美術史・技法

嘆く人は、顔を隠している——アンフォラ・フラ・アンジェリコ・始興ほか九点

茨の冠を戴くキリストと悲しみの聖母
アドリアーン・イーゼンブラント《茨の冠を戴くキリストと悲しみの聖母》1530年から40年ごろ。館の記録では、油彩・カンヴァス(板から移し替え)。105.4×92.7センチ。メトロポリタン美術館蔵。番号は04.32。アドリアーン・イーゼンブラント《茨の冠を戴くキリストと悲しみの聖母》メトロポリタン美術館蔵

横長に近い画面である。

105.4×92.7センチある。

画面は、中央の柱で二つに分かれる。

柱は、金色の飾りを持つ。

上には、二つの尖った枠がある。

枠の向こうに、町が見える。

町には、塔と屋根がある。

空は青い。

左の枠に、男が立つ。

上半身は裸である。

肩に、緑の布が掛かる。

頭には、茨の冠がある。

手は前で縛られる。

手に、細い棒を持たされる。

顔は、こちらを向く。

右の枠に、女が立つ。

女は、青い衣を着る。

頭から、白い布をかぶる。

布は、顎の下で合わさる。

顔だけが、その中に見える。

目は伏せられる。

口は結ばれる。

両手は、胸の前にある。

一方の手に、閉じた本がある。

二人は、同じ画面にいる。

しかし、互いを見てはいない。

二人のあいだには、柱がある。

柱は、画面を縦に切る。

左右は、別の場面のように見える。

もとは、二枚の板だったのかもしれない。

館の記録では、板からカンヴァスへ移されている。

移し替えは、板が傷んだときに行われる。

絵具の層だけを剥がして、布に貼る。

難しい作業である。

今の状態からは、その痕跡は見えない。

枠の向こうの町も、細かく描かれる。

塔の窓まで、数えられる。

悲しみの場面の背後に、日常の町がある。

布の塊だけが、残っている

五点目は、彩色した石膏である。

悲しみの聖母
ジョルジュ=ダニエル・ド・モンフレイド《悲しみの聖母》1897年。館の記録では、彩色した石膏と木。額込みで73.7×59.1×17.8センチ。番号は2002.54。クリーヴランド美術館蔵。ジョルジュ=ダニエル・ド・モンフレイド《悲しみの聖母》クリーヴランド美術館蔵

浅い浮彫である。

額込みで73.7×59.1×17.8センチある。

厚みは、17.8センチある。

面から、形が持ち上がる。

背景は、暗い赤褐色である。

その前に、大きな布の塊がある。

布は紫と青である。

上から下まで、続いた一枚に見える。

頭のあたりが、丸く盛り上がる。

そこから、布が垂れる。

内側には、白い縁が見える。

顔は、まったく見えない。

俯いているのか、覆っているのかも分からない。

手も、足も出ていない。

あるのは、布の形だけである。

左上に、小さく突き出た部分がある。

館の記録では、これは大きな彫刻の断片である。

もとは、十字架の両脇に二人がいた。

その一方だけが、残っている。

館は、そう説明している。

生前、これは画家による彫刻と呼ばれたという。

絵と彫刻の、あいだにある作である。

形は彫られ、色は塗られる。

どちらの技法も使われている。

館の記録では、この作者は別の画家と親しかった。

その画家の作にも、信仰の主題がある。

館は、その一点の番号まで挙げている。

左上には、書き込みがある。

ある人に宛てた献辞と、署名である。

贈るために作られた作なのだろう。

断片であることは、後から分かった。

もとの全体は、失われている。

残った布の形だけが、館にある。

倒れた人のそばに、立ち尽くす

六点目は、素描である。

メロエの魔法によるソクラテスの死を嘆くアリストメネス(アプレイウス『黄金のろば』第一巻より)
アントワーヌ=ドニ・ショーデ《メロエの魔法によるソクラテスの死を嘆くアリストメネス》1795年。館の記録では、筆と黒・灰の淡彩、白のグワッシュ、黒鉛の上に。紙は27.9×21.3センチ。番号は2008.374。クリーヴランド美術館蔵。アントワーヌ=ドニ・ショーデ《メロエの魔法によるソクラテスの死を嘆くアリストメネス(アプレイウス『黄金のろば』第一巻より)》クリーヴランド美術館蔵

縦長の紙である。

紙は27.9×21.3センチある。

絵の部分は、その内側にある。

画面は、灰色の濃淡でできる。

上のほうに、木がある。

枝は細く、上へ伸びる。

奥は、明るい空である。

画面の中央に、男が立つ。

男は長い衣を着る。

衣は足元まである。

顔は、下を向く。

片手を、顔のあたりに当てる。

もう一方の腕は、下がる。

体は、わずかに前へ屈む。

その足元に、人が横たわる。

倒れた人は、こちらへ足を向ける。

体は、地面に沿う。

顔は、よく見えない。

そばに、水の流れらしい線がある。

下の余白に、文字がある。

館の記録では、画家自身が書いた題である。

物語の一場面だという。

死んだ直後の場面である、と館は書く。

館の記録は、物語の筋も書いている。

旅の途中で会った友人が、死ぬ。

魔女に喉を傷つけられたためだという。

この絵は、その直後を選んでいる。

館の記録では、この作者は本来彫刻家である。

しかし、本の挿絵も多く手がけた。

ある出版者のために描いたという。

この物語のための下絵も、いくつか作った。

しかし、本にはならなかった。

刷られなかった絵が、館に残っている。

淡彩の灰色は、版画を思わせる。

白のグワッシュが、光の場所を作る。

顔を覆って、立っている

七点目は、油彩である。

悲しむ戦士
エドウィン・ウィラード・デミング《悲しむ戦士》1892年ごろ。館の記録では、油彩・カンヴァス。101.5×76.1センチ。スミソニアン・アメリカ美術館蔵。エドウィン・ウィラード・デミング《悲しむ戦士》スミソニアン協会蔵

縦長の画面である。

101.5×76.1センチある。

背景は、暗い褐色である。

奥のほうは、ほとんど黒に沈む。

上に、わずかな明るみがある。

画面の中央に、人が立つ。

体は正面を向く。

上半身は裸である。

腰から下は、暗い。

両腕は、顔の前で曲げられる。

手が、顔を覆う。

目も、口も見えない。

頭は、少し傾く。

体の線は、明るく浮かぶ。

背景との差が大きい。

その足元に、もう一人がいる。

その人は横たわる。

体は、画面を横切る。

衣は、赤褐色である。

顔は、こちらへ向く。

目は閉じているように見える。

動きはない。

立っている人は、その体を見ていない。

顔を覆っているからである。

二人の位置を見ておきたい。

立つ人は、画面の上のほうを占める。

横たわる人は、下の端にいる。

上下に、はっきり分かれている。

明るさも違う。

立つ人の体は、光を受ける。

横たわる人は、暗がりに近い。

背景は、ほとんど描かれない。

木も、空もない。

場所が示されないぶん、二人だけが残る。

館の記録には、制作の年しかない。

主題の説明は、付いていない。