり明るい面が主役で、人物は暗い形として置かれている。

制作は1887年から88年。二十代の作品である。

構図の切り方にも注目したい。

馬場の円は、画面の左右で切れている。

つまり全体を見せず、一部を切り取っている。

見物客も、頭や肩だけが画面の端に入る。

この切り方は、写真の画面や日本の版画に近い。

対象を中央に据えて完結させる構図とは、考え方が違う。

場面の一部を抜き出すことで、その場にいる感じが強まる。

劇場の絵

「シルペリック」でボレロを踊るマルセル・ランデール
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《「シルペリック」でボレロを踊るマルセル・ランデール》1895〜1896年。油彩・画布。縦145センチ、横149センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《「シルペリック」でボレロを踊るマルセル・ランデール》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

ほぼ正方形の大画面である。縦145センチ、横149センチ。

舞台の場面である。

中央に女性が踊っている。桃色と緑の裾が大きく広がる。

腕を伸ばし、体を捻っている。顔は横を向く。

その右に、青い衣装の男性が三人並ぶ。

さらに右に、赤褐色の衣の男が立つ。

左には観客と、舞台袖の人物が重なる。

背景には白い建築の書き割りが見える。

つまり舞台の上と下を同じ画面に入れている。

観客の顔が、踊り手と同じ大きさで描かれている。

見る側と見られる側を、並列に置く構成である。

寸法も見ておきたい。縦145センチ、横149センチ。

ほぼ正方形の大画面である。

舞台の絵としては珍しい形式で、横長の劇場空間を切り詰めている。

そのぶん、踊り手の動きが画面の中心に集まる。

裾の広がりが、正方形の対角線に沿って伸びている。

画面の形と動きの方向が、合わせて設計されている。

家の事情と、身体の条件

経歴にも触れておきたい。

この画家は南フランスの貴族の家に生まれた。

幼少期の骨の病と骨折の後遺症で、脚の成長が止まったと伝えられる。

身長は成人しても低く、歩行に杖を使った。

家業や軍務の道を進めない立場で、絵を選んだことになる。

生活の資は家からの援助があった。

つまり売るために描く必要は、他の画家ほど強くなかった。

その条件が、主題の自由につながった面はあるだろう。

夜の店に通い、常連として描き続ける。生活の形と主題が一致している。

ただし、身体の条件から作品を説明しすぎるのも慎みたい。

描かれているのは本人の事情ではなく、店の光景である。

昼の店の絵

ムーラン・ド・ラ・ギャレットの一隅
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《ムーラン・ド・ラ・ギャレットの一隅》1892年。厚紙に油彩。縦100センチ、横89.2センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《ムーラン・ド・ラ・ギャレットの一隅》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

再び厚紙の作品である。しかし大きい。縦100センチ、横89.2センチ。

店の一隅が描かれている。

手前に白い卓があり、グラスが二つ置かれている。

その手前に、青緑の上着の女性が座っている。横顔である。

卓の向こうには、黒い服の女性が立っている。手を腰に当てている。

さらに奥に人物が四、五人。帽子や襟だけが見える。

背景は緑と青の縦の筆で、店の壁と装飾を示している。

ここでも厚紙の地が、床と人物のあいだに残っている。

夜の照明という条件

描かれた場所の光にも触れておきたい。

ダンスホールや劇場の照明は、ガス灯と電灯だった。

いずれも当時の光源としては強いが、色が偏っている。

ガス灯は黄緑に寄り、電灯は青白い。

その光が人の顔に当たると、肌の色が変わる。

この画家の絵に、緑がかった顔や白すぎる顔が現れるのは、
その照明の効果を描いているためだと考えられる。

つまり不自然な肌の色は、誇張ではなく観察の結果でもある。

夜の店を主題にすると、光の色が主題の一部になる。

昼の絵とは、色の設計がまったく違ってくる。

同時代の画家が夜の景色に取り組んだ例は他にもある。

その扱いについては別のコラムで扱った。

小さな板の肖像

カルメン・ゴーダン
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《カルメン・ゴーダン》1885年。板に油彩。縦23.8センチ、横14.9センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《カルメン・ゴーダン》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

小さな絵である。縦23.8センチ、横14.9センチ。

女性が横向きに座っている。

赤みの強い髪。顔は下を向き、目は伏せている。

服は暗い青灰色。肩から袖の線が柔らかい。

背景は暗い褐色と緑で、輪郭が溶けている。

つまり線がほとんど使われていない。

同じ画家の作品でも、初期の一点では描き方が違う。

輪郭線で形を決める方法は、後年に強まっていく。

1885年という制作年も重要である。

この時期、画家は二十歳を過ぎたばかりである。

パリで学びはじめた頃で、まだ夜の店の主題には向かっていない。

暗い背景に人物を置く構成は、当時の一般的な肖像の型である。

型から出発し、後に自分の方法を作っていったことになる。

エミリー
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《エミリー》1890年代後半。板に油彩。縦41.3センチ、横32.4センチ。メトロポリタン美術館蔵。アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《エミリー》メトロポリタン美術館蔵

こちらも板の小品である。

女性が半身で描かれている。黄土色の上衣と、濃紺の裾。

頭に黒い羽根飾りの帽子。顔は右を向き、頬に赤みがある。

背景は淡い黄白色で、上方に緑の帯がある。屋外だろう。

右上に馬に乗った人物が小さく描かれている。

地の色が広く残り、絵具は薄い。

つまり板でも、厚紙と同じように地を活かしている。