美術史・技法

嘆く人は、顔を隠している——アンフォラ・フラ・アンジェリコ・始興ほか九点

街路を、行列が進む

八点目は、小さな油彩である。

大人の葬列
ウィリアム・チャペル《大人の葬列》1870年代。館の記録では、油彩・スレート紙。15.2×23.5センチ。番号は54.90.489。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・P・チャペル《大人の葬列》メトロポリタン美術館蔵

横長の画面である。

15.2×23.5センチしかない。

手のひらに載る大きさである。

画面の上半分は、空である。

空は淡い青である。

雲は薄い。

その下に、木が並ぶ。

木は柳のように、枝を垂らす。

右に、細く高い木が一本立つ。

木は暗い緑である。

下半分は、道である。

道は褐色で、まっすぐ横に走る。

奥に、低い柵がある。

柵の向こうは、緑の地である。

道の上に、人の列がある。

人は小さく、黒い服を着る。

十数人が並ぶ。

列の中ほどに、板のようなものが見える。

数人が、それを担ぐ。

棺である。

歩く向きは、右である。

顔は、どれも分からない。

大きさは、数ミリしかない。

館の記録では、題は大人の葬列である。

子どもの葬列を描いた別の絵もあるという。

この画家は、街の記憶を描いた人である。

古い街の様子を、後から思い出して描いた。

小さな板が、何十枚も残っている。

館の記録では、ある収集家の旧蔵である。

地図や版画と一緒に、まとめて館に入った。

スレート紙という材料も珍しい。

黒い紙に、油絵具を薄く置く。

下の色が、わずかに影響する。

空の青が、少し沈んで見える。

人の顔が描けないのは、寸法のためである。

15センチの画面に、十数人が入る。

一人の高さは、一センチほどしかない。

それでも、列であることは分かる。

同じ間隔で、黒い点が並ぶからである。

並び方だけで、葬列と読める。

悲しみは、歌の中にある

九点目は、屏風である。

燕子花図
渡辺始興《燕子花図》十八世紀。館の記録では、六曲一双の屏風、金地に墨と絵具。各隻の画は154.4×360.4センチ。番号は1954.603。クリーヴランド美術館蔵。渡辺始興《燕子花図》クリーヴランド美術館蔵

大きな屏風である。

各隻の画は154.4×360.4センチある。

一双なので、二つ並ぶ。

地は、金である。

金は一面に広がる。

雲も、水も描かれない。

その上に、燕子花が咲く。

花は青紫である。

葉は緑で、細長い。

葉は上へ伸び、先が垂れる。

株は、いくつもの塊になる。

塊は、斜めに並ぶ。

右上から左下へ、流れがある。

花の数は、数えきれない。

人は、一人も描かれない。

家も、道もない。

館の記録では、この主題は古い物語から来ている。

都を離れた人が、水辺で花を見る。

そして、歌を詠む。

館の記録は、その歌も引く。

長い旅が、心を悲しませるという歌である。

悲しみは、その歌の中にある。

画面には、花しかない。

館の記録では、この物語は十世紀の文である。

都を離れた人の旅を語る。

水辺の花を見て、歌が詠まれる。

歌には、離れて暮らす妻のことが出る。

遠い旅が、心を悲しませるという。

館の記録は、その訳文も載せている。

画家は、花だけを選んで描いた。

人も、川も、橋も省いている。

物語を知る人にだけ、悲しみが見える。

知らなければ、これは花の絵である。

金地は、時刻も季節も示さない。

影がないので、光の向きも分からない。

花だけが、そこに立っている。

数えてみると

九点を並べ直す。

嘆いている人が描かれるのは、六点である。

壺の会葬者、石の像、埋葬の女たち、聖母である。

布の塊と、顔を覆う人も数に入る。

このうち、顔が見えるのは二点だけである。

聖母と、埋葬の女たちである。

顔が隠れているのは、四点である。

頭巾の奥、布の内側、両手の下、そして俯いた顔である。

嘆く人がいない絵が、三点ある。

葬列は、遠すぎて顔が見えない。

屏風には、人がいない。

素描では、嘆く人の顔が手で隠れる。

もう一つ数える。

遺体が描かれるのは、四点である。

壺、埋葬、素描、そして戦士の絵である。

棺が描かれるのは、一点である。

さらに数える。

九点のうち、屋外が六点である。

屋内は、一点もない。

残る二点は、場所を示さない。

技法でも数える。

油彩が三点、紙の絵が一点である。

板絵が一点、陶が一点、石が一点である。

石膏が一点、屏風が一点である。

年でも並べる。

紀元前が一点、十五世紀が二点である。

十六世紀が一点、十八世紀が二点である。

十九世紀が三点である。

二千六百年の幅がある。

人の数でも分かれる。

一人だけが三点、二人が二点である。

十人前後が三点、群れが一点である。

群れの一点では、顔がまったく分からない。

墓と記録については、名を刻むでも触れた。

言えることと、言えないこと

言えるのは、嘆く絵が顔を隠すということである。

嘆く人が描かれた六点のうち、顔が見えたのは二点だけだった。

頭巾があり、布があり、手があった。

隠れているほど、嘆きは強く見える。

見えないものを、見る人が補うからである。

顔を描かないほうが、伝わることがある。

九点は、そのことを繰り返している。

言えないのは、嘆く絵が涙の絵だという話である。

九点のうち、涙が描かれた絵は一点もない。

あるのは、上げた腕と、垂れた布と、覆った手である。

姿勢だけで、嘆きが示される。

そして一点では、花しか描かれていなかった。

悲しみは、添えられた歌の中にある。

屏風という形については、六曲一双で扱った。

最後に、はじめの一枚へ戻る。

壺の首では、人が髪をかきむしっていた。

顔は、黒い影である。

表情は、はじめから描かれていない。

それでも、腕の形だけで嘆きと分かる。

九点を数え終えて残るのは、その腕の形である。

二千七百年前の姿勢が、今も読める。

腕を上げるという形は、変わらなかった。

顔は、どの時代でも隠される。

隠して、体で示す。

九点は、その方法を共有していた。

表情を描かないほうが、遠くまで届く。

涙を描けば、その一人の涙になる。

腕の形なら、誰の腕でもよい。

九点が選んだのは、後者だった。

個人の顔ではなく、共有できる形である。

だから、時代を越えて残った。

嘆きの絵は、誰の嘆きにもなれる形を選ぶ。

九点は、その選択の記録でもある。

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