上から見下ろした画面は、一点だけ——ブレス・ラッド・ディーン・ダヤールほか九点

三点目は、12.7×19.1センチ。
九点のなかで、いちばん小さい。
画面には、川と、対岸の木立が描かれる。
木は細かい線で、密に並ぶ。
その奥に、低い建物と煙突がある。
手前は、草地らしい。
犬らしい小さな影が、一つある。
線は薄く、鉛筆の跡が細い。
館の記録の題に、日付が入っている。
六月二十二日、と書かれている。
年も、その後に付く。
つまり、この一葉だけは描いた日が分かる。
今回の九点で、日付まで分かるのはこの一点だけである。
そして、その日付は画家自身が書いたものらしい。

鳥瞰と名づけられた写真
九点のうち一点は、鳥瞰と題されている。
写真で、館の記録に寸法の欄はない。
画面の左右に、細い糸杉が並ぶ。
木は等間隔に立ち、上へまっすぐ伸びる。
その間に、平らな土地が広がる。
土地は明るく、細部が飛んでいる。
奥のほうに、低い建物の列が霞んで見える。
さらに奥は、白い空である。
人らしい小さな影が、二つか三つある。
つまり、この画面は上から見下ろしていない。
地面に近い位置から、水平に見ている。
館の記録の題には、泉から、と書かれている。
高い場所ではない。
それでも、題には鳥瞰の語がある。
広い範囲を見渡した眺め、という意味で使われたのだろう。
館の記述によれば、この写真帖はある戦争を扱っている。
そして、当時の技術では戦いの瞬間は撮れなかった。
だから、出来事のあった場所や、陣営や、肖像が撮られた。
つまり、これは戦地の記録の一枚である。

上から見下ろした、唯一の画面
九点のうち、はっきり上から見下ろしているのは一点だけである。
インドの細密画で、館の記録に寸法の欄はない。
縦長の画面である。
画面の下半分に、水を張った池がある。
池は四角く、階段が付く。
その水のなかに、女性が数人いる。
体を水に浸し、腕を伸ばしている。
池の左右には、建物の壁と柱がある。
そのさらに上に、庭がある。
庭は幾何学的に区切られ、花が並ぶ。
その上に、宮殿の建物が段になって続く。
いちばん上には、丘と、砦らしい形がある。
そして、その奥に軍勢らしい細かい点がある。
つまり、一枚の画面が手前から地平線まで貫いている。
館の記述によれば、この画家は遠近の扱いを試している。
そして、その方法をヨーロッパの作品から学んだという。
館はさらに、画家が自分の名を画面のなかに書いたことも書く。
中央の建物の下、庭を見下ろす位置である。
館の記録は、その文面も写している。

一望の絵に、人はいるか
九点で、人の数を数えたい。
人が描かれているのは、六点である。
そのうち、手前に大きく描かれているのが三点。
小さな点として散っているのが、三点。
人のいないのが、三点だった。
手前に人を置く三点は、いずれも意味がある。
一点は、物語の場面である。
一点は、水浴の場面である。
一点は、参詣の場面である。
つまり、一望の絵でも主題は手前にある。
広い眺めは、その背景として置かれている。
館の記述も、そのことを書いていた。
手前に物語の場面を置き、後ろに眺めを描く。
それが世界風景という形式だという。
九点のうち三点が、その構成をとっている。
残る六点では、眺めそのものが主題である。
人は小さいか、いない。
つまり、一望の絵は二種類に分かれる。
眺めを背景にするか、眺めを主題にするか。
その差は、手前に人がいるかどうかで見分けられる。
縦長の一望
九点のうち一点だけ、縦長の画面があった。
インドの細密画である。
なぜ縦長なのか。
理由は、視点にある。
上から見下ろすと、手前から奥までが縦に並ぶ。
池が手前、庭がその上、宮殿がさらに上、丘がいちばん上。
つまり、奥行きが画面の上下に変換されている。
横に広げる必要がない。
一方、水平に近い位置から見ると、奥行きは圧縮される。
遠くのものは、水平線の近くに集まってしまう。
だから、左右に広げるしかない。
七点の横長は、その事情による。
つまり判型は、視点の高さと結び付いている。
高い位置から見れば縦、低い位置から見れば横。
九点の分かれ方は、その通りになっていた。
前に階段や廊下を扱った回でも、似た話をした。
視点の位置が、画面の形を決める。
そして視点の位置は、たいてい記録に書かれない。
読めるのは、画面からだけである。
数え直す
九点を並べ直したい。
広い範囲を一度に見せる画面は、八点。
そのうち、横長が七点。
複数枚に分かれているのが、三点。
素描帖の一葉が、三点である。
はっきり上から見下ろしているのは、一点だけだった。
残る七点は、水平に近い位置から見ている。
つまり、鳥瞰や全景という語は、必ずしも高い視点を意味しない。