作品を知る

大理石は、削るしかない——ロダン・パーマー・エーレトほか九点

天使たちの墜落
オーギュスト・ロダン《天使たちの墜落》1890年から1900年ごろ。館の記録では、大理石。全体は53.5×69.9×40.6センチ。番号は1960.85。クリーヴランド美術館蔵。オーギュスト・ロダン《天使たちの墜落》クリーヴランド美術館蔵

横長の塊である。

全体は53.5×69.9×40.6センチある。

下半分は、粗い岩のままである。

鑿の跡が、荒く残る。

面は角ばり、方向がそろわない。

上半分に、二つの体がある。

二人は絡み合い、横たわる。

一人の背には、翼がある。

翼の羽は、一枚ずつ彫られる。

もう一人は、下に沈む。

顔は、髪と腕に隠れる。

体の表面は、なめらかである。

磨かれていて、光を柔らかく返す。

なめらかな部分と粗い部分の境は、はっきりしない。

途中で、少しずつ変わる。

磨いた面から、鑿の面へ、段階がある。

段階の数は、数えられない。

館の記録では、絡み合う二人は、この作者の大きな門の彫刻の人物を思わせる。

ある詩人の描いた、肉の罪ゆえに地獄で苦しむ者たちの記述に打たれ、この作者は門に抱き合う恋人たちを配した。

ここでは、翼のある姿が、天から追われた天使の話に触れている。

そして館は、こう書いている。

この作者は、官能的な主題には大理石を好んだ。

人物のなめらかな面と、その下の粗く削られた部分が対比をなす。

それが、二人が硬く生命のない石から花開いてくるような印象を与えるという。

館の記録は、そう説明している。

つまり粗い部分は、失敗ではない。

そこで止めることが、選ばれている。

どこで止めるかは、彫る前には決められない。

削りながら決めることになる。

そして一度削れば、戻せない。

九点のうち、削り残しが意匠なのは、この一点である。

十七年後に、石が彫られる

五点目では、二つの年が離れている。

メルクリウスと亀
アルバート・イー・ハーニッシュ《メルクリウスと亀》1862年、彫りは1879年。館の記録では、大理石。105.4×38.1×43.2センチ。番号は1982.442。メトロポリタン美術館蔵。アルバート・イー・ハーニッシュ《メルクリウスと亀》メトロポリタン美術館蔵

少年の立像である。

105.4×38.1×43.2センチある。

体は前へかがむ。

顔は下を向き、足元を見る。

頭には、翼の付いた帽子をかぶる。

翼は左右に広がる。

髪は短く、巻いている。

上半身は裸である。

右腕は下がり、左腕は体の前へ回る。

両手は、腹の前で合わさる。

手の中に、平たいものを持つ。

亀の甲羅である。

腰から下に、布が掛かる。

布は右腿を覆う。

足元には、円い台がある。

台の上に、両足が乗る。

足の指は、一本ずつ彫り分けられる。

台の側面には、装飾がない。

館の札には「少年たち」とある。

館の記録では、年の欄が二つに分かれている。

1862年と、彫りは1879年である。

つまり原型ができてから、石が彫られるまで十七年ある。

大理石は、粘土や石膏の原型から写して彫る。

原型があれば、いつでも彫れる。

そして注文が来るまで、彫らないこともある。

九点のうち、原型と彫りの年が離れているのは、この一点である。

そして館の記録は、その二つを分けて書いている。

書かなければ、1879年の作に見える。

書けば、構想が十七年前だと分かる。

円い浮き彫りが、貝の彫りから来る

六点目は、浮き彫りである。

夕べ
エラスタス・ダウ・パーマー《夕べ》1850年ごろ。館の記録では、大理石。直径53.3センチ、額を含めて72センチ。番号は1977.10.1。クリーヴランド美術館蔵。エラスタス・ダウ・パーマー《夕べ》クリーヴランド美術館蔵

円い浮き彫りである。

直径は53.3センチある。

額を含めると72センチになる。

額は木で、明るい黄褐色である。

額の内側の縁に、金の線が回る。

中央に、女性の顔がある。

顔は横を向き、目を閉じる。

髪は後ろへ流れ、額に垂れる。

頭の後ろから、翼が出る。

翼は上へ広がり、羽が細かい。

顔の下には、雲がある。

雲は丸く盛り上がる。

浮き彫りの高さは、低い。

いちばん高いところで、一センチほどに見える。

背景は平らで、何もない。

地の面には、細かい鑿の跡もない。

磨いて平らにしてある。

館の記録では、この作者は経歴の初めにカメオの肖像を作っていた。

宝石や貝を低い浮き彫りに彫ったものである。

そして館は、こう書いている。

朝と夕べを表すこの大理石の繊細な彫りは、おそらく初期のカメオの経験によるという。

館の記録は、そう説明している。

つまり材料は変わっても、彫りの深さは変わらない。

貝は薄いので、深く彫れない。

その制約が、大理石でも続いている。

大理石なら、もっと深く彫れる。

しかし、この作者は深くしていない。

身につけた手の動きが、材料より先にある。

九点のうち、別の材料の癖が残っているのは、この一点である。

題に大理石があり、材料の欄にはない

七点目では、記録が食い違う。

キャビネットの大理石の天板
アンドレ=シャルル・ブール《キャビネットの大理石の天板》1690年ごろ。館の記録では、黒檀、金属と鼈甲の象嵌。全体は117.5×51センチ。番号は1949.539.b。クリーヴランド美術館蔵。アンドレ=シャルル・ブール《キャビネットの大理石の天板》クリーヴランド美術館蔵

横長の板である。

全体は117.5×51センチある。

厚みは薄い。

面は磨かれ、艶がある。

色は、緑と赤と白と黒が混じる。

緑の地に、白い筋が走る。

筋は枝分かれし、途中で切れる。

右のほうには、赤褐色の塊がある。

塊のまわりにも、白い筋がある。

左の端には、黒に近い部分がある。

模様に、規則がない。

同じ形が二度現れない。

縁は、直線に切られている。

切り口の厚みは、数センチに見える。

家具の上に載せるための板である。

館の記録は、この作り手について長く書いている。

王の家具師に任じられ、家具作りの名手になった。

金属の文様を鼈甲に象嵌し、それを家具の表面に貼る技法で知られる。

その水準に達した者は少なかったという。

館の記録は、そう説明している。

そして材料の欄には、黒檀と、金属と鼈甲の象嵌とある。

大理石は、書かれていない。

題には、大理石という語がある。

つまり題と材料の欄が食い違っている。

この板は、もとは大きな家具の一部である。

材料の欄は、家具全体のものを引き継いでいる。

分けて登録したときに、材料が付いてきた。

記録の作り方が、そのまま残っている。

九点のうち、材料の欄に大理石がないのは、この一点である。