名画の楽しみ方

寸法の欄に、見え掛かりとある——象牙に描く細密肖像

技法の欄に、ケースが入る

九件のうち一件の技法の欄は、長い。

象牙に水彩、そして赤い革の箱に収める、と続く。

材料の説明が、箱まで及んでいる。

前の回の記事で、拳銃の箱について同じことを書いた。

写真の箱についても、同じことを書いた。

収める容器が、作品の一部として扱われる。

なぜ、そうなるのか。

揃いで作られ、その形に合わせて作られているからだ。

切り離せば、どちらも意味が減る。

九件のうち、写真に箱が写るのは三件である。

しかし、技法の欄に箱が書かれるのは一件だけだ。

書き方が揃っていない。

紳士の肖像
ダニエル・ディキンソン《紳士の肖像》1820年から1822年。館の記録では、象牙に水彩、赤い革の箱に収める。縦8.3センチ、横7センチ。番号は31.61。メトロポリタン美術館蔵。ダニエル・ディキンソン《紳士の肖像》メトロポリタン美術館蔵

白黒の写真で写される。

男性の胸像が、画面いっぱいに描かれる。

顔はやや右を向く。

髪は黒く、耳の上でうねる。

眉が太く、目が深い。

頬に、光が当たる。

上着は黒く、襟が高く立つ。

首もとに、白い布が幾重にも巻かれる。

布は顎の下でふくらむ。

背景は上が暗く、下が明るい。

輪郭のまわりに、細い斑が散る。

象牙の地の質感だろう。

箱の中の、緑の布

九件のうち一件は、箱を開いた状態で写される。

箱は二つ折りで、内側に布が張られる。

左の面には、絵を収める窪みがある。

右の面に、絵が嵌まっている。

つまり、閉じれば絵は隠れる。

持ち歩き、開いて見るための作りだ。

前の回の記事で、金属板の写真について同じことを書いた。

複製できない一枚は、こういう見られ方をする。

細密の肖像も、同じである。

一点しかないから、手もとに置く。

置くために、箱がいる。

紳士の肖像
ジョージ・カトリン《紳士の肖像》1827年。館の記録では、象牙に水彩。縦6センチ、横4.8センチ。番号は1985.141.1。メトロポリタン美術館蔵。ジョージ・カトリン《紳士の肖像》メトロポリタン美術館蔵

箱が開いた状態で写される。

内側は、深い緑の布で張られる。

左の面に、楕円の窪みがある。

その下に、小さな白い紙片が貼られる。

紙片には、鳥のような図と文字がある。

作った店の札だろう。

右の面に、楕円の絵が嵌まる。

金色の細い枠が、絵を囲む。

上端に、小さな金の輪が付く。

絵の中に、男性の胸像がある。

顔はやや左を向き、こちらを見る。

黒い上着に、白い襟が高く立つ。

画像の縁に、色の帯が写る

いま見た一件の画像には、上下と左右に濃い桃色の帯がある。

作品の一部ではない。

撮影のときに使う、色の基準だろう。

あるいは、走査の設定によるものかもしれない。

いずれにせよ、記録には関係がない。

前の回の記事で、撮影用の目盛りが写り込む例を見た。

こちらは、色の帯である。

館の公開画像には、こういう痕跡が残ることがある。

記録の欄には、当然書かれていない。

写真を見た人だけが、気づく。

箱に、番号が書かれている

もう一件では、箱の縁に数字が書かれている。

館の受入番号である。

前の回の記事で、鐔の面に赤い数字が書かれた例を見た。

金属には、消せる塗料で書ける。

箱の縁の布や革にも、書けるのだろう。

作品そのものではなく、容れ物に書く。

そのほうが、傷つけずに済む。

館は、なぜ書くのかを記録に残さない。

取り違えを防ぐためだろうと想像はできる。

しかし想像であって、記録ではない。

カトリン夫人
ジョージ・カトリン《カトリン夫人》1830年ごろ。館の記録では、象牙に水彩。縦5.1センチ、横4.4センチ。番号は38.146.13。メトロポリタン美術館蔵。ジョージ・カトリン《カトリン夫人》メトロポリタン美術館蔵

赤い縁の箱に、絵が収まる。

内側は、濃い紫の布で張られる。

中央に、楕円の窓がある。

窓の縁を、細い紐の飾りが囲む。

窓の中に、女性の胸像が描かれる。

顔はやや左を向く。

髪は黒く、両側で細かく巻く。

巻いた髪が、耳の下まで垂れる。

首は細く長い。

肩は白く、衣が広く開く。

胸もとに、白い襞が重なる。

箱の下の縁に、数字が書かれている。

台紙に、被写体の名が印字される

九件のうち一件は、額の下に文字がある。

被写体の名と、その人の肩書き。

そして、寄贈した人の名と住所。

金色の文字で、三行にわたって印字される。

つまり、額そのものが記録を持っている。

館の記録の欄と、同じ内容が書かれている。

寄贈した人が、額に文字を入れさせたのだろう。

自分の名を残すために。

前の回の記事で、寄贈者の名が出所の行に残る話を何度も書いた。

こちらは、行ではなく物に残っている。

物に書かれた記録と、館の記録が並んでいる。

モーリス・レヴィ
エズラ・エイムズ《モーリス・レヴィ》1820年ごろ。館の記録では、象牙に水彩。縦7.5センチ、横6センチ。番号は95.12。メトロポリタン美術館蔵。エズラ・エイムズ《モーリス・レヴィ》メトロポリタン美術館蔵

黒い台に、絵が嵌め込まれる。

絵の周囲を、金色の細い枠が囲む。

台の上端に、金色の飾り金具が付く。

葉の形をした、小さな金具である。

絵の中に、男性の胸像がある。

顔はやや右を向く。

髪は赤褐色で、額の上で立つ。

黒い上着に、白い襟が高く巻かれる。

背景は、水色と桃色が混ざる。

台の下部に、金色の文字が三行入る。

上の行が大きく、下の二行は小さい。

出所の行が、六つに分かれる

九件の出所の行を並べると、六つの経路になる。

同じ基金による購入が四件。

そのうち三件は、連番の家族の肖像である。

残る一件は、別の年の購入だ。

ほかは、寄贈が二件、別の基金による購入が三件。

受入の年は、1895年から1985年まで。

九十年の幅がある。

細密の肖像は、比較的早くから集められていた。

小さく、保管しやすいからだろう。

大きな絵と違い、置き場所を選ばない。

前の回の記事で、大きな屏風が一件ずつしか入らない話を書いた。

小さいものは、まとめて入りやすい。

大きさが、収集の速度を左右する。