名画の楽しみ方

上から見下ろした画面は、一点だけ——ブレス・ラッド・ディーン・ダヤールほか九点

鳥瞰や全景という語は、視点の高さを意味しない。九点で数えると、実際に見下ろしているのは一点だけだった。残る八点は水平に近い位置から広い範囲を写す。三メートルの水彩と、二枚組の写真が並ぶ。高さを得るには、塔か山か気球が要る。

洗礼者聖ヨハネのいる風景
ヘッリ・メット・デ・ブレス《洗礼者聖ヨハネのいる風景》クリーヴランド美術館蔵

高い場所から、世界の全部が見える

一枚の板絵に、途方もなく広い眺めがある。

額なしで30.5×42.3センチ。

横長だが、大きくはない。

画面の下の左寄りに、人の群れがある。

十数人が、斜面に集まっている。

衣は赤、青、白、金で、装飾が多い。

その中央に、指を上げた人物が立つ。

館の記録の題によれば、洗礼者の場面である。

人々の向こうは、急に開ける。

低い岸が伸び、湾が広がる。

湾には、大きな帆船が数艘いる。

その先に、崖の連なる岬がある。

崖は青灰色で、上へ細く尖る。

さらに奥には、町がある。

塔と屋根が、細かく描き込まれている。

いちばん奥は、白い霞である。

山の輪郭が、そこへ溶けていく。

つまり、手前の数メートルから、地平線までが一枚に入っている。

館の記述によれば、この形式は世界風景と呼ばれる。

手前に物語の場面を置き、その後ろに広大な眺めを描く。

十六世紀を通じて流行した形式だという。

館はさらに、港町の眺めが純粋に想像であるとも書く。

そして、奥を霞ませて距離を作る方法にも触れている。

館の記録によれば、署名は絵のなかにある。

右下の岩の上に、梟が座っている。

その梟が、画家の署名である。

洗礼者聖ヨハネのいる風景
ヘッリ・メット・デ・ブレス《洗礼者聖ヨハネのいる風景》1540年頃。館の記録では、板に油彩。額なしで30.5×42.3センチ。番号は1967.20。クリーヴランド美術館蔵。ヘッリ・メット・デ・ブレス《洗礼者聖ヨハネのいる風景》クリーヴランド美術館蔵

高い場所から見下ろすと、広い範囲が一度に見える。

だが、細部は小さくなる。

その二つは、いつも引き換えである。

九点を並べて、その引き換えを数えたい。

一望の絵は、横に長い

集めかたは、館の記録の題によっている。

鳥瞰、俯瞰、一望、全図にあたる語が入るものを拾った。

英語の題では、鳥の目の眺めや、全景を意味する語である。

九点のうち、広い範囲を一度に見せる画面は八点だった。

まず、判型を数えたい。

横長が七点。

縦長が一点。

そして、極端に横長なものが三点ある。

いちばん極端なのは、二枚組の水彩である。

全体で45.7×300.7センチ。

幅が高さの六.六倍ある。

三メートルの紙に、港の全景が描かれている。

画面には、水面が左から右へ続く。

その向こうに、町並みが低く伸びる。

建物は小さく、輪郭だけである。

水面には、帆船と汽船が点々と浮かぶ。

数えると、二十隻以上ある。

空は淡い青で、雲が薄い。

つまり、この画面には奥行きがほとんどない。

あるのは、左右の広がりだけである。

ニューヨーク港の全景
ローレンス・ダブリュー・ラッド《ニューヨーク港の全景》1880年代。館の記録では、紙にペンとインクと水彩、鉛筆。全体で45.7×300.7センチ、二枚組。スミソニアン・アメリカ美術館蔵。ローレンス・ダブリュー・ラッド《ニューヨーク港の全景》スミソニアン協会蔵

一望は、二枚に分けて作る

横に長い画面を作る方法は、二つある。

一枚の長い紙に描くか、複数枚をつなぐかである。

九点のうち、複数枚のものが三点あった。

一点は、いま見た二枚組の水彩である。

もう一点は、写真である。

台紙まで含めて19×50.5センチ。

二枚の印画を、並べて貼ってある。

画面の中央に、川が横たわる。

水は明るく、静かである。

左には、岩の岸と、建物が密集する。

右にも、低い岸と塔がある。

奥は霞んでいる。

館の記述によれば、左の島には寺院がある。

そして右の岸にも、別の祠があるという。

つまり、二枚に分けたのは両岸を入れるためである。

一枚では、川の幅が収まらない。

館の記録によれば、左の印画の縁に数字が書かれている。

陰画の番号だろう。

オンカーレーシュワルのナルマダー川を望む二枚続きのパノラマ
ラージャ・ディーン・ダヤール《オンカーレーシュワルのナルマダー川を望む二枚続きのパノラマ》1882年。館の記録では、アルビュメン・プリント。台紙を含めて19×50.5センチ。番号は2024.82。クリーヴランド美術館蔵。ラージャ・ディーン・ダヤール《オンカーレーシュワルのナルマダー川を望む二枚続きのパノラマ》クリーヴランド美術館蔵

三点目は、日本の版画である。

紙は26.1×37.8センチ。

画面の手前に、女性が三人と子どもが一人いる。

いずれも大きな模様の衣を着る。

その背後に、緑の木立と岩がある。

上のほうには、滝と、仏像らしい形が見える。

館の記述によれば、これは三枚続きの右の一枚である。

そして、全体では八人の女性と子どもが橋を渡る場面だという。

その背後に、聖地の全景が広がっていた。

つまり、いま見えているのは全景の三分の一である。

残る二枚は、館にない。

前にも、組物が欠けている例を何度か見た。

上野国榛名山
菊川英山《上野国榛名山》1830年代頃。館の記録では、多色木版。紙は26.1×37.8センチ。番号は1943.35。クリーヴランド美術館蔵。菊川英山《上野国榛名山》クリーヴランド美術館蔵

素描帖の、横に長い一葉

素描帖の三点を見たい。

いずれも、横長の紙に細い線で描かれている。

一点目は、13.3×21センチ。

画面には、枠が引かれている。

その内側に、丘の稜線が数本走る。

稜線は重なり、奥へ続く。

左下に、小さな建物の集まりがある。

四角い形が、いくつか並ぶ。

線は細く、薄い。

右下に、書き込みがある。

館の記録の題によれば、ある土地の一望である。

この画家の素描は、回廊を扱った回でも取り上げた。

同じ帖の別の葉である。

ネビ・サムエルの一望(スケッチブックより)
メアリー・ニューボールド・サージェント《ネビ・サムエルの一望(スケッチブックより)》1904年。館の記録では、紙に黒鉛。13.3×21センチ。番号は50.130.150ss表。メトロポリタン美術館蔵。メアリー・ニューボールド・サージェント《ネビ・サムエルの一望(スケッチブックより)》メトロポリタン美術館蔵

二点目は、18.4×22.9センチ。

画面の左に、木の塊がある。

葉は丸い線の連なりで示される。

右のほうに、家並みが薄く描かれる。

屋根と壁の輪郭だけである。

その奥に、丘の稜線が走る。

線の数は、全部で数十本しかない。

紙の下のほうは、白いままである。

館の記録によれば、制作年は1834年と1838年である。

二つの年が並んでいる。

同じ帖を、四年空けて使ったのだろう。

そして、この一葉は裏面である。