大理石は、削るしかない——ロダン・パーマー・エーレトほか九点
大理石の格子を、写真に撮る
八点目では、大理石が建物になる。

横長の写真である。
紙は23.9×29.4センチある。
画面いっぱいに、建物の壁がある。
壁には、尖ったアーチの枠が並ぶ。
枠は大きく、左右に二つある。
枠の中は、細かい格子で埋まる。
格子の目は、星と六角形が組み合う。
穴の一つは、指の先ほどしかない。
形はどれも同じで、寸法もそろう。
一枚の板から、彫り抜かれている。
継いだ跡は見えない。
数は、数千に及ぶ。
格子の向こうは、暗い。
光が通っているが、中は見えない。
枠と枠のあいだには、細い柱が立つ。
上には、水平の帯が回る。
帯にも、浅い彫りがある。
石の色は、白から灰色である。
画面の左には、影が落ちる。
影は柱の形をしている。
斜め上から光が来ている。
館の記録では、この精巧な透かし格子は、ある聖者の廟を飾っている。
この建物は、この地方の建築の最も優れた例の一つとされる。
ある皇帝が、聖者を讃えて建てたという。
そして館は、こう付け加えている。
彫られた大理石の格子は、装飾だけでなく、内部に光と風を入れる。
同時に、日差しのまぶしさと、外からの視線を防ぐという。
つまり格子は、通すものと止めるものを選り分けている。
光と風は通り、視線は止まる。
館の記録は、そう説明している。
つまりここでは、大理石は削ることで穴になっている。
彫るとは、残すことでもある。
格子の細い部分は、削り残された線である。
穴の側から見れば、削った跡である。
同じ一つの面が、両方に見える。
大理石の板が、絵に描かれる
最後の一点で、大理石は絵になる。

横長の水彩である。
紙は27.5×39.5センチしかない。
絵は、楕円の中に収まる。
楕円の外は、紙の色である。
画面の下に、水平の板がある。
板は灰色で、細かい斑がある。
板の縁は、二段になる。
上の段は明るく、下の段は暗い。
板の上に、果実が並ぶ。
大きな桃が三つある。
桃は黄と赤で、片側が濃い。
その手前に、紫の李が四つある。
李の表面には、白い粉が乗る。
左には、葉の付いた枝が伸びる。
葉は緑で、縁に鋸の歯がある。
一枚の葉は、裏を見せる。
館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。
材料は水彩の一語である。
つまり大理石は、絵の具で描かれている。
板の斑は、細かい点を打って作られている。
そして果実には、影が付く。
影は板の面に落ち、横に伸びる。
影の色は、板の灰色より少し暗い。
輪郭はぼやけている。
九点のうち、大理石が絵の具なのは、この一点である。
描かれているのは、白い大理石ではない。
灰色で、斑の多い石である。
果実を載せる台として選ばれている。
模様のある石のほうが、果実の丸みを引き立てる。
数えてみると
九点を並べ直す。
大理石でできた彫刻は、五点である。
小像、頭部、胸像、絡み合う二人、そして少年像。
浮き彫りを含めれば、六点になる。
浮き彫りは、彫刻でもあり絵でもある。
奥行きは一センチしかないが、光で形が出る。
数えるときに、どちらへ入れるか迷う一点である。
色と筋を見せる板が、一点。
写真に写った建物が、一点。
絵に描かれた板が、一点である。
もう一つ数える。
九点のうち、大理石が白いのは六点である。
色と筋のあるものは、二点である。
胸像の黒い台座と、家具の天板。
写真の格子は、白から灰色に写っている。
写真では、石の色を確かめられない。
館の記録が、大理石と書いているだけである。
模様のある石を人工の材料で真似た例は、大理石ガラスで扱った。
さらに数える。
九点のうち、館の記録の材料の欄に大理石という語があるのは六点である。
残る三点では、大理石は題か説明文の中にある。
写真の格子、家具の天板、そして絵に描かれた板。
どれも、大理石そのものが館にあるわけではない。
天板だけは、館にある。
しかし記録には書かれていない。
言えることと、言えないこと
言えるのは、大理石が「削った跡が残る材料だ」ということである。
粘土なら、足して直せる。
青銅なら、型から何度でも出せる。
大理石は、削るしかない。
だから鑿の跡が残り、削り残しが意匠になる。
透かし格子では、削った穴が光を通す。
九点のうち三点で、削るという行為そのものが見えていた。
絡み合う二人の下の岩、頭部の切り口、そして格子の穴。
どれも、手を止めた場所が残っている。
磨いてしまえば、跡は消える。
消さないことも、一つの選択である。
言えないのは、大理石がつねに白いという話である。
黒い台座も、緑と赤の天板も大理石である。
同じ石が、形を見せる側と、模様を見せる側に分かれる。
分かれ目は、石の産地と層の位置で決まる。
選ぶのは、彫る人ではなく、掘り出す人である。
形を見せるには、模様が邪魔になる。
だから彫刻には、白くて筋の少ない石が選ばれる。
筋があれば、顔の上を横切ってしまう。
模様は、平らな板でこそ生きる。
同じ石が、用途で選び分けられている。
最後に、はじめの一つへ戻る。
四千年以上前の小像には、目も口もない。
彫らなかったのか、彫ったものが消えたのかは分からない。
表面には、褐色の染みだけが残る。
削られた形だけが、そのまま伝わっている。
九点を数え終えて残るのは、削るという一方向の作業のほうである。
足せないことが、この材料の性格を決めている。
決めたことが、そのまま残る。
そして削り終えた面は、磨けば光る。
光るまでの手数は、記録に書かれない。
書かれるのは、石の名と、寸法だけである。
手数は、面の光り方にだけ残る。
見る側は、そこから逆に手を数える。









