美術史・技法

年の欄が、四通りに書かれる——ニューイングランド・ガラス製造所

八角形の受け皿

この一点は、円ではなく八角形である。

先に見た二点が円だったので、形の違いが目立つ。

縁には縄のような飾りが回る。

中央には、放射状の模様が置かれる。

画像の中央には、わずかに赤みが見える。

汚れなのか、色硝子なのか、記録からは分からない。

花器
ニューイングランド・ガラス製造所《花器》1886年から1888年。吹いた硝子。館の記録では、高さ11.4センチ、直径24.8センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ニューイングランド・ガラス製造所《花器》メトロポリタン美術館蔵

三つの世代

九点の年を大きく分けると、三つの時期になる。

1810年代から1840年代までが五点。

1880年代が三点。

世紀とだけ書かれるものが一点。

前半の五点は、型で作る硝子である。

後半の三点は、吹いた硝子で、色に工夫がある。

同じ会社でも、七十年のあいだに作るものが変わっている。

年の欄を並べると、その変化が見えてくる。

題と形が、合わない

いま見た一点の題は、花器である。

しかし記録の寸法を読むと、高さ11.4センチ、直径24.8センチ。

高さより直径のほうが、倍以上大きい。

画面を見ても、平たく開いた器である。

花を挿す器とは、形が違う。

題が、形と合っていないように見える。

もっとも、花を浮かべる器という使い方もある。

ここでは、題と寸法が食い違って見えるとだけ書いておく。

二年の幅

この一点の年は、1886年から1888年である。

九点の中で、最も幅が狭い。

三年に絞られている。

この会社では、1880年代の後半に色の変わる硝子が作られた。

その製法に特許が取られていれば、時期は絞れる。

年の幅が狭いのは、そうした資料があるからだろう。

花器という題の来歴

題は、館が付けたものか、寄贈者が伝えたものか。

記録には、そこまで書かれていない。

古い記録では、寄贈者の呼び方がそのまま題になることがある。

家で花を浮かべるのに使っていれば、花器と呼ぶだろう。

その呼び名が、記録に残る。

題は、必ずしも作られたときの用途を指していない。

色の変わる硝子

この一点は、下が白く、上が黄色を帯びている。

境目ははっきりせず、少しずつ移り変わる。

これは、熱の加え方で色を変える技法である。

同じ硝子でも、再び熱した部分だけ色が出る。

塗ったのではない。硝子そのものの色である。

縁は波打ち、外へ折り返されている。

鉢
ニューイングランド・ガラス製造所《鉢》1883年以降。吹いた硝子。館の記録では、高さ8.9センチ、直径24.1センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ニューイングランド・ガラス製造所《》メトロポリタン美術館蔵

以降、という書き方

いま見た一点の年は、1883年以降と書かれる。

終わりの年がない。

つまり、これより古くはない、とだけ分かっている。

こうした書き方は、下限だけが判明しているときに使う。

たとえば、その製法の特許が1883年に取られた場合。

それ以前には作れないので、下限が決まる。

しかし、いつまで作られたかは分からない。

九点のうち二点が、この書き方をとる。

下限だけが分かるとき

以降、という書き方が使われるのは、下限だけが確かなときである。

たとえば、その技法が使えるようになった年。

会社がその工場を持った年。

そうした年より前には作れない。

一方、上限を決めるには別の資料が要る。

作るのをやめた年、型を廃した年、工場を閉じた年。

そうした記録が残っていなければ、上限は書けない。

幅が閉じない記録

以降、という書き方には、幅の終わりがない。

読む側は、いつまでかを自分で補うことになる。

この会社は1888年に土地を移し、名を変えたと伝えられる。

その年を上限と考えることはできる。

しかし、それは記録に書かれていない。

記録の外にある知識で補うしかない。

暗い色の器

いま見た一点は、白黒の画像でも色が濃いと分かる。

光をあまり通していない。

濃い色の硝子は、原料に金属を多く加えて作る。

この時期には、濃い青や濃い赤の器も作られた。

しかし、記録には色が書かれていない。

技法の欄にあるのは、吹いた硝子という語だけである。

波打つ縁

この一点の縁も、波打っている。

先に見た花器と、同じ作りである。

吹いた硝子の縁を、道具で押して波を作る。

型を使わずにできる仕上げである。

一点ずつ手で作るので、波の数も間隔も同じにはならない。

画面では八つの山が数えられる。

平皿
ニューイングランド・ガラス製造所《平皿》1886年以降。吹いた硝子。館の記録では、直径17.8センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ニューイングランド・ガラス製造所《平皿》メトロポリタン美術館蔵

もう一つの、以降

いま見た一点の年は、1886年以降である。

三年後ろにずれただけで、書き方は同じである。

この二点は、根拠になった年が違うのだろう。

別の製法、別の特許ということかもしれない。

同じ書き方でも、根拠は同じとは限らない。

粒の並ぶ面

この一点の面には、粒が一面に並ぶ。

小さな丸い突起が、規則正しく配される。

型に吹き込めば、こうした面ができる。

しかし技法の欄には、吹いた硝子とだけ書かれる。

型を使ったことは書かれていない。

技法の欄の詳しさも、九点でそろっていない。

杯
ニューイングランド・ガラス製造所《杯》19世紀。吹いた硝子。館の記録では、高さ6.4センチ、直径6センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ニューイングランド・ガラス製造所《》メトロポリタン美術館蔵

深い皿

いま見た一点は、平皿と題されている。

しかし画面を見ると、かなり深い。

上から撮られているため、深さは影で分かる。

寸法の欄には、直径しか書かれていない。

高さがあれば、深さが分かる。

九点のうち、高さと直径の両方を書く記録は三点だけである。

世紀で止まる記録

いま見た一点の年は、十九世紀とだけ書かれる。

百年の幅である。

九点の中で、最も情報の少ない記録になる。

ところが、この一点の色を見れば、時期はかなり絞れる。

赤から黄へ移り変わる色は、1880年代の技法である。

つまり、物を見れば分かることが、記録には書かれていない。