名画の楽しみ方

寸法の欄に、見え掛かりとある——象牙に描く細密肖像

覆いの窓から見える範囲を、見え掛かりという。細密の肖像は枠に嵌まり、絵の縁が隠れる。だから記録は象牙全体と、見えている部分を分けて測る。隠れた縁が何を語るのかを読みたい。三センチの絵に、顔が描かれている。

レベッカ・ウェザリル
ジョージ・ヒューイット・カッシュマン《レベッカ・ウェザリル》メトロポリタン美術館蔵

寸法の欄に、見え掛かりとある

細密の肖像を九件、記録の欄で並べてみる。

寸法の欄に、聞き慣れない語が入る件がある。

見え掛かり。

覆いの窓から見える範囲のことである。

細密の肖像は、たいてい枠に嵌められている。

枠の内側が窓になり、そこから絵が見える。

窓の外側は、枠に隠れて見えない。

だから、絵そのものの大きさと、見える大きさが違う。

館は、その二つを分けて書くことがある。

九件のうち四件に、この語がある。

見えている部分と、隠れている部分

一件では、二つの数字組が並ぶ。

象牙そのものが、縦13.3センチ、横13.3センチ。

見え掛かりが、縦10.8センチ、横8.3センチ。

つまり、正方形の象牙が、縦長の窓から見えている。

横は五センチ、縦は二センチ半が隠れている。

隠れた部分に、何が描かれているかは分からない。

枠を外さなければ、見られない。

館は、外して測ったのだろう。

だから、二つの数字が書ける。

書かなければ、正方形であることは伝わらない。

前の回の記事で、作品がどこまでかという問いを何度も見た。

ここでは、見える範囲と実際の範囲が違っている。

レベッカ・ウェザリル
ジョージ・ヒューイット・カッシュマン《レベッカ・ウェザリル》1849年ごろ。館の記録では、象牙に水彩。象牙は縦13.3センチ、横13.3センチ。見え掛かりは縦10.8センチ、横8.3センチ。番号は50.153。メトロポリタン美術館蔵。ジョージ・ヒューイット・カッシュマン《レベッカ・ウェザリル》メトロポリタン美術館蔵

四角い枠の中に、楕円の窓がある。

窓の縁は、金色の縄目の飾りで囲まれる。

枠の上端に、金色の帯が渡る。

その中央に、輪が立つ。

吊るすための金具だろう。

窓の中に、女性の胸像が描かれる。

顔はやや右を向く。

髪は巻き毛で、両側にふくらむ。

額の中央で、髪が左右に分かれる。

肩は白く、露わになる。

胸もとに、水色の布が掛かる。

背景は淡く、輪郭がぼやける。

象牙に、水彩で描く

九件の技法の欄は、いずれも同じである。

象牙に水彩。

薄く削った象牙の板に、水彩で描く。

象牙は白く、光を通す。

その下地の白さが、肌の透明感を作る。

紙に描けば、こうはならない。

材料が、この形式の見え方を決めている。

そして、象牙は薄い。

薄いから、割れやすく、反りやすい。

だから、枠に嵌めて守る。

技法の欄の四文字が、形式の全体を説明している。

ジェレマイア・リー
ジョン・シングルトン・コプリー《ジェレマイア・リー》1769年ごろ。館の記録では、象牙に水彩。縦3.8センチ、横3.2センチ。番号は39.174。メトロポリタン美術館蔵。ジョン・シングルトン・コプリー《ジェレマイア・リー》メトロポリタン美術館蔵

小さな楕円の絵である。

高さは四センチに満たない。

金色の枠に嵌められる。

枠のまわりを、赤い石が一周する。

石は四角く、十数個並ぶ。

いずれも濃い赤で、光を反射する。

窓の中に、男性の胸像が描かれる。

顔はやや右を向く。

白い鬘をかぶり、耳の上で巻く。

上着は褐色で、金の釦が見える。

首もとに、白い襞が重なる。

背景は青灰色で、平らに塗られる。

三センチの絵に、顔を描く

いま見た一件は、高さ3.8センチである。

九件のうち、いちばん小さい二件は3.2センチだ。

指先ほどの大きさに、顔が描かれている。

目も、鼻も、口も入っている。

拡大して見なければ、細部は分からない。

館の公開画像は、拡大されている。

だから、実際の大きさが伝わらない。

写真は、どんな作品も同じ大きさに見せてしまう。

寸法の欄の数字だけが、大きさを伝える。

前の回の記事で、極小の画帖について同じことを書いた。

数字と画像は、たがいを補い合う。

アリス・カッシュマン
ジョージ・ヒューイット・カッシュマン《アリス・カッシュマン》1856年。館の記録では、象牙に水彩。見え掛かりは縦3.2センチ、横2.5センチ。番号は37.176.3。メトロポリタン美術館蔵。ジョージ・ヒューイット・カッシュマン《アリス・カッシュマン》メトロポリタン美術館蔵

楕円の小さな絵である。

白黒の写真で写される。

幼い子どもが、正面を向く。

顔は丸く、頬がふくらむ。

目は大きく、こちらを見る。

髪は柔らかく、額の上でうねる。

肩から下は、白い衣である。

衣の輪郭は、ほとんど溶ける。

背景は明るい灰色で、上部がやや暗い。

楕円の縁に沿って、細い影が落ちる。

面に、細かい傷が数本走る。

家族の三件が、連番で入る

九件のうち三件は、同じ作者の作である。

番号も、点のあとの数字が一、二、三と続く。

同じ年に、同じ経路で入った。

主題を見ると、事情が分かる。

一件は幼い子ども、一件は少女。

そして一件は、作者自身の肖像である。

つまり、画家とその家族の肖像がまとめて入った。

家に残っていたものが、そのまま館へ来たのだろう。

出所の行には、基金による購入とある。

誰から買ったかは、書かれていない。

前の回の記事で、群でまとまって入る作品を何度も見た。

主題の重なりが、群の性格を示している。

アイダ・カッシュマン
ジョージ・ヒューイット・カッシュマン《アイダ・カッシュマン》1856年ごろ。館の記録では、象牙に水彩。見え掛かりは縦11.1センチ、横8.3センチ。番号は37.176.1。メトロポリタン美術館蔵。ジョージ・ヒューイット・カッシュマン《アイダ・カッシュマン》メトロポリタン美術館蔵

縦長の絵である。

白黒の写真で写される。

少女が、正面を向いて座る。

顔は細く、顎が尖る。

目は大きく、まっすぐこちらを見る。

髪は中央で分けられる。

両側で巻き、肩まで垂れる。

肩は白く、衣が広く開く。

袖の縁が、腕の付け根に見える。

背景は白く、輪郭に向かって薄い影がある。

三件のうち、いちばん大きい一件だ。

同じ家族の三件で、大きさが三倍以上違う。

自画像
ジョージ・ヒューイット・カッシュマン《自画像》1839年。館の記録では、象牙に水彩。縦3.2センチ、横2.5センチ。番号は37.176.2。メトロポリタン美術館蔵。ジョージ・ヒューイット・カッシュマン《自画像》メトロポリタン美術館蔵

楕円の小さな絵である。

白黒の写真で写される。

若い男性が、やや右を向く。

髪は豊かで、耳を覆う。

前髪が、額に一房かかる。

目は大きく、こちらを見る。

鼻がまっすぐで、口が小さい。

上着は黒く、襟が立つ。

首もとに、白い襟が見える。

肩から下は、暗く沈む。

楕円の中央に、細い線が横に走る。

象牙の継ぎ目か、割れの跡だろう。